第31話 エピローグ

 祐実の乗った電車を見送ったあと、向いのホームへ足を運ぶ。ホームに置かれたベンチが一脚、今は見知った男が座っていた。 


「君らは仲がいいよな。本当に」

「わざわざ能力使って入り込んだんですか」


 探偵が飲んでいるのは缶ビールにも似た、しかし実際は薬品という代物だ。これを飲んでいるということは彼がその特異な能力を使った後のはずだ。もしくは。


「これから使うんですか?瞬間移動」


 探偵の動きを注意深く横目で観察する。


「警戒しなくていいよ。今日はちょっと挨拶に来ただけだ」

「そうですか。でも俺のと違ってあんたの能力は結構破壊力ありますから。物体を別の場所へ移動させる能力を応用させるとか、危険ですよ。警戒もしますって」


 努めて和やかに話す。


「まぁ井浦君もこの方法でるつもりだったけど、思いのほか体力使ってしまったから無理だったよ。首か頭だけを瞬間移動させるの」


 手で掴んだものを一緒に別の場所へ飛ばすことが探偵には出来た。その技を使えば相手に致命傷を与えることも造作ないことだった。実際に上官が一人、この男ともみ合った際に腕を負傷している。


「警戒するって言うなら君の方も危険な能力じゃないか。確か先読み、予知能力なんだってな」

「聞こえは凄そうと思われるんですけどね。そんな先を見るわけでもないし、勘がやたら良いってくらいなものですよ」


 組織にいる能力者としては各々のスペックをオープンにすることは致命的な行為でもある。しかし今はそれぞれの組織が同じ街に介入している関係で、この二人の詳細スペックは平等性を保つために互いの組織に通知されていた。対立関係にある組織同士だが、お互いの利益を確保するために様々な約束事があり、今回のようなケースで能力者の情報を交換する際に虚偽をついてはいけないと徹底されていた。彼らは不要な争いを好むものではなかったので、律儀にこれを守っている。知られているなら自分の口で説明しても問題はなかった。


「あの時、それでもあんたなら井浦一人くらい殺せたんじゃ?なぜやらなかったんです?」

「ま、君にはわかるまいよ。僕の気持ちなんかね」

「ただの冷徹極悪非道なエージェントってことじゃないと」

「そう言うことだよ、正規兵の見習い君。また気が向いたらその理由を教えて上げてよう」

「別に興味ないんで、いいっス」

「つれないねぇ。彼女との会話はそれで保っているのかい?」

「紺藤は関係ないでしょう」


 茶化すような探偵の言葉に、少しむっとした。


「…この街は今互いの組織が共同で管理しているだろ。その手前、僕もしばらくはこの街にいることになったんだが」

「何の話スか?」

「二つの組織が介入している街に能力者が見つかった場合も、またややこしくてさ」

「何の話です?」

「とぼけなさんなよ。心当たりあるだろ?」


 探偵は不意に鋭い眼差しを向ける。射貫くような眼光。一瞬、どきりとした。


「今すぐどうこうする話でもないが。兆しがあるのはこちらも調べがついている」


 探偵はそう続けた。

 

 兆し。確かに先の件の時、山頂で井浦の精神世界に取り込まれた際、あいつはほぼ無傷で戻ってきた。自分が常に首にかけているデバイス―俗称「能力キャンセラー」の有効範囲にいたのもあるだろうが、あいつは精神世界で。井浦やあいつ自身の話からそれは確かなことだ。そのことにこの探偵は気づいている。


「それで監視役をあんたがやるってことですか」

「そういうこと。だから今日は君に一言挨拶しておこうと思ってな。君が監視役、いやボディガード役なんだろ?」

「握手なんてしませんよ」

「僕もそこまで馴れ合う気はない。でも、ま、今後ともよろしくな」

「こちらこそ。下手なことしたら遠慮しないんで」


 射殺すような眼差しを向ける。探偵はニヤリと不敵な笑みで応えた。


「その意気だよ、勲君」


 笑いながら探偵は封筒をベンチに置くと、丁度やって来た電車に乗りこみ、去っていった。

 封筒の中身を見ると、一万円札で厚みが出来ている。当初のバイト代ということらしい。簡単な明細書にメモ書きがある。

『必要経費が発生していたら実費でよろしくどうぞ』

 細かいことまで覚えている、などと感心してしまう。


「あのおっさんとはこの先も何かありそうだなぁ」


 予知能力かどうか、勲にはそんな気がしてならなかった。


 とりあえず、左手の嘘のケガはまだ続けないといけないようだ。




 終わり

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