第28話 断章 撤収と帰還

 遠くから聞こえるエンジン音。音のする方を見上げると上空にヘリが近づいてくる。色と機影からして軍用ヘリだ。そして反対方向からも同じようなヘリがもう一機、こちらへやって来る。相対する二つの組織がそれぞれでヘリを派遣してきたのだろう。

 体力を使い切って消耗している男子を支えている自分の腕に緊張が走る。

 

 視界に、不意にいくつもの黒い缶が白い煙を噴き出して、辺り一面が白くなる様子が映る。―数秒先の、未来の出来事だ。


まずい、急げ。


 そう思うと同時に体が動く。支えていた男子を強引に引き倒し横にさせ、男子を挟んで反対側にいたそいつを引き寄せて急いでその場から離れる。男子が驚いた顔でこちらに顔を向けている。彼には申し訳ないが俺の優先順位は決まっている。

 ほんの二、三秒後に、空から黒い缶が降ってきた。地面に軽い金属音を叩き付けて、次の瞬間には白い煙が噴き出し辺りを覆う。


 来た道を戻るようにしてとにかく山頂から離れる。肩を抱きかかえるようにして、そいつ―紺藤祐実を歩かせる。人攫いのような恰好になってしまったが今は緊急時だ。仕方ない。言い訳は…と考えているうちに上空からロープが数本垂れてきた。エンジン音を響かせてヘリが一機、頭上でホバリングしている。間を置かずに黒ずくめの人影がロープを降りてきた。防弾用のボディアーマー、ヘルメット、ガスマスク、腕には武骨な形をしたアサルトライフル。見るからに特殊部隊といった風体だ。

 

 特殊部隊の一人が近づく。抱きすくめていた紺藤が身を強張らせるのが分かる。隊員はなおも近づいてきて、人差し指を一本立てて見せるとそれを紺藤の額に、つんと押し付ける。途端に紺藤は脱力して腕の中で倒れこんだ。意識がなかった。


「これで少しは言い訳がしやすくなったでしょう?」


 その隊員は、女の声で穏やかな口調で言った。


「お気遣いありがとうございます、先輩」


 俺は少し安堵して言った。


「良いのよ。かわいい後輩のためですから。このお嬢さんの数分前までの記憶は忘れさせたけれど、きちんとアフタフォローしてあげなさい」


 そう優し気に言う彼女の背後からもう一人隊員が歩み寄ってきた。背丈は大きくはないが頭が大きい。


「ご苦労だったなぁ~緒方ぁ。無事か」


 マスク越しでも分かる耳馴染みのある、粘着質を感じさせる男の声。


「お疲れ様です、先生」

「馬鹿者~今は教官と呼べ。何度言ったらわかるんだぁ。んん~?居残り補習させるぞぉ」


 男は右手をぎこちなく動かして俺の肩を軽く叩いた。先日の戦闘で相手に右手首を持っていかれたと聞いたが、修復はすでに完了したらしい。本調子とまではいかないようだが。



「対象を確保。一般人の対処は完了。撤収する」


 女隊員―先輩が無線でヘリに連絡する。その後ロープに吊るされて俺と紺藤はヘリに回収され岩家の山を後にした。

 ヘリの中にはすでに井浦が担架で寝かされていた。先の白い煙を吸って昏倒したのだろう。


「あのエージェントの男は?」


 俺は隣に座っている教官に訊ねた。

「あちらもお迎えが来てなぁ~引き上げていったわ」

「これからどうなりますか」

「まぁ追々おいおい説明するがよぉ、ちと面倒なことになってきたなぁ」


 やれやれと、疲れたように嘆息して教官は言った。その言葉に俺の体も、思い出したように疲労感が襲ってきていつの間にか眠りこけてしまった。

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