第22話 断章 回想録再生

「引手さえ掴めば、どんな奴でも投げ飛ばせるぜ」


 かつて彼はそう言った。日曜の県大会が終わって、翌日学校で会った時の会話だったと彼女は思い出す。


「相手が自分よりでかくても?」


 彼女は訊ねた。


「でかい方が投げやすいな。…でもまぁ、でかくて強いと難しいし、小さくても強いのもやりづらい。まぁ、勝つけど」


 強気な言葉とは裏腹に自信はなさげだった。負けて落ち込んでいるのだろうか。


「県大会4位はさすがですな〜」


 わざとおじさんくさい喋り方で彼女はおどけて言った。彼女なりに気を和ませようとしたみたいだ。


「おう、4位だ。なめんなよ」

「ベスト4でも3位じゃないところがミソなんだよね」


 彼は柔道の個人戦でベスト4に入ったものの、3位決定戦で負けてしまったのだ。そこで勝っていれば県代表としてその先の地方大会、全国大会に出場出来たのだ。


「うっせーなぁ」


 彼はしばし沈黙して、引手が切られなきゃなー、と呟いた。ずっと結果を気にしている。案外くよくよして女々しいところがあるんだと、彼女は思った。彼女の好きな小説にはだいたいがワイルドで無骨なタフネス・ガイが多い。分かっているつもりだったが現実にはそういう男の方が少ないのだと、改めて実感した。


「引手は重要なんだ」「掴んだら絶対離さねぇ」「引手は大事なんだよ」そんなことをつらつらと喋っていた。ふんふんと話を聞いていた彼女はふと訊いてみた。


「ところで引手って何?」


 彼はこけそうになったが、やったことのない競技に関して無知なのは致し方ない。


「引手ってのはここだ、ここ」


 彼は指で彼女の右腕を指し示した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る