第8話 探偵の助手たち③

「じゃあ早速今日の報告を聞こうか」


 商店街のファストフード店の二階席の一角で、探偵・茂木酩次郎と祐実、勲は定例の報告会をしていた。


「やっぱり落描きを描いた犯人らしき人は目撃されてないですね。近所のおばちゃん何人かに話訊いてみたんですけど、それらしい話が出て来なかったんですよ」

「お前、何気におばちゃんたちと仲良くなってねぇか?」

「なんか、気さくな人が多くてね。色々お菓子もらったりして全然関係ない話までしちゃって、そこから今度は抜け出せない状況に陥っちゃうんだけど」

「面白いことになってんな」

「紺藤くん、おばちゃんたちの世間話の中に気になる話題は何かなかったか?なんでも良いんだ」

「んー、どこそこのお父さんが入院したとか、だれそれの息子さんが結婚するとか、そういう話ばっかで気になるような話題ってなかったですね」

「そうか。で、君の方は?勲君」


 探偵はイチゴシェイクをジュルジュルッと吸った。茂木探偵はいたって真面目な顔でこちらを窺っている。祐実としては探偵と言えばコーヒーのイメージがあったが、実物はそうとも限らないようだ。


「学校の方じゃ、欠席者が少し目立つって話くらいか」

「ほぉ、詳しく聞かせてくれないか」


 茂木探偵はテーブルに両肘をついて手を顔の前で組んで訊いた。


「聞かせてくれないか」


 祐実も茂木探偵と同じような姿勢をして、わざとらしく下手くそな声真似をした。はしゃいでいるのだ。


「お前はやらなくていいから…。これは俺や紺藤とは違う別のクラスの話で、二人、男子がここ最近休んでいるんだって。ちなみに同じ部活の友達からの情報」


 茂木探偵からの指示にあった校内での調査の一環で、落書きそのもの以外にもちょっとした噂話や転校生がいないかなど、変わったことがないか勲たちは調べていた。


「その男子たちは何日くらい休んでいる?」


 茂木探偵は勲に訊いた。


「さぁ。詳しくは知らないですけど、2週間くらいになるらしいです」

「欠席の理由は?」

「さぁ。それも詳しくは知らないです。あ、知らないっていうのはクラスの連中もちゃんと聞かされてないって意味ですよ。病気ってことになってますけど、何の病気なのかまでは皆知らないそうです。そいつらと仲の良い友達らが言うにはメールとか電話しても返事がないし、確かめようがないみたいですよ」

「ふうむ、担任の先生も知らないのか?」

「それがはっきりと教えてくれないみたいで、だからそのクラスの中じゃ、鬱病とか引きこもりとかってことになってるらしいっすよ。その男子たちが落書きの犯人かもってことですか?」

「まだ今の段階では何とも言えない。が、落描き犯と繋がっている可能性はある。勲君。引き続き休んでいる生徒について情報を集めてほしい。どんな性格なのか、所属している部活とか、趣味とか、まぁ色々な情報を集めてくれると助かる。他に最近になって長く休んでいる生徒がいないかもチェックしてもらえないかな」


 言われて勲は苦虫を潰したような顔で「えー」と唸った。


「茂木さん、簡単に言ってくれますけど、それって結構面倒ですよ」

「調べが着く範囲で良いんだ。報酬は弾むよ」

「時給二千円で」


 勲は吹っ掛けるつもりで言った。しかし。


「わかった」


 探偵は即答だった。


「良いんすか!」

 勲は思わず聞き返してしまう。それを見て茂木探偵は澄ました顔でくすりと笑う。


(これが金を持った大人の力か)


 隣で見ていた祐実はそう思ってしまう。

 勲は少し苛立った。どこかでこの怪しげな男を茶化してやろうと思うことがあっても、今のように大人の余裕でかわされてしまう。自分たちは彼の手のひらで踊らされているようなものだろう。そう思うといけ好かない気分になった。

「あ」と祐実が声を上げた。


「ところで茂木さんはなんであんなに気分悪くなっちゃうんですか?」

「お前は本当に唐突だな」


 勲は呆れ果てている。茂木探偵は苦笑した。


「前も言ったが、体質の問題だ」

「体質って?アレルギーとかですか」

「…そんなものだ」


 やや間があって茂木探偵はそう答えた。


「何アレルギーなんですか?花粉?花粉でもあそこまで気分悪くなったりしないか…」


 祐実はしつこく訊いてくる。好奇心の芽生えた幼児のようだ。茂木探偵も徐々に辟易としてきている。興味をもったことにはとことんな祐実のしつこさを彼は垣間見た。


「まぁ端から見たらただの酔っ払いにしか見えなかったですけどね」

「そうそう、おばちゃんたちもそんなこと言ってましたよ。こんなに早い時間からもう酔っぱらってる人がいるって」


 勲の言葉に祐実は同調して言った。時々この探偵はふらついてたり、気分悪そうに電柱にもたれたりしているところを目撃されていた。


「あのなぁ、あれはあれで凄いしんどいんだ。吐きそうなくらい気持ち悪くなっちまうんだ。実際吐くこともあったけどな。頭は痛むし、胃の辺りも痛んでくるし」

「あ、それお父さんが同じこと言ってた。二日酔ってやつですよね。茂木さんは二日酔探偵てわけですね!」

「だっさいなぁ、それ」


 勲は言いながらも思わず笑ってしまった。


「二日酔探偵…うん良いんじゃないですか二日酔さん」


 祐実は改めて声に出してみて、しっくりいったようだ。


「確かに。だって茂木さんの名前にも酩酊の酩ってあるし。ぴったりじゃないスか」

「…好きにしろ。ったくこれだから思春期の子供は…」


 茂木―二日酔探偵はイチゴシェイクの残りを一気に飲み干した。


「じゃあ、俺からの報告だ。落描きの地図を見せてくれただろ。君らの予想したようにやはり犯人はみささぎ駅から商店街の方へ移動しているのは間違いない。おそらく駅から商店街近くの医院に向かったんだろう。その医院のすぐ近くで落描きは途絶えていた」

「犯人はなんでその医院に?何か病気なんですか?」

「そこは精神科専門だから、心の病だろう」

「確かにあんなふうに同じ落描きを、あれだけ描くってのは異常かもね。ってそうか。病欠の男子二人のうちどちらか、あるいは二人がそこに通院しているかもしれないのか」


 休んでいる男子二人は鬱病や何か心の病で学校に来れないと噂されている。


「それじゃ、その医院に言ってうちの高校の生徒が最近来てないか訊けば、犯人が誰か分かる、ってことじゃないですか」

「それがすんなり教えてくれるものではないんだ。患者の情報は重要機密だからな、警察とかでもなければ一般人に公開するわけがない」

「えーじゃあどうするんですか?」

「いくら探偵でもそれ以上はどうにも出来ない。あとは校内から手掛かりを掴んでいくしかないだろう」

「やっぱりそれしかないんですかねー。ところで二日酔さん。あの落描きってどんな意味があると思います?」

「さてな。足跡みたいに点々と駅から医院まであったんだから、マーキングみたいなものじゃないかと思うんだが。本当の所は本人に訊かなきゃ分からん」

「そうですか…。あともう一つ訊きたかったんですけど」


 そう祐実が切り出したので、茂木探偵は「なんだ」と怪訝そうに答えた。


「二日酔さんの依頼主は、落描きの犯人を見つけてどうするんですか?絵を描いてもらう、とかじゃないですよね。」

「依頼人が落描きの犯人を見つけてどうするかなんて、俺は知らない。そこまで聞かされてないからな。それに俺も興味はない。なぜなら金が入れば問題ないからだ」


 茂木探偵はあくまで素っ気ない。

 しばらく話をした後、飲み干したイチゴシェイクの紙カップを手に茂木探偵は席を立った。

 茂木探偵が去った後も祐実と勲はしばらくそこに留まっていた。


「二日酔さん、何か隠してたりするのかな」

「そうかもしれないな。あの人、知っていても都合が悪ければ『知らない』で押し通す感じだな。こっちには確かめようもないことだし、本当に知らなかったら嘘つかずにやり過ごせるわけだし」


 さっきの受け答えがそんな感じだったと、勲は言った。


「まぁ、わたしは犯人を突き止められたらそれで良いんだけど。でもあの人は見つけて、依頼人に報告してそれだけなのかなって、ちょっと思ったんだ」


 調査業では素行調査というのもある。祐実は街角の広告や探偵物の小説にも出てくるので、その言葉は聞き知っていた。子供が婚約するといった時や、会社で新入社員を入れる際などに、相手の身元をはっきり知りたい、そういう理由で行われるらしい。そうした場合、祐実の知る限りでは探偵が情報をまとめた資料を依頼人に手渡し、あれこれ口で説明するといったものだ。それらはその時点で依頼完遂となる。けれど、二日酔探偵の依頼はそこまでなのだろうか。

祐実には別段根拠も何もないが、何かが引っ掛かっている。


「勲はさ、落描きの犯人てどんな人物だと思う?」

「どんな奴でもいーよ」


 勲はだれるように背もたれに体を預けた。


「めんどくさがらずに考えてよ」

「えー?家出人とかじゃねぇの」

「家出人なら家族が依頼人で、そうなると相手は誰か分かってるわけだし、あんな落描きを手掛かりに捜さなくても良いんじゃないかな」

「なら依頼人は金持ちの資産家で、捜しているのは生き別れた隠し子、とか?」

「遺産相続のもつれで事件発生するパターンね!」


 面白がるように祐実は言った。


「どこかの大物画商が、新進気鋭の芸術家の作品を見て、その人と直接会いたいって言い出したのかも」

「いやいや、やっぱし秘密結社が特殊能力に目覚めた人間を捜しているって線でしょ」


 勲も乗っかってやる。祐実は笑った。


「勲のわりには妄想激しいじゃん」


 二人はしばらくそうやって、けたけた笑いながらファイリングごっこをしていた。

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