第3話


 歩く事、2刻と半分。

 途中で休憩を入れながら、たまに弱い魔物にかち合い退け、行き止まって引きかえしたりゆるい下り坂を下ったりと歩き通した先が、ぽっかりと開いている。

 激しい水音と、開いた空間、そして壁と……他はなし。

 どうやら、行き止まりらしい。


「川の両側は……洞窟の外壁が続いてるだけか……

横道は……暗くてよくみえねーけど……なさそうだな……。レツ、すべらないように気をつけろよ。流れがかなり強いから」

「はぁい。」


 轟々と、水音が激しく響く。足でもとられたら溺れる事うけあいだ。

 注意しながら進んできたが、これ以上の道はなかったと思われる。

 正真正銘、行き止まりなのだろう。


「これ以上先はねーな」

「ってことは……依頼書にあった、模様ってか、遺跡っぽいのもないーってことだよね?」


 レツが小首をかしげながらショウに言う。やや不満そうだったが。


「そーいうことだな。んじゃ……ん?」


 戻るか。

 そういいかけたところで、ショウが何かに気づき、川を見やった。

 水中に……何か、見えた気が…………

 注意深く、水に足をとられないように覗き込もうと……した時!


「っ!?」


 反射的に、身を引きつつ長剣を抜き放つ!


 キンッキィンッ!


「ショウ君!?」


 レツの悲鳴が上がる頃には、ショウは既に戦闘態勢を整えていた。


「――……ずいぶんと、手荒なご挨拶だな」


 ショウが暗闇、もと来た道に向かい言うが、相手は応えなかった。

 足元には、小さなナイフが二つ転がる。人の手による攻撃、ということだ。

 直前まで、ショウですら気配すら感じなかったところから考えれば、おそらく。


「アサシンか。どこの手のもんだ」


 問いかけというよりは、確信。


「……答える義務はない」


 今度は、暗闇からくぐもった声が聞こえた。


「っ……しょ、ショウ君っ……」

「下がってろ!」


 やや強い口調で、レツに向かいショウは言う。

 プロのアサシンともなれば、よほど殺しが好きな連中以外、邪魔をしない限りは、他の人間に手をかけることはしない。なぜなら、メリットが無いからだ。

 レツでアサシンと戦えるはずもない。手を出さないで居てくれるほうが、守りやすい。

 と!


「っ!」


 暗闇から、さらに濃厚な黒い影が躍り出る!


 ギィンッ!!


 耳障りな金属音が響き、ショウの長剣と、アサシンの金属でできた鉤爪のようなものが火花を散らす!

 防げたのは正直、直感と偶然以外の何者でもない。さすがに、視界が悪すぎる!


「っ、光よ!」


 ショウは剣を力任せに振り払い、アサシンを弾き飛ばしつつ、そう叫んだ!

 光量を抑えた淡い光が、洞窟内を照らす。

 アサシンは、見事に黒尽くめだった。

 内心、ショウは舌打ちをもらす。これでは、暗闇にまぎれられたら、目で追うのはほぼ不可能だ。おまけにどこぞの暗殺部隊などではなく、雇いのアサシンか何かなのだろう。特徴もない上場慣れしすぎていて、目の前にいるのに気配すら薄い。

 よこした先の手がかりを手に入れることは難しそうだ。


「一度だけ問う……あの女はどこにいる……」


 アサシンが、呟くように言い。


「っ……答えると思うか……」


 ショウは、口の端でニヤリと笑った。




 レツは動かなかった。

 いや、動けなかった、といった方が正しい。

 目の前で繰り広げられる戦闘は、人影だけ目で追うのもやっとで。


「はっ!」


 鋭い気合とともに、ショウが横薙ぎに長剣を振るうと、斬撃が飛ぶ!


 がぁんっ!


 けたたましい音とともに、アサシンが紙一重でよけたその真空波とも言うべきそれは、洞窟の壁にひびを入れた。

 おそらく、魔力剣か何かなのだろう。ショウの持つ剣の刀身も、そしてはめ込まれている魔法石と思われる宝石も、淡い光を放っている。すばやい動きに、光の帯が連なっているような錯覚を覚える。

 ショウの斬撃をかわしたアサシンは、そのままくるりと半回転しつつ、金属の鉤爪のついた右手をショウの頭めがけて振りかぶる!

 やや身を沈めそれをかわしたショウは、そのまま足払いをかけようとするが、こちらはステップでかわされた。そのまま二歩分、アサシンが後退する。

 そうはさせじと逆に一歩半ほど、ショウがすばやく踏み込み剣を振るうが、こちらは爪で止められた。

 金属同士がこすれあう、いやな音が響く。


「ずいぶんっ……やり手じゃねえか。アサシン稼業なんてやってねーで、トレジャーハンターでもしてたらどうだっ……!」


 ショウがそう、からかうように言い。


「っ!」


 刹那、打ち合う剣を力任せに横に払い、爪をはじくと一歩踏み込んでアサシンにつめより、勢いに任せて腹を蹴る!


「ぐっ……!」


 さすがに防御も間に合わず、アサシンはそのまま、壁に向かって吹っ飛んだ!

 軽症、とはいかないだろう。これで引いてくれればよし、そうでないなら……


「っち!」


 よろり、と立ち上がり、アサシンはなおも、ショウに向かってかけてきた。舌打ちが漏れる。そう、甘くないかっ!

 なおも爪を繰り出すアサシンをあしらい、呪文詠唱をするタイミングを計る。

 長引かせたくはないな。

 集中している傍らで、ショウは少しばかりの焦りを感じていた。




 何度かはわからない。数えてもいられない。

 必死で目で追いかけてはいるが、レツにとっては別次元の戦いすぎて、果たしてどちらが優勢で劣勢なのかもわからない。

 力量が拮抗している、ともいえたのかもしれない。

 均衡が崩れたのは、装備の差によるものだった。


「はっ、ぁああ!」


 ギァン!!


 何度目かの打ち合いで、ショウが打ち合う瞬間に気合を放つ。

 一段と高い音と、いやな金属音が響くと同時に、アサシンがつけていた金属製のツメが折れて飛んだ。


「っらぁぁああ!!」


 そのまま剣を翻し、胴に向かって斜めに一閃!


「っ……!」


 超人的な回避を見せ、すんでのところでアサシンがそれをやり過ごす。しかし完全に避けるのは難しかったらしい。

 ショウの魔力剣の波動、真空波を胸元に食らい、そのまま壁際に吹っ飛んだ!


「ぐっ……!」


 態勢が崩れるスキを見逃すまいと、ショウがそのままアサシンに詰め寄る!

 真空波が当たり破けた服の胸元に手をかけ、壁に押し付けようとし――……ショウの指先に、何かが触れた。

 躊躇わず指を絡めて、引きちぎるように勢いよく腕を引く。アサシンを投げ飛ばしても構わない勢いで――……


 カシャァ……ン…………


 チェーンがちぎれ、おそらくそこにかかっていたであろう金属の何かが床に落ちた。

 そう。幸か不幸か、それはレツの足元近くに。


「えっ……?」


 一瞬の戸惑い。

 そして。


「っ!!」

「レツっ!!」

「えっ!?」


 三者の行動は一瞬だった。

 反射的にレツが床に落ちた何かを――金属の、薄い楕円形のコインのようなものだ――拾う。

 投げ出されかけたアサシンが態勢を立て直しつつレツに向かう。

 そのアサシンを追ってショウが走る!


「っ!」


 アサシンが、どこからか出した短剣を振りかぶる。

 レツは動けない。

 その瞳に射抜かれて、恐怖で体を強張らせたまま。

 腕ごと切り落とし奪おうとアサシンが短剣をふり……


「ぁああああっ!!」


 ショウが衝撃波を、レツに向かって斜めに放つ!


「ぅあっ!!」


 レツがアサシンから離れるように飛ばされ……ショウがアサシンを背後から突き飛ばし、二人が一塊に宙に飛び……


 ザバァン!!


 激しい、水音。


「う……っ…………」


 おそらく手加減はされていたのだろう。結構痛かったが、なんとかレツが飛ばされた衝撃に耐え、あたりを見渡すと……



 そこには、もう。

 誰もいなかった。





 それからどうやって帰ったのか、よく覚えていない。





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