- Another -

トナカイ

第1話


 やめておけばよかったと、悔やむのはいつも、後の事。――後悔先に立たず。




「ね、お願いっ! 一度でいいからさーっ!」


 背の高い金髪の青年にそう、かじりつくようにしてねだっているのは、やや小柄な赤髪の少年だった。ルビーアイズは大きめで、一見するとまるで少女のようにも見えるが、彼はれっきとした男、そして金髪のねだられているかなり容姿の整った青年とは見知った仲……親戚にあたる。

 彼の名前はレツ。今年12になったばかりの、まだ見ぬ街の外の世界に憧れる、どこにでもいるような少年だ。


「連れてって、ね?」


 見上げられ、困惑の表情を浮かべる、金髪の青年の名はショウ。少なくともレツの知る限りでは、「とても強い冒険者」である。しかし、普段は不敵な光をたたえるそのスカイブルーの瞳は現在、レツに迫られ戸惑いの色を隠せないでいた。

 ショウはどうしたもんかと天を仰ぐ。

 伝承にある、神と魔王の決戦からずいぶんと長い年月が流れ、あやふやな伝説や言い伝え等がはびこるようになったただいま、魔道暦にして1068年、今は知るものも少なくなって久しい太陽暦になおすなら6482年、このレツの暮らす街シザルドシティが出来てからは100年ちょうどだ。この街にショウの必要とする書物があるかもしれない、という話を聞きつけて、彼がここにたどり着いたのはほんの二日前。冒険者ギルドにも魔道士ギルドにも商人ギルドにも、僧侶連合にだって顔を出したが、結果はまったく収穫なし。仕方なしに、よったついでと親戚の家に顔を出せば、ほら、この通り。


「ね、いいでしょ? 僕も冒険者になりたいんだ!」


 レツが必死にそう、ショウに言う。

 別に、ダメではない。そう、ショウが……彼がただの普通の冒険者であったなら、おそらく、拒否はしなかったであろう。

 ただ問題は、彼はレツが考えているよりも、そして普通の冒険者たちよりも、さまざまな意味で「普通ではない」事に関わっているということだ。


「いいか? レツ」


 ただ、ここでそれをレツや……他の者に漏らしたなら、その人間も多少なりとも関わってしまうことも、彼は重々承知していた。


「俺が普段してる冒険ってやつは、危険も多い。行く場所も、出会う敵も、ちょっと街から街に移動する、っていうのとはわけが違うんだ。わかるよな?」

「…………」


 ショウの言わんとすることくらい、レツにだってわかっている。冒険というものは、危険が伴うものなのだ。一歩街の外に出れば、魔物だって襲ってくるし、街道沿いに歩いていれば盗賊だって現れるかもしれない。それは、冒険者じゃなくたってわかってる。

 でも。


「わかってる。でも……ねぇ、お願い。一度でいいから連れてって。行ってみたいんだ」


 頑固さは、うちの家系かもしれないよな…………

 そんなことを考えながら、ショウは思考をめぐらせた。

 わかっている。今の少年というのは大体レツぐらいの時期に、無性に冒険者に憧れるものなのだ。

 自分も、昔そうだったように。

 ショウは小さくため息をついた。


「――…………」


 長い沈黙。

 そして、少し長めの、よく磨いた真鍮より明るい色をした金髪をかきあげながら頭をかいて、微苦笑を浮かべつつショウは言った。


「仕方ねーな、お前は……」


 ぽん、と、自分よりも背の低い弟分の頭に手を置く。


「冒険者ギルドに行って、レツと一緒でも問題なさそうな依頼があれば、一緒に行ってやるよ」



   †



 冒険者ギルド。

 端的に言えば、冒険者に便利な場所のことである。

 そもそも冒険者ギルドとは冒険者を支援するための組合のことなのだが、最近では、過去に冒険者ギルドを利用していた、いわゆる「冒険者あがり」の者たちが、個人で酒場などを開き、冒険者ギルドに組合施設の一端として登録をするというかたちの支部も多くなってきている。よって、街やそのギルドの経営者によって、やや特色の違う、偏りのある場所になってしまっているのは仕方ないといえよう。

 冒険者ギルドの受け持つ施設としては、まず、冒険者登録をすることが出来る。支部のどこで登録してもちゃんと本部に登録され、別の支部でもちゃんと登録確認が出来るのだから、なかなかに便利だ。また、冒険者登録をした人間は、そこで仲間を探したり、依頼を受けたり、情報を仕入れたりも出来る。

 もちろん、一般にも酒場、交易所などとして開かれており、交流の場として考えれば最大の組合が冒険者ギルドだろう。

 他にも、魔道士ギルドと商人ギルドと僧侶連合という、三つの組合があるが、これらはまた違った設備、施設を持っており、やはり登録が必要なところである。何よりこの三つの組合が、冒険者登録と最も違う点は、それぞれのギルド、連合に登録する時に、少し多めの金銭がかかるということである。なぜならば、これらの組合は、それぞれのスキルを身につける学校も兼ねており、登録したならば基本的なことは、多少であれ教えてもらうことが出来るからだ。

 魔道士ギルドの方は、魔道士の育成とサポートをメインとしており、登録段階に最も基本的な魔道知識を教わることが出来る。以降は、無料なり有料なりの設備を自分で使用したり、レベルの高い魔道士に教えてもらうことも可能だ。その先生となる魔道士もまた、この魔道士ギルドに登録している魔道士で、ギルドに申し出れば先生を探してくれるわけである。無料図書室や有料の通信設備は一般にも開かれており、魔道士になる気のない人間でも、学校として読み書き計算などを教わるために通うものもある。

 商人ギルドも同様に、商人、つまり商売を行うものをサポートするための組織である。こちらの場合は主に各地の有名な特産物や相場情報、商会登録、各種商会への仕事斡旋や、人材紹介なども行っており、基本的には何をするにも手数料がとられる。また魔道士ギルド同様に、読み書き計算を教えてくれるところもあり、特に計算に関しては計算機の使い方まで教えてくれるのはこちらのギルドだ。また、鍛冶師や細工師等、多くの種類の職人たちはこちらのギルドに所属し、それぞれ便宜をはかってもらうらしい。

 そして僧侶連合の方は、主に僧侶の育成とサポートをするところである。こちらは規定の金額をおさめることによって、よほど才能のないもの以外は、ある程度の回復魔法を扱える程度までは教えてくれる、僧侶の学校だ。一般向けの設備として病院も兼ねており、各町以上に一つは必ずあるのも特徴である。またそれぞれすべてに共通して言えることは、登録を行えるのは成人として認められた15歳以降だが、勉学のためであれば未登録でも金銭さえ支払えば利用できるというところだろう。

 レツとショウが向かったのは、この四つの組合のうち、依頼の斡旋をしている冒険者ギルドだった。


「へーぇ、S級……ずいぶんやり手のようだが、こんな依頼でいいのかね?」


 そう言ってからかうような視線をショウへ投げかけたのはここ、シザルドシティの東西南北に区分されたブロックの、西側にある冒険者ギルドの経営者その人である。


「連れが一緒なんでな……あまり危険なことは出来ないんだ」


 穏やかに苦笑しそう告げるショウに、依頼書を差し出しながら、彼は言った。


「ほう、そうかい。ま、がんばれや」


 酒場の壁際に、グラスを片手に寄りかかり目を通す。

 依頼書の内容は簡単なものだった。

 依頼が難しくなればなるほど、期日、危険度、冒険者のランクの要望、依頼内容が細かくなったり、金額も上がるのだが、今ショウが受け取った羊皮紙には、期日と依頼内容、金額のみしか記されてはいない。

 必ずしもそれだけの内容しかない依頼は簡単だ、というわけではない。場合によっては、無期限だがとてつもなく難しい……例えば、期限は問わないが北の大地のみに生息するといわれるいずれかの満月の夜一度しか花を見せないらしい、御伽夢見草を手に入れてもらいたい、などという途方も無いものだって存在するのだ。まぁ、それに見合うだけの金額は、きちんと提示されているのだが。


「ねぇ、僕にも見せて」


 慣れない酒場でやや居心地の悪そうにしていたレツが、ショウの袖をひく。


「ん? ああ、いいぞ」


 渡された羊皮紙を、丁寧な手つきで受け取ると、レツはまじまじとそれを眺めた。真剣に、一字一句漏らさずに覚えこもうとでもするように。


「……よぉ」


 レツがそうしている時、ショウの横合いから、彼に対して声がかかった。

 横手を見やり怪訝そうな顔を見せると、近づいてくるのはやはり冒険者の装いをした男であった。


「……何か?」


 特に感情のこもらない返答を、ショウは返した。

 声をかけてきた男は、ショウよりは10センチ少し背の低い……170センチをやや超えているくらいだろう……黒い短髪の、やや目つきの悪い男である。

 まぁ、一言で言えば、胡散臭い冒険者、ということになろう。ショウでなくても、警戒するのは当然のことだ。


「あんた、あのショウ・クオンタムだろ」


 名乗りもせずに言われた言葉は、お世辞にも、品性があるものとは言いがたかった。


「悪いな、さっき店主と話してるとこ聞いたんでな……ま、うすうすそうじゃないかとは思ってたんだが……噂通りの出で立ちだしな」


 何がいいたいのだかわからないが、とりあえず黙したままで、ショウは相手の言葉を聞いた。というよりも、もともと人を名指しで呼びつけられて、いい気のする人間はいなかろう。


「おれはリュード。これでも、冒険者ランクはBを持ってる。なぁ、おれと組まないか?」


 にやりと口の端に笑みを乗せる、リュードと名乗った男は、どうだと伺うようにショウの瞳を覗いた。


「あいにく、人と組む事はあまりしていないんだ」


 そっけなくそう答える。

 が。


「そりゃあ、噂でよく聞いてるさ。何でも……すげぇ美人の魔道士と組むことがあるくらいだそうだな。けど…………」


 ちらり、とレツを見て。


「いつから子守りに転職したんだ?」


 いって言葉に笑いを乗せる。あまり質のよい笑いではないが。


「……まぁ、別にいいけどよ。けど少なくとも、おれと組んだほうが稼ぎになると思うぜ」


 言われ、ふぅ……とショウは小さくため息をついて、手にしていたグラスを手近なカウンターに置く。


「噂がどんなものかは知らないがな、少なくても俺は、金銭面だけで依頼を選んでいるわけではないんでね。悪いが別の相手でも探してくれ」


 さぁ、いったいったといわんばかりの態度で言い放つと、ショウはレツの手を引いて店を出た。カウンターの向こうに向かい、一枚コインをはじくことも忘れない。


「まったく、なまじ名前が売れるとろくなことがない……」


 つぶやくようにショウが言う。


「でも、ショウ君は有名人なんだねぇ」


 しみじみとレツがそう言って、はい、と依頼書を渡してくる。


「もういいのか?」


 聞きながらひらひらとその依頼書を振ると、レツが頷きながら答えた。


「うん、つまり西の森の中にある洞窟にいって、そこに書いてある遺跡みたいなのや紋章があるかどうか、見てくればいいんでしょ?」


 言いながら、それ、と依頼書に書かれた模様のようなものを指差す。


「まぁ、そういうことだな……ただ、あそこの洞窟は、安全とは言いがたいんだがなぁ……」


 ショウがぼやく。


「冒険はそんなもんなんでしょ? 早く行こうよー、なに用意すればいい? やっぱ武器と食料だよね」


 嬉々として聞いてくるレツに、あーあとショウはもう一度、天を仰いだのだった。


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