黒染めの聖者 ~ヤンデレな女神に愛された異世界転生男子の旅路~

maesonn

序章~転生~

序章【1】



 ――あなたの名前はね、【たっとき人】となるようにって、名付けたの



 彼が小学生のころ、『自分の名前の意味を調べる』という課題がでた。その時に、母から聞いた答えがこれだ。


 幼い彼にとってその言葉の響きは、頭にこびりついて離れなくなるに充分な美しさをもっていて、だからこそ、彼は今でも、そうあれかしと、己を律して生きている。


 これからの話は、彼の話だ。ひたすらに、尊き人であろうとする、彼の旅路たびじの話だ。


 彼の旅路と、彼を愛した、女達の話だ。




△△△




 日差しが窓から差し込む早朝。目覚まし時計のアラームが鳴ると、ベッドから1人の青年が目を覚ます。彼は起きるやいなや、アラームを消し、ベッドの横にあるキッチリとアイロンがけされた学生服に手を伸ばし、パジャマを脱いで着替える。


 寝ぼけまなこをこすりつつも、部屋に置いてある全身鏡できちんと学生服を着こなす。ほどよく引き締まった身体に、紫紺しこんのブレザーは無理なくフィットする。


 その後は、学生鞄がくせいかばんの中を忘れ物がないかを確認する。それを行ったら、今度は洗面所へ向かい洗顔、整髪、歯みがきをすませ、洗面台の鏡で注意深く自分の顔を観察。清潔感があることを確認した後、改めて居間へと向かう。


 これら一連の動作は大変に整然せいぜんとしていて、はたからみるだけでその青年がとても几帳面きちょうめん生真面目きまじめな男というのが分かりそうなものだ。


 彼の名は、亘尊わたりたける。現代日本に生きる普通の男子高校生だ。


「尊、おはよう。いつも早いけど、今日は特にそうね」


 尊が居間のドアを開けると、彼の母がその音に気づき朝のあいさつをかける。時間は6:00、お弁当の準備等で朝にやることが多い母親と比較しても、尊の起床時間は早いと言える。


「試験が近くなった。できれば早めに学校に行って朝の静かな教室で勉強したいから」


 忙しい様子がみれる母親の負担を減らすため、自ら朝食の準備をしつつ尊が答える。


「ストイックねぇ、我が息子ながら」


 尊のお弁当を優先して作りながら、母親が感心しつつも呆れたような声を出す。どうも尊のこの真面目さは、母親譲りという訳ではないらしい。血を分けた息子でも、その厳格げんかくさは母にとっては割と引いてしまうものであるのか。


 いただきますと、尊は静かに手を合わせ、自身で用意した朝食にはしをつける。そんな母親の様子も、彼にとって今更気にするようなものではない。


「ふあ……おはよう……って、お兄ちゃん起きてるし、もうご飯食べてるし」


 そのタイミングで、尊の妹である優愛ゆあが居間に入ってくる。この子も学校の制服に着替えているが、尊に比べればまだ色々と整っていない。


「おはよう、優愛。早いな、部活の朝練か?」


「いやまぁ、実際そうなんだけどさ、どう見てもお兄ちゃんの方が早くない? なんでよ?」


「テスト近いから、朝の静かな教室で勉強したいんだってさ、尊」


「我が兄ながらなんつーストイックさ……修行僧かよ」


 妹の優愛はやはりまだまだ眠いのか、時折あくびが出ている、洗面台にも行ってないのか寝癖が直っていない。


「ああ、それはいい。おれの目標は釈尊しゃくそんだからな。修行僧になぞらえられるのなら、目標へ進めているんだろう」


「ああ、はいはい、そうですね……」


「うちは寺でもなんでもないんだけどね……」


 優愛と母親がややげんなりしたように言い放つ。なんとも理屈っぽい男である。事実、尊は優愛と口喧嘩をして、一度も負けたことがなかった。


 ふと、ああそう言えばと、優愛が思い出したかのように尊に聞く。


「お兄ちゃん、今週末空いてる?」


 彼女がそんなことを言った時には、尊はもう既に登校の準備が整っていた。


「テスト勉強の時間さえ確保できれば、後の時間は空いているが、どうした?」


「バイト代入ったから、新しい服買いたくてさ、一緒に見てもらっていい?」


「それは……構わんが、なんでだ?」


 予想していなかった頼みがきたからか、尊が不思議そうな顔で返す。


「いやさ、兄ちゃんって、かなり理屈っぽいじゃん?」


「まぁよく言われる」


「だから服を評価してくれる時も、ちゃんと、どこがどういう風に似合ってるか、そこを言ってくれると思うじゃん?」


「……否定はできないな」


 家族なんだからある種当たり前なんだが、長い付き合いである妹の評価は実に細かく、的確なようだ。


「そんなわけで、真面目なお兄ちゃんの細かい評価を聞きながら、頑張って新しい服を決めたいのよね」


「……おれの評価なんぞでよければ付き合うが」


 どこが見すかされてる感じがむずがゆいのか、尊は少しぶっきらぼうに了承する。この兄もこの兄で、妹には敵わないと思っていた。


「むしろ、お兄ちゃんの評価だからいいんだよ。だって、お兄ちゃんさ、優しいじゃん?」


 屈託くったくのない笑顔で優愛が言う。うそいつわりのない、ストレートな言葉だ。その混じり気のない褒め言葉に、さすがの尊も落ち着くことができず、照れ臭そうに頬をかく。こういう真っ直ぐに純粋なところは優愛の美点であり、尊も素直に尊敬していた。


「まぁ、頼み自体はいいよ、付き合う」


「ありがと、さすが優しいお兄ちゃん。詳しくはまた後でね」


「そうしてくれ。そろそろ行く」


 気はずしさを誤魔化すように、尊はドアに手をかける。実際、ぼちぼち時間も経っていた。ごめんね引き止めちゃって、という優愛の声を背に、尊は居間から出た。そのまま玄関に向かい靴を履く。その時、ちょうど起きてきた父親が2階から降りてきた。


「なんだ尊、もう行くのか、早いな」


「父さんおはよう。行ってくるね」


「ああ、気をつけてな」


 そんな風に、特段変わりのない、いつも通りの挨拶を交わして、尊は家を出た。


 だが、先に言ってしまえば、このなんの変哲もないいつも通りの言葉が――尊と家族が交わした最後の言葉になってしまった。



△△△



 その世界の名は、《オグト=レアクトゥス》と言う。


 レンガ造りの建物、西洋風建築な城と城壁、剣と魔法、魔物、エルフやオークといった亜人……情景としては、いわゆる、典型的てんけいてきな中世ヨーロッパ風ファンタジー世界と表現されるものだ。


 しかし、ここに生きる人々の暮らしは大変に先進的せんしんてきである。と言うより、暮らしだけならば、近代的な地球世界レベルに比肩しうると言ってもよい。


 薄い板切れをさながら携帯電話のように使って離れた場所同士の人でコミュニケーションを取る人がいる。


 手をかざすだけで火がともる鉄板てっぱんをコンロのように使って料理をする人がいる。


 水の渦を作れる桶を洗濯機のように使う人がいる。


 一見するだけでも、科学が発達した地球の文化とほぼ遜色そんしょくないほどの生活レベルだ。実際、この世界は《魔術刻印マギアサイン革命》という技術的な転換点が起こって以降、加速度的に文明の発展が進んでいる。


 そんなオグト=レアクトゥスという異世界を、独りで、ただひたすらにじいっとみつめている者がいた。


 その者は、世界とは遠く離れた、しかしながら限りなく近く、物質的な世界でない、不可侵の場所にいた。


 そこは、オグト=レアクトゥスの人類(この世界における人間と亜人の総称を言う)が、《かみ》と呼んでいる場所だった。


 そして、その神の座から世界をみつめているこの者は、他ならぬ神と呼ばれる存在の一柱ひとはしらだ。名は、アンシュリトと言う。


「ああ、居ない。居ない居ないいないいないない!」


 他に誰も存在しない、何もない、そんな空間に一人、アンシュリトのかんしゃくが響き渡る。


「いない! いないの! 私の理想な魂が! 美しくて何色にも染まっていない! 私の愛を受け取るに相応しい魂が!」


 まるで、おもちゃが手に入らない子どもが、ワガママにわめきちらしているかのようである。世界をみつめるアンシュリトの目に、お気に入りのおもちゃは見えないらしい。


 アンシュリトは、神であるだけあって、オグト=レアクトゥスという世界において間違いなく卓越たくえつした存在である。人知を越えた権能けんのうを幾つも行使し、指先一つで世界に生きる人々をことほぐもかしるも自由自在である。


 そんな超越的存在であるアンシュリトが、なぜここまで狂躁きょうそうしているのだろうか。それは、アンシュリトをアンシュリトたらしめる、1つの悪癖あくへきがあるからだ。


「ああ……いない、理想の魂がぁ……よしんば、いたとしても忌々しい《秩序ちつじょかみ》どもがすでに目をつけてるしぃ」


 わめき散らしのも虚しくなってきたのか、アンシュリトの語気が弱くなっていく。神とはいえ、いや、神だからこそ、望むものが手に入らないのはやはり精神的苦痛になるのか。


 そんな時、ふと、アンシュリトの視界に映るものがあった。


「あら? 世界線が混ざってるわね? 久しぶりだわ。誰かこっちの世界に産み落とされるのかしら?」


 アンシュリトの目に、ビル街、自動車、電車といった現代の地球世界の光景が入ってくる。この世界にとって、別の世界が混ざるという事柄は、先の言動から察するに、珍しいが無くはないことであるようだ。


 だが、この時、この瞬間に、何よりも欲しかったものがみつかることになるとは、アンシュリト自身、果たして思い及んでいただろうか。



「あ、ああ、あああああああああああああ!!!」



 見つけた! 見つけた! 見つけた! と、狂ったようにアンシュリトが歓喜の声をあげる。その目には、電車の中でつり革につかまる1人の青年が捉えられていた。


 そして、そのまま彼に手を伸ばした。


 ……さて、アンシュリトには1つの悪癖があった。


【自身が見初みそめた者に狂った愛を与える】


 というものである。


 そのことが原因で、アンシュリトという神は、オグト=レアクトゥスという世界において《邪神じゃしん》として定義されている。



△△△



 亘尊わたりたけるという男は、座右の銘がある。【たっとき人】となるように、というものだ。


 名前の由来にもなっているこれを、尊という男は元来の真面目さから愚直ぐちょくに追い求め続けている。だが、ただぼんやりとそうなりたいなあと、蒙昧もうまい夢想むそうするほど尊という男はおろかではなかった。


 彼は、彼なりに、【尊き人】とはどんな人なのかを考え続けた。行き着いた答えの1つが、仏教、仏の教えとそれを創始した人、すなわち、ゴーダマ・シッダルタことお釈迦しゃか様であった。


(蘇婆訶そわか。祈りの言葉、この言葉を始め、言葉を心のままに、無心に放つことこそが仏教の……)


 尊は、電車に揺られながらつり革につかまり、仏教関連の新書を片手に読んでいる。そんな彼の脳内は、おおよそ青春真っ盛りな男子高校が思い浮かぶにはあまりにも抹香まっこう臭い。


 実際、『良い奴なんだが、時たまジジイと話してるような気になる』と、尊は友人から評価されたことがある。その評価を聞いた時、彼は、褒めてるんだかけなしてるんだかよく分からないと苦笑いをしたことを覚えている。


 だがまあ、何はなくとも、彼なりに学んだ仏の教えは、亘尊という男を構成する大事な要素であることは間違いない。


 そんなわけで、通学途中、彼は自身にとって人生の指標とも言える教えを学んでいた最中であったのだが……。



 ――見つけた! 見つけた! 見つけた!



 ふと、電車の中に、ゾッとするほど蠱惑的こわくてきな女性の叫び声が響き渡った気がした。


 尊は、思わず読んでいた本から反射的に目を離し、あたりを見回した。しかし、特に変わった様子もなく、電車は次の駅に向かっている。


 気のせいか、そんなことを思いつつも、いつの間にか彼の背には冷たい汗がびっしりと流れていた。なんだったのだろう今のは? どこか空恐ろしいものを感じつつも手に持った本に目を戻そうとした。


 次の瞬間、尊の耳に轟音ごうおんが響く、すると間もなく、彼の身体にすさまじいまでの激痛が走った。


「――!? ガッ?! アガっ?!?」


 声すらまともに出すことが出来ない痛み。意識がどこかに持っていかれそうになる。なんとか気力を振り絞り、尊は意識を手繰たぐり寄せる。


(何が起こった!?)


 ともすれば痛みでぐちゃぐちゃになりそうな思考を必死に働かせ、状況の把握に努める。


 どうやら身体を強く叩きつけられたらしい、よく見たら出血している、骨も折れているのか、なんとか動かせないか、尊は最後の一欠片まで気力を振り絞り満身創痍まんしんそういの身体を動かそうとした。


 周りから叫び声が聞こえる、内容から察するに電車が横転したらしい。身体を叩きつけられたのはそのためか、苦痛と恐怖に押し潰されそうになりながら、尊は自分にできることを必死に考える。


 だが、いくら思考を研ぎ澄ませたところで、生命の鼓動こどうが弱くなっていくのを止められなかった。身体から熱がせていくのを感じる。


 これが死の気配なのかな? 妙に冷静な感想が思い浮かんだことに、尊は内心自嘲じちょうする。


 誰かが泣き叫ぶ声が聞こえる。声の感じからして赤ん坊だろうか? どうにかして助けられないか? 助からないなのなら、せめて誰かを助けたい。尊は必死に歯を食いしばり、身体を起こそうとする。


「ああ! なんて素敵なの!! その身体で!! その状態で!! この光景で!! 誰かを助けるために動こうとするなんて!!!」


 先ほど聞こえた女性の声が、再び尊の鼓膜こまくを揺さぶる。やはり気のせいではなかったか、いや、どうでもよい、俺は今自分で出来ることを、この命が尽きる前に、せめて。尊は、文字通り死にものぐるいで体を動かそうとした。


「素敵ぃ……素敵よぉ……ああ、決めたわ、この子は私のものよ、絶対誰にも渡さない」


 尊は、身体が包み込まれるような感覚を覚えた、いよいよもって死ぬ、そんな予感がした。


(待ってくれ! まだ! せめて死ぬのなら! 最後まで! なりたい自分を目指したいんだ!)


 彼は、声も出ないのに、必死に叫んだ。


「ふふ、死ぬわけじゃないのよ、産まれなおすの。私の手で、私の愛と慈しみをもって、ここではない世界に」


 その声が聞こえたのを最後に、尊はついに意識を手放した。電車の中では、阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄が、未だに続いている。



△△△



 そこは、何もない空間だった。そんな空間に、尊はいる。


 ありとあらゆる感覚があいまいで、ゆらゆらして、おぼろげで、うろんだった。


 ここは死後の世界なのだろうか? 尊は未だ明瞭めいりょうとしない意識の中、そんなことを思っていた。


「ああ、目覚めたのね、おはよう尊」


 ふと、声がした方に意識を向ける。そこには、1人の女性が立っていた。全てが不鮮明なこの空間において、その女性だけはハッキリと輪郭りんかくを保っている。


 闇を思わせるかのような漆黒のマーメイドドレスをまとう美女だ。ウェーブがかかったセミロングのヘアは、これもまた漆黒。しかしながら、それが夜に光る星のように光沢こうたくを放ち、妖艶ようえんうるわしさを内在ないざいする。


 肌はこの世のものではないほどの青白さだが、それがどこか病的やまいてきな美しさを演出する。それだけでない、夜の海を思わせる紺色の唇と瞳、短く綺麗に揃えられた刃物のようにシャープなまつ毛……そのどれもが引き込まれるように綺麗だ。


 確かに、美しい。美しいのだが、近づいてはいけないという本能が先に働いてしまう。美しさ以上の妖しさと恐ろしさが身体を突き刺してしまう女性だった。


「貴女は、誰ですか?」


 問いかける尊の声は、幽暗ゆうあんな場所においても震えているのが分かる。


「ああ、私ったら自己紹介もまだだったのね――アンシュリトよ」


「アンシュリト……さん?」


「さんづけなんてやめてちょうだい、愛しい人」


 アンシュリトがゆっくりと尊に近づく。尊は、逃げようとして、しかし、逃げられなかった。あでやかで美しい白い指先が尊の頬に触れる。美しい宝石をでるかのように、指は頬をなぞった。


「あの……なんで俺の名前を? あとここはどこですか? 俺は一体どうなって」


「大丈夫よ」


「えと……何がでしょうか?」


「あなたはそんなことを気にする必要はないのよ」


 息をのむほど美しい笑顔でアンシュリトは尊に迫る。会話にならない、というより、する必要すら感じてないのではないか? 尊は、目の前にいる女が全く理解できない、それが、ただひたすらに恐ろしかった。


 ふと、アンシュリトが尊の背中に優しく手を回し、身体を密着させてくる。こんな、なにもかもが漠然ばくぜんとしている空間の中で、なぜか抱きしめられている感覚を、ハッキリと尊は感じることができた。


「尊、愛しい人。あなたに、私の【愛】をあげます」


 耳元で甘くとろけるような声がささやかれる、聞くだけで脳が溶けそうだ、尊は、なんとか理性を働かせてこの美しくも恐ろしい女性へゆだねそうになる思考を引っ張ろうとする。


 だが、そんなことをする余裕など次の瞬間には吹き飛んでしまうことを、彼は思い知ることになる。


「――ぎぃっ?!?!??」


「ごめんなさいね、尊。少しの間苦しいでしょうけど、我慢してね」


 突如襲ってきた痛みに、尊は苦悶くもんの叫びをあげる。アンシュリトは、申し訳なさそうにしながらも、尊をさらに強く抱きしめる。


 経験したことのない苦しみだ、痛くて、辛くて、息ができなくて、気持ち悪い。自分の中をぐちゃぐちゃにして掻き回される、尊は、自分が自分でなくなってしまうような恐怖を、苦痛の中で覚えてしまった。


「ああ、尊、愛しい人。私の愛であなたは生まれなおすの。私の愛と慈しみを、その体にあげるの」


 強く、強くアンシュリトが抱きしめる。抱擁ほうようが強くなるたびに、尊は苦悶の声を荒らげる。


「楽しみよぉ、尊。私の愛と慈しみで、あなたがこれからどんな風に生きるのか。優しく、気高けだかく、とうといあなただから、きっと誰よりも苦しむのでしょう」


「ひがぁっ!??!? はぁっ!!あがあっ?!」


「たくさん、たくさん、悩むのでしょうね、わずらうのでしょうね、困るのでしょうね、きゅうするのでしょうね。でも、そんな時に見せるあなたの命の輝きは、きっと誰よりも綺麗で、きらびやかで、うららかで、美しいに違いないわぁ」


 身体が熱い、細胞の一つ一つが燃えているのではと尊は錯覚する。


「死なせて……死なせてくれぇ!!」


 ここに来る前、瀕死の重症を負いながらも、他の誰かを助けようとしたほど高潔こうけつな尊の理性が、みにくく苦しみからの解放を懇願こんがんした。それほどの苦痛だった。だが、アンシュリトは構わず強く、強く、尊を抱きしめる。


「だめよ、あなたは死んでは駄目よ。あなたが死ねる時はね、私の愛を理解した時だけ、これからあなたが行く旅路たびじの果てで、私という存在を理解した時だけなの。そうしたら、愛しく、優しく、抱きしめてあげるわね、尊」


 その言葉を聞いたが最後、尊の意識が完全にブラックアウトする。


 この瞬間をもって、尊は、産み落とされることになった。異世界、オグト=レアクトゥスに、アンシュリトの世界へと。

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