魔法?冒険者?異世界色が凄いな


私がこの宿屋『バードン』で働いてから、既に3週間は経っていた。まだ3週間、されど3週間。新しい土地で、新しい環境で、新しい生活を始めて、既にそれだけ経過していたのだった。私は元の世界の怠け具合では考えられないくらいに働きまくっているし、正直驚きだ。


「アオイの嬢ちゃん!追加だ!」


「はいはい。ほんっと、フォージュさんはたくさん飲むね………私が言えた口じゃないけどさぁ」


フォージュさんは今日も、物凄い勢いでお酒を味わって飲んでいる。この街に帰ってきてから、もうずうっとこの調子だ。毎日毎日酒樽が2つくらい消し飛んでいるのは、私の給料が増えると素直に喜ぶべきか、それとも酒を飲み過ぎだと注意するべきなのか、いまいちわからない。いつか絶対アルコール中毒になって禁断症状で死ぬと思う。


私も牛乳は好きだが、流石にここまでの量を飲むなんてことはできない。飲めて3リットルが1回の限界だ。最低でも1時間くらいの時間を開ければ飲めるかもしれないが、やったことはないのでよくわからない。


「アオイの嬢ちゃんだって、この前牛乳を樽一個くらい飲み干してただろ?」


「時間置いてたし、1日あったからね。フォージュさんみたいに飲み続けるのは無理だよ」


「俺ができるなら、アオイの嬢ちゃんもいつかできるんじゃないか?」


「いつか、ねぇ」


フォージュさんの机にビールジョッキをいつものように5本置いておく。今日はどれだけ飲むのだろうか。正直、ダンジョンって所から帰って来て、毎日ずうっと飲みまくってるけど………フォージュさんってお嫁さんいるんじゃなかったっけか?文句とか言われてないのだろうか?


「フォージュさんは家帰ってるの?」


「たりめぇよ。俺が他にどこいってると思ってるんだ?」


「んー………酒場か酒屋?」


「はっはっは!ちげぇねぇ!!」


「違わないじゃないか。というか、フォージュさんの職業って冒険者なんだっけ?」


「ああ、そうだ。それがどうしたんだ?」


「いや、冒険者って何でも屋みたいな感じなんだよね?」


「まぁな、そんな感じだ。依頼をこなせばこなすほど金が貰えるぞ?アオイの嬢ちゃんもやってみるか?」


「え、私、戦えないけど」


「別に、無理して戦う必要は無いぞ?依頼達成料は少ないが、手伝いみたいな依頼もあるからな。最低ランクのGでもできるから、冒険者になって損は………まぁ、無いんじゃないか?」


いやまぁ、街中のお手伝いでお金が貰えるのは嬉しいけど、この店に来てくれる冒険者のお客さんの話から冒険者の仕事は基本的に戦うことが基本の職業なのだと思っている。というか、戦わない依頼は基本的に賃金が少ないとか愚痴られた記憶があるんだが?


「まぁ、考えとくよ。自衛の手段がないまま冒険者になるのは、ちょっとあれだから」


私、16歳。今までの人生で、一度も本気の喧嘩をした事のない高校1年生だよ?口喧嘩すらした事のない、とっても平和で人畜無害な人間だよ?そんな奴が冒険者なんてやっても、自衛できなくていつか死ぬでしょ。最悪、敵の罠に嵌められて終わる未来が見えるもの。言葉巧みに嵌められて終わりよ、終わり。


なんせ、何かの詐欺に遭ったこともないし、何かの事件に巻き込まれたこともない。私は本物の詐欺師にも、本物の殺人鬼にも、本物のヤバい奴にも会ったことはないんだよ。危険を体験したことすらない私が危険が有るかもしれない職業に就くとか………無理でしょ、無理無理。


「なら、魔法でも覚えてみるか?色々と勉強する必要はあるが、使えるようになったら便利だぞ。例え戦闘に使えなくても、日常生活で使うこともできるからな」


「魔法………魔法かぁ………」


魔法。この世界では生活から戦闘まで、色々なものに使われているモノだ。私の働いているこの宿屋の照明や水道周り、冷蔵庫なども、その全てが魔法の力によって動いている。それほどに、日常生活にもめり込んでいるくらい、便利なモノらしい。元の世界で言えば、科学のようなモノだろう。人々の生活を便利にするために、どこかの誰かと戦う為に、色々な人々が考え、様々な実験をし、世間の人々が当然のように使い始めた技術だ。どんな人でも使えるように大昔から改良し続けて、そして世間に溶け込んだ技術だ。


私はこの世界の人間ではない。が、魔法は歴とした技術なのだ。技術であるのなら、科学と同じように私だって使うことができる筈だ。だって、誰にだって使うことができるように確立されている技術なのだから。実際、魔法道具の中には使用者の魔力を使って使うものもいくつかある。私はそれを使えたのだから、魔法を使うための魔力はある。ならば、後は使えるようにするだけだ。


まぁ、使うのかどうかは私が決めるのだけど。


「ま、魔法を使うってなら、まずは適性属性を知らねぇと使えないがな」


「適性属性?」


「ああ、魔法にはそれぞれ属性がある。ま、魔法の得意分野みてぇなやつだ。それを調べてからじゃねぇと、自分が何が得意かわからんだろう?」


「なるほど」


適性属性か。魔法の得意分野ってことは、それは逆に考えれば苦手な魔法であっても、一応使うことだけはできる感じだろうか?苦手なスポーツでも一応できなくはない、みたいな。いやまぁ、私は運動神経がいいからか知らないけどスポーツは全般できるし、頭がいいのか知らんが勉強も家で自習しなくてもテストで点数とれるから、苦手分野とかわからないんだよな。強いて言えば好き嫌いくらいはあるけど、別にやるだけなら私の感情とか割と無視できるしなぁ。


とりあえず、魔法の属性を調べないと始まらない、ってことか。教える側からしても、教わる側からしても。


「なんだぁ?アオイの嬢ちゃんが魔法覚えるのかぁ?」


「魔法はなぁ、使えると便利だぞぉ!」


「そうだなあ、アオイちゃんみたいな女の子でも魔法なら自衛にも使えるしなあ」


私はいつも通りフォージュの隣に座ってゆったりしているのだが、周囲から色々と声が上がる。ふむ、色々言われると覚えたくなってくるな?そう思うと、私は流されやすいタイプなのかもなぁ。


「あ、それなら僕、丁度よく適性診断の水晶玉持ってますよ。さっき依頼で使ってきたばっかりなんで、やってみますか?」


そう言ってくれたのは、フォージュさんと同じくらいこの酒場の常連のクルトさん。私が働き始めた3日目からずっと毎日通っている。お酒はあまり飲まないが料理を食べる人、ってイメージが強いお兄さんである。杖のようなものを持っているから魔法使いなのだろうと思っていたが、どちらかというと薬剤師なのだとか。薬草類は、ゲームの回復ポーションのような『薬』を作る職業らしい。しかも、クルトさんは薬剤師の技術を利用して、薬草類や薬関係のお店を開いている。お店がこの宿屋から割と近場にあるので、クルトさんのお店に売っている香草を買う為に私も何回か顔を出したりしているので、既に割と顔見知り………の、筈だ。


「お、丁度いいじゃねぇか。ほれ、アオイの嬢ちゃん。行ってこい」


「まぁ、わかった」


まだ魔法を覚えるとは言っても思ってもいないが、私の魔法の得意分野がわかるというならやってみよう。というか、無料なんでしょ?ならやるよ。無料で体験できるならしたいし。私は一旦立ち上がり、クルトさんの座っている席の隣の席に座る。今は仕事がひと段落したのでミナに色々と言われる心配もないから、安心してサボることができる。


「んで、この水晶玉でどうすれば適性属性ってのがわかるの?」


「その水晶玉に触れてからちょっと待つだけ。誰にだって使えるようにされてるから、魔力が一切無いみたいなことがなければ起動する筈だよ」


「ほー」


そうクルトさんに言われ、待つこと約2分。厳密には110秒。ただただ待つのも暇だったから起動までの秒数を数えてみたが、カップラーメンは作れない時間だったな。


「お」


「ああ、起動した。えーっと………アオイちゃんの適性属性は………おぉ!光、雷、毒、音、影、妖、契約、深淵、空間………の、9属性だね。1番得意なのは契約属性みたいだけど」


「9属性………うん、よくわからん」


「あはは、まぁそうだよね。そうだなぁ、普通の人でも4〜6属性くらいは持ってるから、ちょっと多いかな?後はちょっと特殊な魔法があったりするけど………まぁ、まずは魔法の説明からいこうか?」


「わかった、お願いします」








約50分近く、魔法についての色々な話を聞いた。ついでに私の魔法の云々についても色々と試したりして、最終的には1個だけ魔法を使えるようにもなった。


「にしても、珍しいね。アオイちゃんは適性属性以外の魔法が殆ど使えないみたいだ」


「そんなことあるの?」


私はなんでも、適性属性以外の魔法が一切というわけでは無いが、殆ど使うことができないらしい。つまりは極限に苦手ということだ。今まで器用貧乏だと思っていた自分に苦手分野があるのは、ちょっと楽しかったり嬉しかったりする。嬉しくなる部分がおかしい気もするけど、まぁいいや。気にしないでおこう。


「ま、割とあるかな。適性属性じゃないってことは、その他の属性は基本的に苦手分野になるでしょ?苦手分野なんだから、使えないくらい苦手ってこともあるよ。アオイちゃんみたいに全部が全部苦手なのはそうそうないけどね」


「なるほど」


つまり、私は苦手なモノは本当に苦手、と。


「でも、アオイちゃんは魔法を覚えるのが早いよ。得意分野は本当に得意なんじゃないかな?普通、2日3日くらいは練習しないと魔法は使えないから」


それは多分、器用貧乏なだけだと思われる。私はどんなスポーツであっても、素人よりも上手い。が、本気でその道を目指している人に比べれば下手、と、その辺りの腕のものばかりなのだ。最初からある程度はできるから、努力することがない。努力する必要がない。だから、魔法も本気で努力しなければ、きっと最初の方は素人より早く覚えられるけど、後になればなるほど遅くなるのではないだろうか?いつもの感じを考えると、だけども。


「もう一回魔法を使ってみて、アオイちゃん、魔力量は多いみたいだから、積極的に使いまくってみるといいよ。魔力操作の練習になるからさ。まぁ、使って欲しいのはアオイちゃんの魔法が綺麗だから見たいだけなんだけどね」


「まぁ、わかった。灯火ライト


綺麗どうこうは良くわからないが、まぁいいだろう。私が今使ったのは、光属性魔法の1番簡単な魔法。攻撃性は一切無いが、ただただ手の先に光を灯す魔法。光の強弱は私の任意なので、なるべく光は弱めて手の先に灯すことにする。最高にすると凄く眩しいからね。


「おぉ………本当に綺麗だね………」


「綺麗なの?よくわからんなぁ」


クルトさんが綺麗と言っているが、よくわからない。何処がどう綺麗なのだろうか?


「そうだなぁ、綺麗なら魔力の流れだ」


「魔力の、流れ?何それ、フォージュさん知ってるの?」


私がクルトさんの言葉に疑問を浮かべていると、お酒を飲んでいたフォージュさんが私に魔力の流れというものを教えてくれた。ついでにフォージュさんの飲み干したお酒を補充したりもしたけど。


「つまり、魔力の流れってのは、魔力消費の効率がめっちゃいいってこと?」


「言っちまえばそうだ。まぁ、本職の魔術師でもそこまで綺麗にゃならんがな」


「えぇ?でもこれ、1番簡単な魔法なんでしょ?なんで?」


「いいか?魔法ってのはイメージの具現化だ。それはさっき教わってたな?」


「まぁ、イメージしないといけないとは教えてもらったけど」


魔法とは、私の中に内在しているエネルギーの魔力を、私のイメージによって世界に具現化する技術だと教えてもらった。魔力というのは人体から発せられるエネルギーの総称、らしい。実際の所、寿命を削って使う魔法があるらしい。この場合、生命エネルギーってのを削っているんじゃないか?ゲームで言うならHP消費型の魔法、みたいな感じで。


「つまり、そのイメージが具体的であればあるほど、魔法の魔力の流れはより綺麗になっていく。魔法に使う為の魔力がどんどん少なくなっていくんだ。アオイの嬢ちゃんは、そのイメージが上手いわけよ」


「………なるほど」


つまり、私のイメージ、言い換えれば私の想像や妄想が具体的だったからこそ、魔法の効率がいい、と。


「アオイの嬢ちゃんは魔力量が多いのに、イメージがしっかりしてる。普通は魔力が多いとイメージが稚拙になりやすいんだがな。こりゃ才能だぜ、才能。魔法使いの才能だ」


「才能………うーん、よくわからん」


「はっはっは!まぁ、最初はそんなもんよ!」


私がイメージしてるの、ただのLEDライトなんだけど。ほら、あれって電気エネルギーが余すことなく光エネルギーになってるんでしょ?だから、蛍光灯と同じ光を消費電力が少なく出せる。なら、魔力ってエネルギーを余すことなく光エネルギーに変換できないかなーって思ってただけなんだけど。


まぁ、上手くできてるなら、いっか。


「この街に図書館あるでしょ?そこに基本的なことの書かれてる魔法書があるから、暇を見つけて読んでみるといいよ。それと、身体を鍛えるのと同じで、毎日継続して使うと魔力量は上がるし、効果も上がるからね。その灯火ライトだったら、明るさがどんどん増してくから。1日1回、最高の明るさで試すと変化がわかりやすいよ」


「あ、はい。わかりました」


「アオイちゃん、敬語敬語」


「ん?あぁ、うん。わかった」


やっぱり、時々敬語に戻ってしまう時がある。気を付けないと。


「それで?話を戻すが、アオイの嬢ちゃんは冒険者になるか?街の外に出るなら、暇な時だけでも俺がついてってやるが」


「フォージュさんはフォージュさんの仕事すればいいんじゃないか?仮に私に付き合っても、絶対にお金は渡さないから。そういう条件ならいいけど。………というか、まず冒険者になるかどうか、決めてないし。仮にやれるとしても、宿屋の仕事の合間だから………街の外に出るのはやらないかな。時間が無い」


宿屋の営業時間外は、確かに暇だ。最近はスマホの充電がほぼ無くなってて使えないし、図書館にも通っているけど、あれは趣味だから暇には違いない。


けど、別に営業時間外は完全に暇というわけではない。食事用の買い物とか、酒場用の酒樽とか、後は宿屋の方の担当とか、やることは色々とある。私が住み込みで働いているのは、宿屋なのだから。ベットのシーツ交換とか、魔法道具の魔石補充とか、その他にも色々細々とした仕事があるのだ。だから、街の外に出る依頼はそうそうできないだろう。


「それもそうか。ま、決めるのはアオイの嬢ちゃんだからな。俺は酒が飲めりゃそれでいい」


「そうすっか。おかわりは御所望で?」


「あぁ、くれ」


「まいどー」











5日後、私は朝からフォージュさんに案内されて冒険者ギルドの前までやってきていた。結局、ミナも店長さんもギルドに登録だけはしているらしいので、私も身分証明の為にすることとなってしまったのだ。確かに身分証明ができるものが無いなとは思っていたが、冒険者ギルドでそれができるなんて考えてもいなかった。


「さ、着いた。ここが冒険者ギルドだ」


「んー、内の宿屋より小さいな」


「そりゃそうだろ、アオイの嬢ちゃんが働いてるのは宿屋、冒険者ギルドは役所みてぇなとこだ。人が寝泊りするんじゃねぇからな?」


「あいや、わかってるけども」


でも、比較対象できる建物がこの世界じゃそれくらいしかないんだわ。元の世界の建築物と比べても、フォージュさんには何言ってるかわからないでしょうに。


ちなみに、今日の服装はミナに選ばれて着させられたのだが、制服だった。一応言っておくが、元の世界の学校の制服ではなく、宿屋の制服だ。どうしてこれなのかとミナに質問した所、『可愛いからいいじゃないの』と言われて終わりだった。多分、宿屋の宣伝とかそんな所だろうなぁ。


「さ、入る前に二つだけ注意事項だ」


「ん?」


なんだ?


「いいか?冒険者ってのは、荒くれ者の集まりみたいなもんだ。そんな所にアオイの嬢ちゃんみてぇなべっぴんさんが入ったら、まず声をかけられる。どんな風にかけるかは知らんがな。が、適当に受け流せ。いいな?」


「はぁ?そんなわけないじゃん。私よりミナの方が美人じゃない?」


胸は私よりずっと大きいし、髪も長くて綺麗だし、背も高い。顔立ちは非常に整っているし、口調も性格も十分許容できる範囲だ。ま、少々強引な所はどうかと思う。けど、ミナは十分に綺麗だと思うよ。………綺麗、なんだよね?私の贔屓目とか無しに、多分、ミナは美人の部類に入ると思うんだけど………


「あのなぁ、確かにミナもべっぴんだ。が、俺が言いたいのはそういうことじゃねぇ。お前さんも十分べっぴんの部類に入るんだよ。ミナとは方向性は違うがな」


「?どういうこと?」


「あぁ、これか。本気でわかってないやつ。ミナの言う通り、わかりやすいな」


「何が?」


「ああいや、なんでもない。ちゃんと受け流せよ?後もう一個、俺からあんまり離れるな。ぜってぇ絡まれるからな。そう言う時に対応する為に近場にいてくれ。じゃねぇと、俺がミナに怒られちまう」


「まぁ、わかったけど」


絡まれても受け流す、フォージュさんから離れない、ね。了解了解。それくらいなら多分、私でもできる。


「んじゃ、入るか」


私はフォージュさんの後について、冒険者ギルドの中に入っていく。









冒険者ギルドの中に入ると、中には武器や鎧を身につけた人達が大勢いた。それぞれがそれぞれ、とても個性的な姿をしている。見ることのできる武器や防具だけでも十分な個人差があり、ゲームのキャラクターを見ているようで非常に楽しい。冒険者ギルドの受付嬢さんとか、ガタイの良いおっさんとか、とにかく見ているのは楽しい。


が、その冒険者達を見ていると、なんだかこっちを向いてきている気がするのだ。視線、というのだろうか?ゲームのキャラクターは一方的に見ているだけだからこそ楽しいのであって、一方的に見れずにこちらを見てくるのは………ま、嫌だよね。


「フォージュさん、なんか見られてる気がするんだけど」


「だからな、言ったろ?アオイの嬢ちゃんは十分べっぴんなんだよ。それに、俺と一緒にいるのも目立つんだ。俺は冒険者の中の冒険者、Aランクの称号持ちだ。それだけで十分目立つ」


………え、フォージュさんと一緒でも目立つのかよ。なんでフォージュさんと一緒に来ることになったの?ミナとか店長さんとかでいいじゃない?あいや、ミナじゃ目立つから駄目か。なら、店長さんとかでよかったじゃない?なんでフォージュさんなの?


「アオイの嬢ちゃん、こっちだ」


「ん、わかった」


私はフォージュさんから離れないよう、フォージュさんの後に付いていく。必ず手の届く距離を保って歩いているから、何かあっても手を伸ばせばいい………と、思う。最悪、この5日間で覚えた何かしらの魔法でどうにかしよう。まぁ、全部初級も初級な魔法ばっかりだけど、フォージュさんに助けてもらう為に気がついてもらえりゃそれでいいだろうし。


「リエル、すまんが空いてるか?」


フォージュさんがそう声をかけたのは、見たところ受付のような場所だった。いや、窓口の方が正しいだろうか?上の方に看板がぶら下がっていて、そこには『冒険者受付窓口』と書かれている。ここで私の身分証明のようなものを発行してくれるのだろうか?


視線を上の看板から下に落とすと、そこには冒険者ギルドの職員さんだと思うような、明らかに整った制服を身に纏っている女性が座っていた。胸元の名札に『リエル』と書かれているので、リエルさんという人なのだろう。眼鏡をかけている吊り目の美人さんで、髪を後ろで一つに纏めているらしい。


「フォージュ様、本日はどのようなご用件ですか?………あっ………もしかして、誘拐ですか?拉致ですか?遂に犯罪でも犯しましたか?」


「待て、なんでそうなる」


「いえ、妻子持ちのフォージュ様がお若い女性の方を連れているのですから、勿論犯罪を疑いますよ」


「おい待て、なんで当然のように疑われてんだ」


「さぁ?ご自分の胸に手を当てて自問自答してみればよろしいのではないでしょうか?拉致だけでなく、こんな可愛い子にメイドとして奉仕もさせているなんて………外道ですね」


「おい、おいリエル。お前、いつにも増して口が悪くないか?というか、いつにも増して俺の扱いが酷くないか?」


「私、やはりお酒を滝のように飲む人間は嫌いですので。それに加え、奥さんよりも若い女性を拉致して奉仕させるなど、犯罪そのものでしょう。嫌悪感くらい増します」


「リエル、酒は別にいいだろうがよ。というか、アオイの嬢ちゃんは俺が拉致したわけでも俺に奉仕させてるわけでもねぇ。知り合いだ」


「知り合い、ですか………まさか不倫ですか?」


「そんなわけあるか!!」


………うーん、私が話の輪に入る隙が無い。というか、なんで漫才みたいなことしてるんだ、フォージュさん。


「それでは、改めまして。本日はどのようなご用件でしょうか?」


「あぁ、やっとか。今日はアオイの嬢ちゃんを冒険者登録しにきた。言っとくが、嬢ちゃんを雇ってる店からの頼み事だからな?」


「何処のお店か聞いてもよろしいですか?」


「あぁ、宿屋のバードンだ。あそこの店長と店長の娘さんにこの嬢ちゃんの面倒をみてくれって言われてな。この嬢ちゃんはこの街の外から来たみたいで、身分証明できるものがないんだ。だから、その為だな」


「なるほど………ちなみに、戦闘経験などはございますか?」


「アオイの嬢ちゃん、なんかあるか?」


「え、まず戦闘経験って何」


「ん?あぁ、そうだなぁ………魔物じゃなくていい。動物とか、なんか生き物殺した事あるか?」


「んー………小さい虫くらいかな」


蚊とか、大きくてゴキブリとか?蟻もあるけど、別にそういうことを聞きたいわけじゃないだろうし。フォージュさんと、受付のリエル?さんが言っているのは、戦った経験があるかどうかだ。なら、無い。本気の喧嘩をしたこともないから、本当に無い。皆無だ。


「じゃ、無いか」


「そうなると最低ランクのGからになりますが、よろしいですか?」


「だそうだが、いいか?」


「まぁ、よくわからんし、いいけど」


「では、この水晶玉に触れてください」


「はい」


まーた水晶玉か。魔法道具、水晶玉の形してるの多過ぎじゃない?それぞれ、何か見分けとかつくのだろうか。水晶玉と言っても中央にうっすらと魔法陣みたいのがあるから、正真正銘の魔法道具なのだろうが………見分け、つかねぇ。名札とか無いかな………


「………はい、もうよろしいですよ。ご確認しますが、お名前はアオイ マツウラ様、年齢は16歳、適性属性は9。こちらでよろしいですか?」


「あ、はい。それで合ってます」


「それでは、最後に現住所をこちらにご記入ください。宿に住んでいる場合は宿屋の名称をご記入くださいませ」


私は渡された紙に、今住み込みで働いている宿屋の名前を書いていく。えっと、宿屋『バードン』………っと。こんなんていいのか?よくわからんな。


「はい、それでは少々お待ち下さいね。最低でも10分以内に戻ってきますから」


「あ、はい」


受付のリエルさんは、私の名前とかの確認に使った水晶玉と、住所を記入した紙を持ってカウンターの奥に行ってしまった。何かしらの手続きとかがあるのだろうか?ほかにこのカウンターを使う人は今のところはいないようで、


「後は待つだけだな。そうだ、アオイの嬢ちゃん。帰りに依頼掲示板でも見て帰るか?」


「依頼掲示板?」


よく知らないけど、ゲームで言う所のクエストボードみたいな奴?


「あぁ、依頼の紙をランク別に貼り出してある奴だ。Gランクの依頼なら簡単だろうし、俺も手伝ってやるから」


いや、正直言って、割の良くて比較的簡単で危険も危機も無い依頼しかする気無いんで、やめておきます………なんて正直な事は言えないので、適当にはぐらかしておこう。


「うーん………今日はいいかなぁ。せめて、もう少し魔法を覚えてからやることにしとく。何をするにしても、何か魔法を覚えときたいから」


「そうか、そりゃあいい。今夜も酒飲み行くからな、そこで見せてくれよ?」


「まぁ、いいけど」


ほんと、ここ最近は毎日私の魔法を見たがるんだよな。それほど綺麗な魔力の流れらしいけど、私はいまいちわからない。そういや、私の魔力の流れを再現するなら、灯火ライトの魔法は光エネルギーを上手くイメージしてるのがいいのだろうか?その場合、他の魔法もその魔法に起こるエネルギーを考えて使うと魔力の流れが綺麗になって、魔力消費が良くなるのだろうか?


私が使える他の魔法でも、同じようにエネルギーをイメージしてやれば、上手くいくのではないだろうか?確か、私の適性属性の中には雷属性があった筈だ。雷属性は攻撃に使用できる為、魔力の使い方がもっと上手くなってから使うようにと言われているが………電気エネルギーをイメージすれば………上手くいくかもしれないな。いや、電気エネルギーだけをイメージするんじゃなくて、もっとこう、発電所からイメージして………発電所から………何がいいだろ。イメージしやすいのは風力発電かな?でっかくて白い風車が回るイメージで………確か、風力発電って生産できる電力は少ないんだっけか。その代わりに、再生エネルギーだから対価がほぼ無い………水力とか、地熱とか、波力とか、太陽光とか………そういうのだっけ。あ、発電所をイメージすればするほど、使える電力が上がったりしないかな?そうなると、火力とか原子力とかの発電をイメージして雷属性使ったらヤバそうだけど………ま、大丈夫だと思いたいかなぁ。まずは魔力の使い方を慣れてからだけど──


「アオイの嬢ちゃん?大丈夫か?」


「ん?あぁ、まぁ、考え事してただけ」


「なら、いいがな」


──駄目か。集中し過ぎて周りが何も見えなくなってたし、何も聞こえなくなってたみたいだ。肩を叩かれて気がついた。やっぱり、私の短所なのかな?私は集中力が凄いけど、凄すぎて周りが見えなくなるってママさんも言ってたし。読書の時限定なら、身体に触られても気が付かない時とか本気であるから、本当にどうにかしたいんだよなぁ………でも、あの集中してる感じが好きなんだよ。あの、本の世界に入り込む感覚がマジで病みつきになるんだよなぁ。物語だろうが資料だろうが文献だろうが論文だろうが、あの、文章という名の世界の一部に入り込む感覚は忘れられない。


「フォージュ様、少々よろしいでしょうか?」


「ん?なんだ?」


唐突にフォージュさんに話しかけてきたのは、冒険者ギルドの従業員であろう人だった。さっきの受付嬢さんとおんなじ服装を着ているので、まぁ多分従業員だと思われる。


「Aランク冒険者の方々に通達がございます。こちらから奥の部屋によろしいでしょうか?」


「そうか………ここじゃ駄目か?もしくは、アオイの嬢ちゃんを連れて行けないか?」


「恐らく不可能です。機密事項と言われていますから」


「………そうか。じゃ、後に回すから、ちぃとばかり待っててくれ。今はアオイの嬢ちゃんの面倒見るのが先だ」


「わかりました」


そうして、従業員さんとフォージュさんの会話は終了した。私は隣で聞いているだけだったんですけど、聞き間違いじゃなかったら今機密事項って言いましたか?しかもフォージュさんはそれを後回しに?なんで?


「ねぇ、フォージュさん。今さっき機密事項って言ってなかった?」


「ん?ああ、そうだな。冒険者のランクが高くなればこういうこともあるぞ。覚えておくといい」


「いや、そうじゃなくって。機密事項より私の用事の方を優先してもいいの?」


「別にいいんじゃないか?機密事項って言われても、危険物の可能性は低いからな。危険なら、今すぐとか言われるからなぁ。つまり、今回のは急いで見る必要はないが、何かしらの秘密の連絡ってことだ」


「………なる、ほど?」


なるほどとは言ったけど、多分それって機密事項を優先してもいいのでは?私くらい放置しても平気なんじゃないかなぁ。だって私、ただの男子高校生………じゃないのか。女子高校生?いやでも、女子の姿で高校には通ってなかったし………宿屋の女店員か?うーん………?まぁ、男子高校生でいいか。んで、私が言いたいのはね?そんな機密事項とかの話を男子高校生にするのかよって事なんだよね。もっと神経質になろうよ、フォージュさん。


「ま、アオイの嬢ちゃんを宿屋まで送ってからギルドまで戻って来るけどな。なんせ、アオイの嬢ちゃんは自覚がないがべっぴんなんだ。俺が離れたら、すぐにでも声をかけられるんじゃないか?」


「だから、それは無いってば。私より美人な人はいっぱいいるでしょ?」


「………あー、本当に自覚すらないんだな………こりゃ重症だ」


「なんだ重症って」


自覚が無いってのは何の話だ?美人な話してる?いや、贔屓目に見ても私は美人じゃないでしょ。ミナの方が絶対に綺麗で美人だってば。それにさ、冒険者ギルドの中にも女の人は割といるよ?しかも、全員美人だし。だから、私が声をかけられるなんてあり得ないでしょ。私より良い人がいるんだから、多分そっち行くだろうし。冒険者って、実力主義とかそんなのじゃない?


まぁ、フォージュさんに離れないようにって言われてるから、わざわざ離れはしないけど。いや、どうして重症だとか言われてのかはわからないけど、私が人が多い場所でフォージュさんけら逸れたら迷うだろうなってのはわかるよ。私は別に方向音痴じゃないけど、初めてやってきた建物で案内する人と逸れたらどう考えても迷うに決まっている。


「よぉ、フォージュさん。久しぶりだなぁ?」


「お前さんは、リーチか。何の用だ?」


なんてフォージュさんに声をかけてきたのは、大きな剣を背中に背負った体格のでかい男の人。フォージュさんよりも身長がでかくて、無駄な威圧感のあるハゲたおっさんだ。フォージュさんの知り合いだろうか?名前知ってるし。


「いいやぁ?あの『聖槍』が若い娘を連れてるなんて、目立つに決まってるだろ?」


若者ではあるけど娘は違うよ?………あいや、身体は娘と言うのは間違いではないのか………ぐすん。あれ、おかしいな。どうしてか知らないしわからないけど、ちょっと悲しくなってきたぞ?


「そうか、すまんな。この子は、俺がよく行ってる酒場の店員だ。その店の店長にこの嬢ちゃんの冒険者登録についてを頼まれててな。何か文句あるか?」


「そうかそうか。ま、それなら安心だなぁ?」


娘………娘って呼ばれるの、なんか嫌だな。しかも、見知らぬ厳ついおっさんに言われるのは、なんかよくわからないけど嫌だ。正直に言うなら、フォージュさんの嬢ちゃん呼びも嫌だけど。せめて呼び捨てにしてもらいたい。


「それで?話しかけてきたのは何の用だ?」


「そりゃあ、フォージュさん。その子は新人なんだろぉ?挨拶くらいした方がいいと思ったんだが………駄目なのかい?」


いやまぁ、呼び捨てにしてもらいたいと言っても、それはフォージュさんがそう呼んでいるだけなので、私が文句を言えるような立場ではないのだけれど。むしろ、どう呼ばれようが私にはそこまで関係はないわけで。最悪、私が誰かに呼ばれて反応できるような呼び方ならなんでもいいんだよな。別に悪口混ざりでも、私がそれが私のことなんだと理解できればいいわけで。………うーん、どちらにしても、私が言えることは少ないか………私のことなのに………


「それは………まぁ、俺としては今だったらいいが、挨拶をしていいかどうかは本人に聞いてくれ」


「そうかぁ………てことで、俺はリーチってんだ。よろしくな、お嬢ちゃん。よかったらお嬢ちゃんの名前も教えてほしいんだが、いいかぁ?」


まぁ、流石に悪口混ざりのあだ名とかで反応することはないだろうけど、まぁ、私への好感度によって呼び方も変わるだろうしなぁ。理由があって嫌われてるなら改善できるけど、理由も無しになんとなく嫌われてるとかもあるだろうし………それに、私が逆恨みされてる場合はどうしようもないからなぁ。逆恨みなんて、その人が言葉の意味を素直に受け取れなかったりとか、そういうことだってあるわけで。それはどう考えても私のせいではないので、時間経過とか他の人に訂正してもらわなきゃだし………だけど、私が改善できるとも、したいとも限らないしなぁ………


「アオイの嬢ちゃん、声をかけられてるぞ」


「うぇっ?」


「いや、だから、声をかけられてるんだ。目の前にいたぞ?見えてなかったのか?それとも聞こえてなかったのか?体調でも悪いか?」


そう言われて視界を広げると、目の前にあのゴツくて厳つそうなハゲのおっさんが立っていた。確かさっき、フォージュさんとの仲が悪そうだった人だ。


「いや、集中してて周りが見えも聞こえもしてなかっただけだから、安心して」


「そうか。………また聞いてなかったんだよな?ま、教えてやると、そいつの名前はリーチ。Bランク冒険者の1人で、今日はお前に挨拶しにきたらしい」


「あ、そう………ですか」


一応、敬語にしておく。


「おう、嬢ちゃん。俺ぁリーチってんだ。これからよろしくなぁ」


「あ、はい」


よろしくと言われても、別に本格的に冒険者をするわけではないし、頼るならリーチさんよりも強いらしいフォージュさんの方を頼るし………そもそも、冒険者に何か頼むような場面になるのだろうか?


「それでだなぁ、嬢ちゃんはなんて名前だぁ?」


「あ、えー、私の名前はアオイです」


「ほぅ、お嬢ちゃんはアオイってのかぁ。お前さん、俺のパーティーに入る予定はないかぁ?」


「パーティー?」


ゲームのマルチプレイのやつ?6人とか8人とかで組んで戦う、あれの。


「チームみたいなやつだ、アオイの嬢ちゃん」


「………なるほど?」


「そうだぁ。俺らのパーティー、『天剣騎士団』に入らないかぁ?」


「………どうして、私を?」


うん、改めて聞いても意味がわからない要求だ。なんでBランク冒険者のリーチさんが、最低ランクであるGランクの私をチーム………パーティーに加入させたいんだ?理由がわからないし、私を加入させて私にもリーチさんにもメリットがあるとは思えない。後、リーチさんが仮にそのパーティーのリーダーだとしても、パーティーに勝手に加入させるのはどうなの?その部分だけで、私は普通に人間性を疑うけど。だから、入りたくはないかなぁ。まぁ、一応、加入してほしい理由は聞くけど………もう、割と気持ちはお断りに向いてきてる。


「そりゃあ、女手がほしいからだなぁ。俺らは男だけのパーティーなんだが、料理や家事とかは弱い女やった方がいいからなぁ………他にも色々とやってほしいことがあるんだが………どうだぁ?」


「いえ………やりませんし、入りません」


「それはぁ………どうしてだ?」


………どうしてって、わかるでしょ。自分の発言を思い出してみるといい。単純に、勧誘が下手。仕事内容だけ言われていいなんて言う人はただの馬鹿だとわからないのだろうか?………無性にイライラしてきた。特に、女手って言われたのがイラつく。それって、私に女としての部分しか求めてないってことなのでは?考えすぎかもしれないが………イライラする。こうして、相手の心情すら考えられない………いや、相手の心情が欠片も考慮に入ってない人のパーティーなんて、正直嫌過ぎる。


「私がそれをするメリットが皆無ですから。………それに、貴方の発言を聞いた限り、加入しても私に賃金が発生するかどうかもわかりませんし、私の個人的な時間まで奪いそうで怖いです。全く具体的でもないただの勧誘をされて、そう簡単に入りますなんて言うわけがないじゃないですか。まず第一に、加入の際のメリットとデメリットを言ってこない辺りに不審さを感じます。何か裏があるのでは、何か秘密があるのではと疑ってしまいましたから。それにですね、貴方は女手がほしいと言いましたが、どうして私なんですか?他にも女性の方は大勢いますし、むしろ新人で戦えすらしない私よりも、玄人の戦える人間の方がいいんじゃないんですか?わざわざ私に声をかけてくる意味がわかりません。そもそも、私は冒険者を本格的にする気は一切ありません。仕事の合間に街の手伝いができると聞いて、ここまできたので。そんな本格的にやるつもりの無い私を加入させるのは、どう考えても馬鹿にしか思えません。というか、私をパーティーに加入させる前に、私のことを聞く必要があると思います。貴方は私のことを隅から隅まで知っているわけでも無いのに、私には私なりの生活があるのに、そこを一切考慮せずに勧誘するのはただのアホにしか思えません。それにですね、貴方の独断で、同じパーティーの人達に確認はしたんですか?独断で判断して勧誘するなんて、そんなことをする人と同じパーティーには入りたいとは思えません。だって、説明も無しに仕事をしろと言われる可能性がありますからね。最後に、貴方はどこか女性のことを軽視している発言の仕方をしています。そんな人間と同じパーティーに入ったら、私の身に危険が起こりそうです。………あーっと、色々と言いましたけど………まぁ、加入はお断りしますね」


やばい。癖が出てしまった。私、他人を口撃で貶めるの大好きだったわ。理論武装して精神的ダメージ与えるの大好きだったわー。………いやー、こっちの世界で溜まってたストレス全部発散した気がするよ。完全に八つ当たりに近いけど、この人が隙を見せてきたのが悪いのだ。やり過ぎた感はあるけど、まぁ、いいでしょ。スッキリしたわー。


「………半分以上、何言ってたかわからねぇなぁ。とにかく、加入は断るってことでいいか?」


「あ、はい。そうですね。デメリットもメリットも、具体的な仕事の内容もわかりませんし、まず聞く気がありませんから」


「………そうかぁ」


どうしてかはわからないが、リーチさんはしょぼんとしながら冒険者ギルドの外に行ってしまった。後から男の人が5人付いて行ったので、多分パーティーの人達だろう。にしても、どうしてしょぼんとしているのだろうか?


「………アオイの嬢ちゃん、結構毒舌だな………」


「え、毒舌だった?」


あんなの毒舌の内に入らないでしょ。さっきの受付嬢さんの、リエルさんだっけ。あの人の方が毒舌じゃない?というか、私のは毒舌というより正論ぶつけてるだけだもの。毒じゃないよ、別に。私のは薬だよ?ただ、聞く人によっては毒にもなり得るだけ。毒舌だと思えば毒になるし、正論だと思えば薬になるんだよ?だから、今さっきのは毒舌じゃなくて正論だと私は思ってるよ?


「あ、あぁ………所々で罵倒があるのは、リエルと違ったタイプの毒舌だったな。しかも、ただの罵倒じゃねぇ。正論と併用してるから、反論もできねぇんだ。………リーチのやつ、プライド折れてなきゃいいが………」


プライド折れてなきゃいいが?待って、待ってよフォージュさん。


「あれくらいで大の大人のプライドが折れるの?それは………プライドが脆過ぎない?」


「そ、そうか?いや、まぁ、そうかもな………けど、あいつ、精神面は割と弱いからなぁ………」


………なる、ほど?よくわからんが………まぁ、いいか。正直、あんなのはまだ序の口だと思うんだけどなぁ。ただただ正論ぶつけるだけなんて、正直私よりできる人はいっぱいいると思うけど?私の知り合いの1人に、私より毒舌で正論と罵倒を交互に効率よくぶつけてくる、口でも頭の良さでも勝てない女の人いるけどなぁ。あの人に比べれば、私の正論なんて初歩も初歩でしょ。私なんか、まだ1歩目も歩き出してないレベルだよ?素人も素人だよあんなん。


「フォージュ様、マツウラ様、冒険者カードの発行が完了しました。どうぞ」


「あ、は、はい」


私がリーチさんについての事を適当に流していると、リエルさんが免許証のようなカードを持って受付に座り直していた。手渡されるカードを手に取り、少し確認してみる。手触りが金属っぽい。確認すると、そこには名前、年齢、適性属性の数、冒険者ランクがしっかりと刻まれていた。


「こちらは、冒険者ギルドで使用する一種の身分証明のようなものです。このような受付で見せたり、街の出入りをする際に見せたりなど、様々な用途で使用可能です。紛失した場合は再度発行できますが、勿論お金は貰いますので覚えておいてくださいね」


「わかりました」


「それと、マツウラ様」


「あ、アオイでいいですよ」


「………では、アオイ様。先程の毒舌、素晴らしいものでしたよ。私のただただ相手を貶めるようなものではなく、相手に反論の隙を与えずに、例え隙があっても反論できぬように正論のみで責める………素晴らしい技術です」


「は、はぁ。どうも」


なんで褒められてるんだろう、私。褒められてる原因も毒舌だし、本当にどうして褒められてるの?リエルさんの趣味だとか?


「それに、リーチ様は前から女性の新人の方を勧誘しては、女性の事を常日頃から自由な駒のように思っている女性の敵ですから。とても爽快でスッキリ致しました。ありがとうございます」


「はぁ、まぁ、どういたしまして………?………でも、あんな馬鹿正直に正論ぶつけるだけなんて、私の知り合いより劣ってますけど………」


「そうなのですか?よろしければ御教授頂きたいのですが………」


「あー、それは無理じゃないですかね………えっと、この街にもいませんし、今は………遠くにいますから」


「そうですか………ですが、本日は本当にありがとうございまた。良ければ後日、アオイ様には私的にお会いしたく──」


「んじゃリエル、また今度な。行くぞ、アオイの嬢ちゃん」


「あ、うん。あっと、ありがとうございました、リエルさん」


「ちっ………いえいえ、こちらこそです。次来るときには私に声をかけてくださいませ。冒険者ギルドの説明をお教え致しますから。できれば、今度はフォージュ様ではない信頼の置ける人物に連れてきてもらってくださいませ」


「あ、あはは………善処します………またお願いしますね」


私は苦笑いを浮かべながら、フォージュさんの後に付いて行き、さっさと冒険者ギルドを後にした。冒険者ギルドの説明を聞けなかったのだが、まぁ、いいか。今度来るときに聞くとしよう。急ぐような仕事もないが、今度はゆったり聴きにくるとしよう。


「ちょ、フォージュさん。足速い」


「お、すまん。少し早めに冒険者ギルドから離れたくてなぁ。お前さんの後をつけてくる奴がいそうだったもんで、さっさと後にしたかったんだよ」


「え、後をつけてくる?なんで?」


ストーカー?誰の?


「お前さんの事を知りたい奴は一定数いるだろうよ。なんせ、あのリーチを言葉だけで撃退した新人だ。交渉事が不安なパーティーにとっては物凄く欲しい人材だろう。きっと、宿屋まで来て勧誘してくる。建物の出入口で待ち伏せしたりだとかな」


「え、ただただ迷惑なんだけど何それ」


ストーカーの標的は私かよ。しかも、恋愛目的なものじゃなくて利益目的のストーカーか………どっちも嫌だけど、まだ恋愛目的のストーカーの方が対処のしようがあるから、そっちの方がマシ………なのかなぁ………


「まぁな、そりゃそうだ。が、お前さんは冒険者ギルドに来そうにないだろう?なら、日常に割り込むしか勧誘の方法が無い。酒場や食事処の客として来るかもな?」


「………お客さんとして来てくれるなら、まぁいいかな」


お客さんが増えれば増えるほど、私のお給料が多分増すからな。お客さんとしてきてくれるなら許せる。………お客さんじゃないなら、扱いは適当になるだろうけどな。


「とりあえず、早めに戻ろう」


「わかった」








私はその日から、何故かパーティーに誘われるようになるのだった。

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