第21話「迷子の白い子・弐拾」

 使った調理器具を食洗機に入れる母親、「降田 沙梨真」の後ろを女児が短い丈のスカートを閃かせながら着いて回り、声を張り上げている。


「お母さんが、厳しくしてあげないと駄目な人間は世の中にいるって言ったんじゃない!!だから、クラスのみんなに私は、そう言ったの!!間違えたらできるまでやらせることが正しいでしょ!?当たり前のことだって、それが普通だって。お母さんが言ったんじゃない!だから、しても悪いことじゃ無いんでしょう!?何で私がいじめしてたとか陰口言われて、みんなに無視されて、……」


女児の言葉に沙梨真はため息を吐いた。


「そんな事をお母さんは言った憶えはありません。……明日、保護者会があるから、その時に先生に聞いてみるから。それよりご飯食べちゃって。片付かないから」


「言ったじゃない!貧乏人と馬鹿と障害者は生きてるだけで迷惑なのよって!!私にそう言ったじゃない!!だから厳しく指導してあげないと駄目何だって。それは当たり前のことだって。普通の人になれない人間は普通の人に迷惑をかけてるだけだから、本当は生きてる価値が無いのに生きてるから、私たちみたいな、ちゃんとした人間が指導してやらないと駄目なんだって!相手の為なんだって!!だから私、学級委員だし、クラスで成績だって一番だし、だから仕方無いから教えてあげてたのに、……それが、なんで私が、……新田あらたさんが自殺したのは私のせいっだって言ってる人が、」


女児の言葉に初めて目線を合わせると、嫌悪感丸出しの声音で沙梨真は言葉を紡いだ。

「良い加減にして!!お母さんは新田さんの母親には迷惑ばかりかけられてたのよ。役員の仕事も全部押し付けられて、逃げたいのはこっちの方だったの。新田さんはお家の事情であんなことになったんでしょ。子供さんは道連れにされただけで自殺じゃ無いのよ。だいたい、あなたのクラスで虐めなんか無かったって先生も保護者の人達も言ってるのに、あなたのせいな筈が無いでしょう?それともあなたは虐めをしていたの?」

母親の蔑んだ様な眼差しに晒され、女児は言葉に詰まり、俯く。

しかし再度、顔を上げて母親に言いつのる。

「……わ、私はいじめなんかしてないけど、じゃあ、何でいじめをしたって言われて無視されてるの!?そんなの変、だし、…だって、正しい事をしてるのに、…なん、」


「そんな事、お母さんが分かる訳が無いでしょう?同じクラスの同級生でも無いのに、お母さんに聞いてどうするの?自分で勝手にそう思い込んでいるだけなんじゃない?とにかく明日先生に話すから、もう良い加減にしてちょうだい」

女児をあしらいながら、父親に声を掛ける。

父親は我関せずで着席し女児にも席に着いて食べるようにと促すと、料理の出来を褒め始めた、女児は言われた通り、ナイフとフォークを使って、正しく食事を始めた。


「あのお母さんはお母さんじゃないな。ちゃんと子供に悪いことと良いことの区別を教えていない。正しいみたいに、言ってるけど、全部、したら駄目なことばかりなのに。なあ、天海、男の子の座る席も無いのはどうしだと思う?」

祐天が天海の手を引いて眼を覗き込んだ。

色素の薄い眼は悲しそうに揺れていた。


「……親があの状態じゃあな。多分呼んだとしてもあの子、来ないだろうし、食わねえ気がする。母親はアレだし、父親は我関せずだし、女の子の話も聞いてるとこっちが気分悪くなるし」

俺の家族に似てる、胸のうちで呟くと天海はじっと母親を見つめた。


「………本当に気に食わんなあの女。話を聞けば聞くほどイライラする。常にしなを作る動き方をするもの気に触る」

晴明は憎々しい表情で女を睨みつけた。


ハリボテの一家団欒の最中、二階に行った筈の男児が降りて来た。

リビングに誰もいないことを確認すると、カーテンに隠れているガラス扉の鍵を開けた。


「退路ができた。気が効く子供だが、出来れば開けたままにしておいてくれると助かったんだが」

「開けっぱなしだと、他の家族にバレちゃうから無理だろ。晴明がカチ割るしかないな」

「え。待って。普通に鍵っていうか、窓とかドア、開けらんねえの?」


勝手に開いたり、閉めたり出来るなら、男児と共に室内に入らずとも勝手に入れるだろうが、と晴明が言うと。天海は納得した様に頷いた、が。


「いや、でも。結局ダメなら、窓でもドアでもカチ割る算段なんじゃねえか」

「うん。晴明は得意だぞ。馬鹿みたいに長い足で粉々にする。特に夜中にやる。掛け声は「じゃま」だ」

「………祐天、余計なことは言わんで良い。そりゃあ緊急時のみの対応だ」

これが世の中ではポルターガイストやら霊障やらと呼ばれるものの正体かもしれないと天海は思った。


男児はさっさとまた二階へ上がった。

内側から鍵を開けるのは容易いはずだ。

しかし今から開けておくのは、もしも締められていたなら抜け出すことはしないつもりなのだろうか。

そのガラス扉に目をつけた人間がいれば鍵をかけるだろうし、全く無関心であれば、鍵は開いたままということになる。


「あの子、大丈夫かな。お腹空いて無いかな。死んでてもお金持ってりゃ買い物できたら良いのにな。天国の通貨ならあるんだけどなあ」

お菓子を部屋に差し入れできるのに、と祐天が呟いた。

祐天は男児がとにかく気になるらしく、階段の方を何度も振り返っては見つめていた。


天海は祐天の手を引きながら、母親が写真を撮る為だけに、手の込んだ料理を作っていたことを思い出していた。

ああ。

あの時も。

弟の分の席も皿も茶碗もカップもフォークもナイフもスプーンも箸も無かった。

確か、そうだった。

どうせまともに食べられないでしょ?そう言って母親は嘲笑したのだ。

弟の分だけ無い食卓に天海は着かなかった。

両親と姉への嫌悪は増すばかりだった。


あの男児は何を抱えているのだろうか。

ただの反抗期だとはどうにも思えない。

まるで存在していないかの様に振る舞う家族に対し、何を思っているのだろうか。


天海は男児を気にして落ち着きの無い祐天の手を力を込めて握った。

男児が知る由も無いことではあるのだが、家族がまるで無関心な中、自分と手を繋いでいるこの子は、とても心配しているんだよ、と、伝えられたら良いのにと、考えながら。


◇続

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