第31話 本の行くへ(キュン2)

「紫の髪と瞳を受け継いだ子が生まれたと知ったとき、ランカスター公爵家の図書室に『真実の愛の物語』を置きに行ったニャ」


「私が生まれたときね」

 そのときのララのワクワクが想像できて笑ってしまう。

 どうして知ったかはもう聞かないでおくけど。


「王都に来たついでに新しい聖女にも本を王宮図書室に置いてきたニャ」

「王宮図書室に?」

「そうニャ。魔法の本を見つけるのは由緒正しい図書室じゃないとダメニャ。聖女の家は図書室と言ってもほんのちょっとしか本がなくてあとは物置になっていたニャ!」

 ララはあんな雑多で汚いところに本を置くことなんてできないと真剣に力説しする。

 まあ、こだわりはわからなくもない。


 別に、どんな図書室だろうと見つけるのがヒロインなんだから絵になるのに。


「だから、今回は王子様に見つけてもらおうと思ったのに、あいつ無視したニャ!」

「あいつって、レイモンド?」

「アスライ王子の方ニャ」

 ララは一国の王子を捕まえてあいつ呼ばわりをした。

 よほど頭に来ていたようだ。


「アスライ殿下が? いったいどうして?」

「そんなのララが聞きたいニャ」

 まさか、アスライ様も転生者?

 仮に、転生者だとしても魔力の詰まった本を手に入れない理由にはならないわよね。

 何を企んでいるんだろう。


「レイモンドのせいって言うのは?」

「アスライが無視した後、レイモンドが図書室に来て本を見つけて持っていったニャ」


 つまり本当はアスライと聖女の『真実の愛の物語』をレイモンドが横取りしたってこと?

 それって、すごく不味いんじゃないの?


「じゃあ、アスライ殿下とではなく聖女とレイモンドがハッピーエンドになるの?」

「心配しなくて大丈夫ニャ。すでにレイモンドとアンジェラの物語は始まってたニャ。それに本には恋愛の強制力はないニャ」

 そうよね。強制力があったら今までみんなハッピーエンドになってるか。


「じゃあ、予定通りアスレイ殿下と聖女は恋するのよね」

「それは無理かもにゃ」

「なんで? 聖女はすごく可愛くて誰だって好きになるに決まっているじゃない」

「あの王子はかなり腹黒ニャ。ララの力を受け継げなかった聖女では利用価値がないニャ」

 男主人公なんだから、ララに惹かれるでしょ。

 っていうか惹かれなきゃダメでしょ。


 それにしても本を受け取っていないと言うことはララの力も受け取っていないのか。

 だから、未だに切り傷しか治せない。


 そうだわ。聖女は元々ヒロインなんだから、「ララの力がなくても魔力量は初めから多い設定だよね」私は祈るような気持ちでララに聞いた。


「うーん。普通の聖女よりは多いニャ」


 やっぱり。


「じゃあ、いい先生につけば何とかなるわね」

「なるようにしかならないニャ」

 ララは本に関係ない恋愛には興味がないようで、私の膝の上でゴロゴロし始める。

 まあ、ララの言う通りなるようにしかならない。

 それにヒロインは転生者だ。何とか上手くアスライとハッピーエンドになるでしょう。


「あ!」

 私の大声にララが飛び起きる。


 ヒロインは本のことを知っていた。

 でもその本はレイモンドが持っている。

 しかも、悪役令嬢の私はレイモンドの婚約者になっている。


 私も転生者だって気づかれるのも時間の問題かも。

 まあ、悪いことはしていないけど横取りしたみたいになっちゃったから、やりづらいなぁ。



 ✳︎


「お、ララもここにいたのか」

 レイモンドがティーセットとケーキのたくさん載せたワゴンを押して部屋に入ってきた。

 ララがあっという間に部屋の中の椅子に座わる。


 私はレイモンドの顔を見ただけで、顔中に熱が集まった気がして頬を押さえて手で顔を扇いだ。


「アンジェラ、お茶にしよう」

 レイモンドはいつもと変わらず手際良くお茶を淹れてくれる。

 さっきのキスはまるでなかったかのように顔色ひとつ変わらない。

 もしかしてレイモンドにとってほっぺたのキスも唇へのキスもたいして変わらないレベルとか?

 いやいや、そんなことないよね。

 いくらチャラくても唇へのキスは特別だもの。


 無意識のうちにレイモンドの口元に視線が行ってしまい、私はあわてて俯いた。

 これじゃあ、私だけ意識してるみたいじゃない。


「どうした? どこか具合が悪いのか?」

 レイモンドが私のおでこに手を当てる。

 ひんやりとして気持ちがいい。


「熱はないようだけど、顔が赤いな」

「大丈夫よ。お茶をいただくわ」

「もしかして、俺のこと意識してるのか?」

「そんなわけないでしょ」

「そうか」

 ニヤニヤして、椅子をずらして間を詰めてくる。


 近!

 何でそんなにひっつく必要がるのよ。


「ほら、これ」

 レイモンドはイチゴをフォークに刺すと私の目の前にかざした。


「何?」

「摘みたてだ。美味しいから食べてみろ」

「自分で食べられるから」

「いいから、アーンして」

 いやよ。そんな恥ずかしいこと。


「じゃあ、今日はここへ泊まっていくか?」

 レイモンドがすました顔でとんでもないことを言った。


「何でそうなるのよ」

「だって、食べてくれるまでアンジェラを返したくないから」

 何だその駄々っ子みたいな発言は。


「いいニャ。これ全部食べたいニャ」

 ララがすごい勢いでケーキを食べながら返事をした。

 いいわけないでしょ。


 私は仕方なくアーンをする。

 恥ずかしすぎてイチゴの味はしなかった。

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