第8話 レイモンド視点 初恋 (初キュン2)

「王子様はどっち?」

 あどけない顔でアンジェラは僕たちに尋ねた。

 後ろでは侍女が慌てて少女にきちんと挨拶するようにせかしているが、全く耳には入っていないようで、「いちごタルトはないの?」と空いていた椅子に勝手に腰掛ける。


「申し訳ありません。こちらはアンジェラ ランカスター様です」

 侍女が真っ青な顔で少女の代わりに挨拶をし頭を下げ謝罪した。


「別に構わないよ。アンジェラ嬢、フルーツタルトじゃだめかい?」

「うーん。キウイとメロンが嫌い」

「そう、じゃあ君の王子様によけてもらうといい」

 アスライはレイモンドの前にフルーツタルトの皿を差し出すと、ニコリと微笑んだ。

 今日一番の笑顔なのに、目が笑ってないぞ。


「あなたが王子様?」

 アンジェラが明らかにがっかりした声で聞いてきた。

 親になんて言われてきたか知らないけど、勝手に期待して勝手にがっかりしないで欲しい。



「何か問題でも?」

 しまった。

 つい、不機嫌な声で言い返してしまうと、見る見るうちにアンジェラの顔が曇ってしまい後悔する。

 さっきアスライから感情を表に出さないように注意されたばかりなのに。


 周りのテーブルからの視線が痛くて、目の前のフルーツタルトを睨みつける。

 ここでアンジェラが泣き出せばとんだ失態だ。


「私の髪色紫だから、一緒に踊るなら金髪の方が似合うと思ったの。銀髪だと見た目がぼやっとするでしょ」

「……」

 今日は理解不能なことばかり言われる。

 どうすればいい?


 プッ。

「ふふふふふ……」

 アスライが肩を揺らして笑っている。

 気のせいじゃないよな。

 さっき紅茶を吹いた。


「失礼。ちょっとツボに入って」

 そう言ってなおも笑うアスライは年相応の子供のようで、すごく貴重なものを見た気がした。

 大人びた話し方から年上のように感じたけど、考えてみたらこいつは僕よりたった一つ上なだけだ。


 今までの自分の態度が急に恥ずかしくなる。


「アンジェラ。紫の髪と銀髪はお似合いだと思うよ。お互いに似合う服の色も同じだから合わせて着たら素敵だろうね」


「あなたわかってるじゃない。紫の髪だと寒色系が似合うって言われるの。銀髪も寒色系よね」

 金髪なら何を着ても似合うと思ったが、話に割り込めそうもないので、口を挟まないでおく。


「じゃあ僕はこれで、アンジェラ嬢楽しんで行って」

 席を立つとアスライが僕の耳元で「彼女の家は母上に対抗する力としては十分だ、しっかりやれ」と囁いて去って行った。


 えっ?

 予想外の言葉に聞き返したかったが、すでにアスライは貴族の子供に囲まれてる。


「あなたの名前はなんていうの?」

 アンジェラが苺を口いっぱいに頬張り興味なさげに聞いてきた。


「レイモンド」

「じゃあさっきの人があなたのお兄さんのアスライ様?」

 お兄さん……一度もそう感じたことがないが否定もできないので、仕方なく頷く。


「ふーん。今日来る時にお父様がレイモンド殿下と仲良くできるか話してみなさいって言われたの」

「仲良く?」

「多分、お父様の仲良くっていうのは結婚してもいいかってことよ」

「結婚?」

 まだ幼いアンジェラからそんな言葉が出るとは思わなかったので、聞き返してしまう。

 アスライとではなく、出来損ないと評判のこの僕と?


「でもあなたとは結婚できないわ」

「なんで結婚できないの?」

「そういうところよ。人の言葉を繰り返すのはやましい所があるか、隠し事を誤魔化している人間なんですって」

「僕がそんなことするわけないだろ」

「確かに。誤魔化す前に口から出ちゃってるものね」

 なんだかすごく馬鹿にされた気がしたが、その通りなので反論できない。


「それに、私自分よりチビとは結婚しないの」

「チビって、僕はこれから成長するんだ」

「ふーん、仮に私より背が高くなってもダメね」

「なんで?」

「そんなこともわからないの? 私の旦那様は優しくて頭がよく、ダンスも上手じゃないと話にならないし、優雅で洗練されてないと。アスライ様みたいなね」

「僕だって、君みたいなおてんばと結婚なんてしたくない」

「あら、そう。いいわ。じゃあ私アスライ様のところに行くわ」

「ちょっと待って。僕だって一生懸命頑張っているんだ」

 別にこの少女と結婚したいわけじゃないけれど、思わず引き留めてしまう。

 このまま離れたらもう2度と会えない気がして、もう少しだけ話をしたかった。

 それにこんなに面と向かって馬鹿にされたのは初めてだ。

 誰も僕に本心なんて言わないのに。

 なんとしてもいいところを見せなくては。


「いいわ。じゃあ友達にならなってあげる。一応、顔の作りは整ってるし、その辛気臭い顔をやめたら」

 アンジェラは椅子から飛び降りると僕の前に立ち唇の端キュッと指で持ち上げた。


「うん、やっぱり笑っていた方がかっこいいわ」

「かっこいい……」

 初めて言われた。

 心がくすぐったくて、自然にニヤニヤしてしまう。


「あら、あなたこの本の王子様とそっくりよ」

 アンジェラは小さなガラスタイルを散りばめたテーブルから1冊の本をとり、僕に見せるように両手でもった。


「お茶会なんて退屈だろうから持ってきたの。見てこの王子様、瞳の中に星があるでしょ。レイモンドの瞳の中にも星があるわ」

「そんなことは一度も言われたことがないけど」

 それよりも、顔が近い!

 すぐ目の前に、紫色のキラキラの瞳が輝いて僕の瞳を覗き込んでいる。


「君の瞳の方が綺麗だよ」

 思わず本心を言ってしまって、ほっぺたが熱くなった。


「わぁ。これはキュンね!」


 僕の言葉に驚いたのか、アンジェラがパチクリと瞬きをしてニィーッと得意げに笑う。


「レイモンド、決めたわ! 私をキュンとさせる言葉を100個言ってくれたら結婚を考えてあげる」

「え!」

 100個も! と叫びそうになって口を押さえる。


「そうよ。言い終わって私がレイモンドを好きになっていたら結婚してあげる」

「それは僕の意見はどうなってるの?」

「別に無理に言わなくていいんだら問題ないでしょ」

「確かに……」

「参考に、これをあげる。よく読んで勉強しなさい」

 アンジェラはそう言うと手に持っている本を僕にくれた。そして、首から下げていた、彼女の瞳と同じ色の宝石のついたネックレスを僕の首にかけてくれる。


「こんな高価なもの受け取れないよ」

 どう考えても今日のお茶会で一番高そうな宝石だ。


「ほら、このお姫様私に似ているでしょ。二人は出会った時にお互いの色のついた指輪を交換するの」

 アンジェラは王子様の隣に並ぶお姫様の絵を指差した。


「替わりにそれをちょうだい」

 アンジェラは僕の胸についたブローチを指差した。


「これ? これはそんな高価なものじゃないよ」

 出入りの商人から高価な宝石がある中、瞳の色と同じだからと母が選んだのだ。


「レイモンドの瞳と同じ色だもの価値があるわ」

 アンジェラはなんでもないことのように言ったが、僕の鼓動はドキドキと早くなった。

 王族としては価値のない僕なのに……僕自身が

 認められたようで嬉しい。

 ぎこちない手つきでブローチを外しアンジェラに手渡す。


「ありがとう。大切にするわ」

 花が咲くようにアンジェラはブローチを握りしめて笑った。


 たぶんこのとき僕はアンジェラに恋をした。






※次回から2章「愛する人」です。カクコン参加中なので二人の恋を応援よろしく!

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