芦川ヒカリの憂鬱Ⅱ 6


 うーむ。なんだか美容院にでもいるような感じだ。頭皮マッサージなんかが俺は好きである。この話したっけ。ぱちりと目を覚ますと視界が暗かった。少し距離を取れば、なんだこれは……シャツ? ああ、腕か。左から腕が伸びている。位置関係的にこの枕の主か。枕に腕が生えているのってちょっと怖いな。


「……えぐいて」

「おはようございます」

「はい、おはよう。日に日に距離が近いね。なんで?」


 今日もこいつより早く起きれなかった。

 にっこり笑顔の爽やか男の顔って、寝起きはピントが合いにくいな。顔面の解像度が高い。無用なピクセル使うな。読み取れん。

 どうやら俺はこいつの肩を枕にしていたらしい。なぜだろうか。急速に記憶を巻き戻す。


 ──そうだ。昨晩、俺は古泉と映画を見ていたんだ。それから解散して、風呂から出て冷えたピザを齧っていたらまた古泉が来てて。そうそう。それで、どうしてもさっき見たシリーズ物の続きが見たいって言い出すから、欠伸をこらえて3まで見切ったとこまでは覚えている。

 パッケージは見るからにC級。初代は当たったけど制作費が足りませんでしたって感じ。マジでこんなん見たいんかよと思ったけど、持って帰って一人で見ろとも言いにくかった。2はまあ、シーン的には初代の伏線を回収しようと頑張ってて、いいとこもあったけどさ。3は二度と見ねえ。なんで夢オチ? って感じだった。2まで見た時間返せよ、じゃあ。

 で、俺はまさかそのまま古泉の肩で寝てたのか? いや、それにしちゃ古泉はちゃんと着替えてるし髪型も整っている。朝は寝ぐせやばいからなこいつ。じゃあ古泉は一回帰って着替えて、ソファに寝てた俺を座らせて起こそうとしたってとこか。寝てる人間を動かすんじゃねえよ。そのまま起こせや。


「起こそうとしたのですが、肩によりかかられてしまって。あまりに気持ちよさそうに眠っているものですから、このまま起こさなくてもいいような気もしてしまいました」

「説明くさいなあ。いいから起こせよ。今なんどきでい?」

「時そばですか? 九時です」

「ばーーーーーか! 起こせよ! つか目覚まし止めたろお前!」

「あれ? バレましたか」

「あたおかすぎませんか。行きたくねーんだろ。来んなもう」

「怒らないでください。行きますよ。ちょっとした冗談です」

「ホントかなあ……なしよりのなし顔なんだが」

「なし……?」

「なんでもねーわ。反応が親みたいで泣いちゃった」


 なし……? とか言われたけど、よく考えたら普段使ってる言葉も注意しないといけないんだろうか。この世界からすると別世界の、しかも未来の言葉になるわけだ。いや「草」とか奪われたら生きていける気せんぞ。おハーブ生えましてよとかならイケる?

 そうだよなあ。流行語とかも俺が最初に言い出したら俺が大賞になっちゃうもんな。いや、俺が言い出しても流行らないから、大賞にはならないのか……泣いちゃった。

 あ、流行と言えば。俺は流行が終わってもしがみついてるヘビータピオカユーザーなんだけど、そういやこっちで飲めそうにないよね? いざとなったら作るしかないのかな。え、タピオカにいざなんてない? あるよ、割と週一くらいで我慢できなくなるよ。


 キョンたちと約束したのは北口駅前に十時。途中から完全に谷口がリーダーになっていたので、キョンの午後からという意見は却下された。駅前のアミューズメント複合施設とやらに行くらしい。いかにも陽キャの仕切りだ。そういうとこ、俺もあんまり行ったことない。

 調べたらダーツとかも出来るらしい。まあ、ダーツなら飲み屋でやったことあるけど。ボウ……リング……? 小学生以来行ってない気がする。まあ、陰キャオタクの俺がやるようなスポーツじゃないもんな。バッティングセンターとかならたまにストレス発散に行ってたけど、野球はこのあとすぐやるしね。

 古泉はシャツに茶系のセーター。上から紺色の長めのジャケットを羽織っている。お前わかってんの? 多分スポーツ的遊びとかやるよ。運動神経がいいから何着てても平気ってことか? 腹立つ。その余裕吹き飛ばしてやりて〜。

 俺は緩いニットに細身のパンツスタイル。なんだか結ぶのもアレで、かと言って身に着けないのもよくないかなという気がして、キョンからもらったゴムは腕につけて袖に隠した。大きめのニットで良かった。


 寝坊のせいで、俺たちは慌てて家を出た。しかしマンションの前に停まっていたタクシーに乗ったのでその割には少し早めに着いてしまい、駅前の時計の下で行きがけに買ったカロリーメイトを半分こして待つ。古泉め、ちゃんと時間は計算していたんだな。マジで俺を驚かせて遊んだだけか。いい趣味してやがる。こいつ、人前で膝カックンしてやろうかな。


 谷口は予想通りすぐに現れた。こいつ二十分も前に来たよ。張り切ってんな。

 パーカーにジャージ、デニムにバッシュ。一歩間違えたらヤンキーのような恰好だ。でも全然いかつくない。むしろ親しみやすい。こいつはこいつで不思議な求心力のあるやつだよな。


「よう、ちゃんと来たな」

「俺が誘ったのに来ないとでも思ったのか」

「そっちの、古泉? あんま付き合い良くなさそうだろ。キョンもそういうタイプだよな」


 本人を目の前にして言っちゃうとこが谷口だよな。でも、そうかな。古泉は確かに必要な付き合いしかしませんってイメージあるけど、キョンってなんだかんだ言いながら付き合うタイプなんじゃないだろうか。


「キョンくんはどうかわかりませんが。僕は都合の合う場合は誘っていただければ」

「その誘われればってのが、っつってんだよ。キョンもお前も、遊ぼうぜって言って来ねえだろ。都合のいい日なんてお前しかわかんねーんだからさ。つーか番号知らねえや。教えろ。いざという時に役立つかもしんねー」


 合コンだろ、そのいざって。

 谷口の正論に古泉は苦笑しながら電話番号交換に応じた。まったくもって図星だもんな。まあ、古泉の場合はいつバイトに呼び出されるかもわからないから、極力友人を作ったり一緒に行動したりしないんだろう。いきなり帰ると感じ悪いし。でもさ、谷口ならブーイングくらいは飛ばすだろうが、放置して帰っても仲良くしてくれそうだと思うよ。


「キョンのやつ、SOS団とかいう集まりばっか優先しやがってよ。その後に遊ぼうぜって誘っても全然無視だったんだぜ」

「単にかったるいんだろ。ハルヒと遊ぶと面白いけど、HPとMPは空っぽにされるからな」

「そりゃ大変だな。面白いって思っちまってるとこが特に。まあ、涼宮に着いていけてるだけマジにすげえよお前らは。今日は息抜きするこった。男だけで遊ぶってのもいいもんだぜ」

「しかし意外だな。谷口のことだ。てっきりむさくるしいからとか言って女子でも誘ったかと思ったが」

「うるせえな! 断られたんだよ!」

「うはははは! うはははは! ははっ、げほっ……はははは!」

「笑い過ぎなんだよ!」

「そう思うならくすぐるな!」


 古泉は笑顔の中に若干の渋さを醸し出しながら首を傾げている。俺とはふざけられるけど、他の人間の前では古泉一樹らしくしているってところか。まあ、確かに古泉が谷口にプロレス技とか決めてたらマジギレに見えて周囲は引くかもしれん。その図はちょっと面白いから見たいけど。その時のために一眼レフとかほしい。

 俺が脇腹をくすぐった谷口の肘関節を捻じ曲げていると、のんびりと国木田が現れた。ワイシャツにニットのベスト。肩掛け鞄。こいつ、やっぱり可愛い系だよな。


「やあ、みんな早いね」


 集合時間十分前だ。なにやら色々入ってそうな鞄を下げて国木田はぼんやり笑う。意外にもこいつ、俺よりちょっと背が高い。


「やけに大荷物だな」

「せっかく古泉くんも来るし、数学でつまづいてるとこ教わろうかなって。参考書とか持ってきた」

「おいおい国木田! お前、何しに来たんだよ」

「それな。出かける時参考書とか持つことあるかよ」


 古泉が鞄から数学の参考書を見せる。あるんかい。


「あ、それ。僕も持ってるよ。わかりやすくていいいよね」

「ええ。愛用しています。お教えできるほど理解できているかわかりませんが」

「古泉よお、謙遜は時に美徳だぜ」

「褒めてんだよそれじゃ。お前が言いたいのは謙遜も過ぎれば傲慢だろ」

「それだぜ」

「真正のバカだこいつ」


 でもそうか。特進クラスの古泉がいれば、勉強を教わりたいというのも付き合いの一つかもしれない。それに国木田と古泉って妙に似合うんだよな。爽やかな雰囲気と溢れる知性がそう見せるのだろうか。あとは顔のレベルか、やっぱり。

 で、待ち合わせ時間五分前にキョンが来た。ロンTにパーカー。そして、あああ! それエンドレスエイトで被ってた帽子! 夏に買ったとかじゃないんだ。へー、元々家にあるんだそれ! やばい興奮してしまった。オタクとしては見覚えのあるアイテムはポイント高い。なんの?


「うぃーす、キョン」

「まったく休日に呼び出しやがって」

「なんだよ。呼び出したのは芦川だろ」

「わあってるよ。お前が声かけて来たからお前に言っただけだ」


 キョンは俺の方をちらっと見る。そして鼻を鳴らして、溜息を吐いた。


「お前らも、なにも昨日の今日で駅まで来ることはないだろ」

「不思議探索じゃない場所も見ておきたいからな。俺たち越してきたばっかりだもん」

「なるほど、ハルヒにくっついてたらゆっくり町に慣れる時間もないからな」

「まあまあキョン、ここは俺の顔を立ててよ! いいじゃねえか芦川が誘ってんだから、な?」

「谷口、自転車」

「単語で脅すんじゃねえよ!」

「芦川、谷口使いが板についてきたね」


 いやいや、国木田はそう言うが、これで谷口っていうやつは重要キャラなんだぞ。ノリが良くて話上手、うざったいこともあるが嫌われない。こういうやつが一人いると場の雰囲気は盛り上がるし、会話も転がる。主体性のない集まりでも谷口のおかげでこうやって遊べるのだ。

 こいつが今日いなかったらと思うと、俺はちょっと震えるね。多分古泉と国木田がボケてキョンがツッコミして、俺が傍観者になる。見えるんだよその未来が。


「で。何しに行くんだ? ボウリングとか?」

「おう、まずはボウリング。ワンゲームくらいな。で、飯食って腹ごなしに卓球。ダーツやって、ゲーセンとかカラオケもあるぜ」

「一生分遊ぶ気かよ」

「え? 普通だろ?」


 キョンは溜息を吐いている。枯れてるなあ。おじいちゃんかよ。まあ俺も体力続くかわかんないけど。最悪古泉がタクシー呼んでくれるだろって呑気してるから遊ぶぜ。明日はそんなに大変じゃないし。


 俺たちはぞろぞろとアミューズメント施設に入り、7階のボウリング場までやってきた。多分、ここってエンドレスエイトで来るところだよな。下見出来て良かったかもしれん。

 靴を履き替えてドリンクを買って、投げる玉を選ぶ。うーん。色で決めていいかな。

 偶然開いていたレーンに陣取れたけど、場内は意外に賑わっていた。殆どが同年代くらいだ。ボウリングって若者の定番の遊びなのか?

 古泉が「どうぞ」と俺に選んだのは6ポンド。いやお前舐めるな、さすがに。男の子ですからね。力が違いますよ。俺は堂々と9ポンドの青いボールを選ぶ。重いものだって結構持てるんだぞ。

 キョンが13の水色、古泉は14の赤(機関ギャグか?)。谷口も14でオレンジ。国木田ですら黄色で12だった。もしかして9ポンドって男子では軽いのかな。いやいつも買う米より重いけど?


「……これ返してくる。俺も、もっと重いのにする」

「やめとけ。怪我するぞ」


 キョンに頭をぽすぽすされても今ばかりは全然嬉しくない。俺は口をへの字に曲げてボールリターンに青い自分の玉を置く。キョンのボールがごつんとぶつかった。別に? 重いボールを選ぶゲームじゃないし? さっき調べたことをおさらいしておこう。

 ボウリングではボールが重い方が有利なことは間違いない。それが不可能なら、スピードとテクニックを駆使して勝つしかない。そう、これはゲームだ。ゲームでオタクが負けるわけにはいかない。

 ボウリングとはポケットと呼ばれる1番ピンと3番ピンの間にうまくボールを当てて、ストライクを狙いに行くゲームだ。親指はスムーズに、中指と薬指を第一関節と第二関節の間まで穴に嵌める。助走は四歩。二歩目と三歩目は小刻みに。まっすぐに立って右足の重心を左に寄せていく。リリースは転がすことを意識して手を離す。うん、理論上は可能だ。

 投げるのはキョン、谷口、俺、国木田、古泉の順に決定。理数二人組は早くもノートを広げ始めた。こいつらカラオケで盛り上げないタイプだな。


「やれ~泣かせ~」

「野次の治安が悪い」


 しっかり俺の小ボケにツッコミを入れたキョンは助走を始める。たん、たた、たん、と鮮やかなステップを決めて、大きく振った腕から放たれたボールは、なんと一投目からストライク。

 本人が一番マジか、という顔をしている。ちょっと照れた顔もかわいい。なんだかんだ小器用なんだよな、キョンって。


「すごい! やるじゃんキョン!」

「まぐれだろ」


 照れてる~。よき~! キョンは俺が差し出した手にこっぱずかしそうにハイタッチする。ハイタッチでさらに照れたのか、俺の手元を見て目を逸らした。こういうの慣れてないんですか。推せる。尊い。秒で信徒になる。全世界キョンをすこれ。

 頭の後ろを掻いて、あー、とか濁しているのも愛おしすぎる。キョン俺だ結婚してくれ。そんでめっちゃジュース飲むじゃん。すごい照れてるよこの人。どちゃクソ好きだ。誰か俺を助けてくれ。


「ストライクなんて一発目で出るんだ。かっけー」

「褒め過ぎだ。次からやりにくい」

「芦川、ボウリングは俺もマジで得意だから! 見ろ!」

「あ、はい」

「温度差!?」


 続いて谷口は7ピン。二投目で惜しくも2ピン。フォームもきれいだし多分本当にうまいんだろうけど、ストライクで霞んでいる。可哀相なやつ。

 そしてとうとう俺の番だ。古泉は参考書から顔を上げてガッツポーズした。まあ任せなさいって。

 頭の中で復唱した通りに投げるだけだ。まっすぐ、まっすぐ。簡単なことだ。ボールをピンの方向に動かせばいい。ラインは見えてる。集中力がマックスになったところで周囲の音が一切聞こえなくなった。道筋通りにボールを転がすゲームなのだ。ぶつかるべき場所に誘導してやればいいだけの話である。ぱち、と頭の中でスイッチが入る。ピンがすべて倒れる映像が見えた。ここだ、行け。

 ボールは狙った通りの場所に転がっていく。少し力が足りなかったが問題はない。行けるはずだ。

 視界の端で古泉が驚いた顔をする。ボールは間違いなく狙ったコースを通り、ストライク。


「わあ、すごいや。芦川もうまいね」

「おいおい、お前実はボウリングやってんな?」

「なんだ。さんざ褒めておいて自分もストライクじゃないか」


 国木田と谷口が俺の頭をわしゃわしゃ撫でに来る。おい、ちょっと頭痛いからやめろ。キョンはやれやれと溜息。意外にも、古泉は褒めてくれなかった。


「おい、古泉。俺ストライク」

「あ、ええ。おめでとうございます」


 国木田が張り切ってボールを拭いている。こいつのボウリングの実力派どんなもんだろう。多分、普通って感じだと思うんだけど。俺としてはちょっとできる方に一票だ。谷口がキョンに絡んでいると、古泉は投げ終えた俺の横にぴったり寄ってきた。


「近いって」

「……無意識ですか?」

「ん?」

「今、なにかしましたよね。閉鎖空間内でもないのに。それとも、長門さんの仰っていた不確定な力の発露でしょうか」

「えー。あれって俺の実力のストライクじゃないの? さがる……」

「なるほど、涼宮ハルヒが願った。あなたが願った……そういうことですか」


 古泉は一人で納得したみたいに頷く。首を傾げる俺に、やつは小さな声で続けた。


「つまり、涼宮ハルヒはあなたならばボウリングくらい簡単にできる、とそう思っているんです。そして、あなたも自分ならばストライクくらいは取れるだろう、とそう考えていた。それは何故です?」

「それは……やったことのないスポーツではないし。理論は頭に入っているから、かな」

「でも、もしもこれが短距離走のタイムを陸上選手と同じようにする、というゲームならあなたはそうは考えないでしょう」

「そりゃそうだよ。純粋にフィジカルと練習量が足りない。ボウリングは、初心者のラッキーとかもあるかもしれないじゃないか。キョンもさっきストライクを取っていたぞ」

「いえ、ボウリングにビギナーズラックは存在しません。おそらくキョンくんはボウリングという競技に慣れているんですよ。逆に、あなたは経験が少ない。だから、そこに“運”が絡む余地があると考えた。そこで、です。考えるのも、理論を組み立てるのも、人間がやる場所は同じですね」

「……脳、だ」

「ええ。ですから、あなたはボールの軌道を能力を使用して操作したんです。近頃意識的に力を使う訓練をしていたことで、発動条件が簡単になっているのかも。あなたにならできてしまうんです。ボウリングは謂わば、ボールの動きを起点から終点まで“誘導”することです。本来ならば異界で発揮されるはずのあなたの影響力を涼宮さんが強めている……いえ、もしかしたらあなたが涼宮さんの力の方向を修正しているのかもしれません。“あり得る範囲の事象に留める”ことで彼女の意見に合意してはいませんか。もしかすると、昨日のこともそうかもしれませんよ。彼女は、あなたと二人ならばなにか見つかるはずだ、と思っていたんでしょう。その時ヒカリくんはどう思っていました? “涼宮ハルヒが望むなら、なにか見つかってもいいんじゃないか”とは、思いませんでしたか?」

「なげーよ話が。てか昨日のことまで責任転嫁するな」


 古泉は肩を竦めた。国木田は9ピンとガーター。なんだ、こいつらみんなうまいのか。男子ってそんなもんかね。


「さて、ここで一つ疑問が生まれます。涼宮さんは僕のボウリングの腕前をどう思っているでしょう。多分、“自分程ではないけどそれなりにうまい”と思っているんじゃないでしょうか。あなたはどう思いますか? 僕はボウリングが上手だと、思いますか?」


 そんな言葉を残し、古泉は美しいフォームでストライクを決める。詭弁だね。俺はお前が元からそこそこ上手いと知っている。エンドレスエイトでのスコア表を覚えているからな。とはいえ、未来予知じみた発言をするわけにはいかない。


「おや。ストライクですね。できそうだと思ってくれていたんですか?」

「違うね。むしろ、こういう時のお前は好成績は収めつつも主催者より目立たない接待プレイをするはずだ。この場合主催者は俺か谷口。古泉一樹らしさで言えば今はせいぜいスペアにしておくのがお前のやり口だね」


 古泉は目を細めて俺の話を聞いている。


「逆に、俺にさっきの話をしたことで“幸運”っていう言い訳は効かなくなった。ストライクを取ったのはお前の実力だということになる。さらに言えば、わざわざ真面目に投げてストライクを取ったなら、そこには意味があるはずだ。古泉らしさを無視してもやりたいことがお前にはあった。Q.E.D. 証明終了」


 古泉は何故だか破顔して、手を挙げる。俺もつられて手を挙げて、ハイタッチをした。


「仰る通りです。単純な話ですよ。負けたくないんです」


 ハルヒがいないんだし、まあいいんじゃないか。男子だけのボウリング大会だ。遠慮せず一位を取ってしまえばいい。鷹だってたまには爪を出したい日もあるんだろう。お前がそこまで負けず嫌いだったとは知らなかったが、それなら普段はさぞかしストレスを貯めていることだろうしな。いいんじゃないか、今日は大会にでもしてしまえば。


「勝ちたいんじゃなく?」

「そうですね。勝ちたいのかもしれません。僕が勝つとあなたが思ったなら、そうなるかもしれませんよ」

「だからそんなんじゃねーって」


 難儀なことだ。自分の感情もよくわかっていないと見える。

 しかし、古泉にはああ言ったが俺も少しは自分に対する不信感があった。

 たしかにボールを投げる瞬間の、ばち、と火花が散る感覚は、神人に呼びかける時に似ていたからだ。でも、閉鎖空間以外でそんなことが本当にできるんだろうか? それが可能なら、俺はどこでだって(代償はあるが)異能を使えるってことになる。どうにも俺は、自分がそんな存在だとは思えなかった。

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