第4話・雪那におまかせ


「店長、このドレスオールのサイズ、もうこれしか残ってないんですけど」

「わかった。他の店舗から取り寄せしてみるよ」

「...店長、このちくびって他のメーカーの哺乳瓶に対応してます?」

「え~と、これはねぇ......」


 パートの従業員のお母様方が、この仕事を初めて一ヶ月足らずの俺の元へせわしなくやってくる。


 ここは我が組織傘下そしきさんかのベビー・キッズ・マタニティ用品を扱うお店。

 日本全国にチェーン店を持ち、テレビCMもバンバン流れている業界ナンバー1ブランド。平日は基本的に暇だが、今日みたいな土日は朝から夕方くらいまで、家族連れで恐ろしく混雑する。

 俺はそのうちの一店舗で店長として働いている。いわゆる普段の顔というやつだ。


 ちなみにこの姿、人間体の時の俺の名前は『結城白亜ゆうきはくあ』。

 誰が付けたのか知らんが、これ考えた奴は絶対BL好きなKさった女性だろ......。


 表と裏の仕事を両立してきた中で、この世界について一つはっきりしたことがある。


 俺がいた世界とこの世界はとんでもなく似ている。というかほぼ同一レベルで一緒。


 文明や言葉・芸術、ひいてはオタクコンテンツまで全くの同じものが存在。

 違いは悪の組織とヒーローが実在するという点くらいで、それ以外は現段階では発見できていない。

 女神のアホはここは異世界だとか言っていたが、どちらかというと並行世界の可能性が高い。


「――少しは店長の顔つきにはなってきたじゃん。はい、これ」


 忙しさの合間を縫って休憩室で一息ついている俺に、生意気そうな青髪ショートの小娘が缶コーヒーを投げつける。


 こいつの名は獅灯雪那しどうゆきな。この店で唯一、俺の正体を知っている人物にして、組織内の俺のサポート係でもある。

 悪の女戦士とはとても思えない、明るい笑顔が特徴的な奴で、お客様からの人気も高い。

 細すぎず太すぎずのバランスの良い躰(からだ)。ショーパン黒タイツが似合う健康的な優良女子と言えるだろう。 


「お、サンキューな。そりゃあ戦ってる時間より店長やってる時間の方が遥かに長いからな」

「ぼやかないぼやかない。地域に密着して情報を収集する。こっちだって立派な組織の仕事だよ」


 随分と地味な悪の組織の仕事だな、おい。

 俺みたいな新型・高性能・ハイスペック怪人にやらせることか?

 髭面ひげづらのおっさんの絵が描かれた缶コーヒーのフタを開け、口から溢れでそうな不満を押し込むように流し込んだ。


「気づいてないかもだけど、白亜って若いママさんのお客さん達に人気あるの知ってた? 

良かったじゃん。無駄に見た目だけはイケメンに作られてさ」

「......よーしわかった。そのデカイ尻、もっと大きくしてやろう」

「そこが残念だって言ってるの」


 けらけらと笑う雪那。

 ほっとけ。

 中身は転生前の30代前半のおっさんのままだから仕方がないでしょうが。

 しかもこの性格に関してDr.葛葉からは修正の利かないバグ呼ばわりされている。

 個性とは?


「別にお客さんに手を出しても構わないけど、悪の組織の仕事に理解できそうな人を選びなね。それで失敗した先輩方、結構いるから」

「出さねーよ。ていうかウチに来る女性客、基本的にほぼ子持ちの人妻じゃねぇか。幸せな家庭をぶち壊すようなクラッシャー精神なんて俺は持っていないし、持ちたくもない」

「意外と考え方は紳士だねー。まぁ、変態という名の紳士じゃなければいいけど」


 まだ短い付き合いだが、どうもこいつは人をからかうのが趣味らしい。

 異性との経験が浅い男だったらきっと間違った解釈をしてしまうだろう。


 それに俺には首領の秘書をNTRしないといけないという、世界の存亡をかけた使命がある。


 お客の人妻や専門学校に通いながら悪の戦士をやっているこの女になんぞ構っている暇は、ない。 


 俺は高い戦闘力と「空間転移」の能力を持っている都合上、どの軍団にも所属もしていない「遊撃手」的な立場に置かれている。

 ヒーローとの闘いで絶体絶命のピンチに陥っている同胞の救援に向かい、代わりに撃退する......怪人達にとってのヒーローポジション。それが俺『デモンズギャラン』の行動目的だ。

 

「そういえば初戦の映像、組織期待の新鋭だからめっちゃ強いのはわかる。でもなんかカッコつけすぎじゃない? 『俺は貴様らを倒す為だけに生まれてきた』って、なにその理由」


 お前......ハ〇イダーさんに謝れ!

 脳みそ剥き出しの特撮の元祖ダークヒーローをバカにするな!

 

「いいだろ。悪にもヒーロー同様、戦う正当な理由が必要なんだよ」

「てなると私は学費を稼ぐことが理由になりますけど」


 雪那は髪の色と同色の青い瞳を俺に向け反応を楽しんでいる。


「――話はそれだけか?」

「んなわけないじゃん。B地区の36エリアでウチの怪人が交戦中らしいから支給応援が欲しいって」

「だからそれを早く言えよ!」

「ダメな相棒女子を演じてみました。萌えるでしょ?」


 あざとくウインクなんかしやがってこいつ......いつか絶対粛清ビーム喰らわす!

 大慌てで缶コーヒーを飲みほし、空き缶用のゴミ箱に精密射撃の能力で空き缶を投入。   

 そして瞬時に憎甲・変身。この間、わずか1ミリ秒の出来事である。 

 ではその原理を説明......はまたの機会にして、俺はすぐに空間転移機能を発動させてダイブした。


「行ってらっしゃーい。お店忙しいからできるだけ早く帰ってきてねー」


 

 なんであんな奴を組織は俺の相棒に......使えない女神といい、初対面で人の股間を蹴り

倒したロリっ子といい、俺はこの世界でも女運が無いのか!?

 空間の波に揺られながら現場に着くまでの間、己の運命を呪った。

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