第37話 俺のルートは

 俺が見た光景は……


「あ、うぅ……」

「い、てて……」

「っ……」


「……お兄ちゃん遅い」


「え、あ……未那……? ぶ、無事なのか?」


「無事だよ。全く……この人たちも詰めが甘いって感じだよね」


 拉致られたはずなのに……未那は端の方にある椅子に何事もなかったように座っていた。


 逆に辰含める男たちは、地面に倒れて何やら腹や股間を痛そうに抑えている。


「こ、これは一体……」

「え、これ……」


 俺も七香も唖然とする。

 

 ……急に身体が痛くなったのか?


「お兄ちゃん今バカなこと考えるの顔してるよ。アタシ、昔から男に言い寄られることが多々あったの。だから……習ってたの」


「……なにを?」


「護身術」


 あー…なるほど。ん? なるほど……?


 理解が追いつかず混乱する。 

 そういえば……


『心配しないで2人とも。こう見えてアタシ強いから』


 ファミレスで未那が掛けてくれた言葉。あれは精神が強いとかじゃなくて、本当に強かったのね。


「アタシに掛かれば楽勝よ」


 ドヤっと腕組みする未那を見てホッとする。

 ……でも。


「……でも」


「お兄ちゃん? んっ」


「たとえ未那が強くても拉致られた時、めっちゃ心配した。だから……こうして無事で本当に良かった……」


「お兄ちゃん……」


 俺は未那を抱きしめる。強く、無事なことを確かめるように。未那も俺の腰に手を回してきた。


「心配かけてごめんね、お兄ちゃん。助けにきてくれてありがとう。凄く嬉しかった」


「……」


「お兄ちゃん?」


「ほんと……ほんと無事でよかっだああああ!!」


「え、号泣!?」


 涙が溢れて止まらない。


 未那よ、何故俺から離れようとするのだ! お兄ちゃんは歓喜のハグをしているというのに!!

  


(七香side)


「お兄ちゃん離れて……鼻水…つけないでよねっ!」


「ズビビ! はい、鼻噛んだからハグしていいだろ! 未那〜〜!」


「ちょっ、暑苦しから抱きついてくるな!」


 目の前に広がるのは、翔太郎先輩と未那ちゃんが仲睦まじくしている姿。


 対して私の兄は……


「……っ、ぁ……」


 端の方でのびていた。

 私は兄に近寄り、しゃがむ。


「……兄さん。これを機に女遊びは控えた方がいいよ」


 そして私も、もう勇臣先輩には近づかない。


「未那〜〜! うぉぉぉ無事で良かったぁぁぁーー!」


 泣きじゃくっている翔太郎先輩に視線を移す。


 最初はとにかく嫌いだった。

 人の恋時を邪魔するし、寝取りが嫌いだとかいきなり勝負だとか吹っ掛けられて意味が分からなかった。


 でも……


『アンタがどういう事情で人様の恋人を寝取るようになったかは知りませんが……兄の厄介ごとに妹を巻き込むんじゃねえ!!』


『たった1人だけの血の繋がった妹だからに決まってんだろっ。それと兄が一番妹のことを分かってやれるってこと証明するためだ』


 私の兄に正面から突っかかったり、妹の未那ちゃんのために馬鹿真面目に動いて……


 その一生懸命すぎる馬鹿さに、私は——


「翔太郎先輩。警察を呼びましたから」


「おぅ……ありがとう七香……」


「お兄ちゃん離れて……っ!」


「ぶはっ!?」


 未那ちゃんに突き放された翔太郎先輩。まだメソメソ泣いている。


「七香さんもありがとうございました」


「ううん。未那ちゃんが無事で良かったよ」

 

 でも、ごめんね。今からその笑顔、少し凍らせるかも。


「翔太郎先輩。私のハンカチ使ってください。


「うぅ……七香ありが——」


 翔太郎先輩が差し出したハンカチに手を伸ばした瞬間。私はハンカチを引いた。

 代わりに唇を頬に近づけた。


 ちゅ


 リップ音。それは静寂な空間に響いた。


 大っ嫌いだったひとにこうも簡単に惚れるなんて……私は、チョロインだ。

  


◆◇


 ほっぺたに柔らかい感触。

 見ると七香の顔が随分と近かった。


「……ぷはぁ。どうですか? 後輩美少女のほっぺにキスは」


「……は?」


 そんなとぼけた声が出るのは、キスしてきたのがまさかの相手だったからだろう。

 

 パンパカパーン!!!!


―――――――――――――――――――

おめでとうございます!!

貴方は寝取りフラグを全て潰しました。


ルート:???へ進みます

――――――――――――――――――——

 

 愉快な電子音と共に、目の前に現れたのはテレビ画面のようなウィンドウ。アニメやファンタジー小説で出てくるクエストボードみたいだ。


 こんな時になんだ……?


「先輩、言いましたよね?」


「何を、だ?」


 理解が追いつかない頭でとりあえず返事する。


「私のこと、寝取りが関わってないなら普通にいい奴だって。それに協力してくれるって」


『寝取りが関わらなかったら、お前は普通にいた奴だと思うぞ』

『ああ。変わるってなら、喜んで協力するぞ。もちろん恋も。今度は彼女いない誰かカッコいい男探そうぜ!』


 確かにそれらしいことは言ったな……。


「翔太郎先輩って彼女いませんよね?」


「い、いないけど……」


「じゃあ寝取りにはならないですね。まだ、付き合ってませんもんね」


 七香は何故か未那の方をチラ見した。その未那はというと、心底驚いた様子。


「なら、私に協力してくださいよ。私のこの恋、叶えてくださいよ、貴方自身で」


「え……」

 

 マジで情報が飲み込めない。

 七香がいきなりほっぺにキスしてきたことも意味不明だし、俺自身で叶える?


「分かってないって顔してますね。じゃあ言ってやりますよ。私、翔太郎先輩に惚れました。なので……先輩。私の恋人になって私の恋を叶えてください」


 七香が俺に惚れた……? 恋人になって…………


「はぁぁぁぁぁーー!? 嘘だろお前!?」


「本当ですよ。馬鹿まじめで一生懸命な翔太郎先輩に惚れちゃいました」


「お前、それ……チョロすぎない?」


「はい、私はチョロインです。ですが……今度の恋は絶対叶えてやりますから」


 七香は清々しい笑顔を俺に向けた。


「だ、だめっ!!」


「み、未那!?」


 すると、未那の腕に抱きついてきた。

 

「お兄ちゃんはその……わ、渡さない!」


「未那……」


 未那さん、貴方そんなブラコン発動させてよろしいのですか!! お兄ちゃん嬉しいすぎて泣いちゃいますが!!


「未那ちゃんはブラコンさんですもんね。でも妹である以上、私の方が優勢——」


「あ、アタシは……! アタシは……ブラコンであってブラコンじゃないし……」


「ん? どういうこと?」


「未那ちゃん?」


「あ、アタシは! お兄ちゃんと血が繋がってないから……お兄ちゃんと、翔太郎くんと恋人になれるもんっ!!」


「!?」


「あら」


 っ、えええーーー!? 未那って血の繋がった妹じゃなかったのかよ!!


 七香が俺のことが好きになって、未那が実は妹じゃなくて……色々と情報量が多いのだが……!?


「翔太郎くんは渡しませんからねっ」


「今度は未那ちゃんが相手ですか。これは手強いですね」


 何やらバチバチに見合う2人。


 いや、俺を置いてかないでぇぇぇ!!

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