第24話

 ゆっくり、ゆーくりと後ろの七香を向く。


「な、なに?」


「……いや。なんでも」


 じゃない!!!


「あのっ、お客様……」


「あーはいはい、乗ります乗ります! 2人で!」


 このまま乗らなければお帰りくださいも言われて、後ろにいる辰たちとすれ違う羽目になる。


 もう一度七香の方を見ると、ムスッとした表情でいた。


「私、嫌だから」


 腕を組み、断固として一緒に行かない態度。


 客の視線も集まり出したし、俺は七香だけに聞こえる声で、


「お前の兄さんが後ろにいるんだぞ? このまま乗らなければ、帰らされて………会う……ぞ?」


「っ!」


 七香もようやく察したようだ。係員に乗りますと言って、俺の背中を押してくる。


 勇臣たちは、前が遙で後ろが勇臣だったが……一応、七香にも聞くか。


「前後ろどっちがいい?」


「……後ろ。後ろがいい。アンタに後ろから抱きしめられるとか嫌」


「あー、そうですか。俺もお前を抱きしめるとか嫌だな」


 と、先にスライダーに座る。その後ろに七香が。滑る準備は完了。


「いってらっしゃい〜〜」 


 係員に押され、前進。みるみるスピードが上がる。虹色の部分とダークゾーンが交互にくる。熱風が凄い。


 お互い楽しむのに夢中で、何も喋らない。これは好都合。


 あっという間に、下のプールに水飛沫をあげて落ちた。


「ぷはぁ!!!」


 水が口と鼻に入った……げほけぼ……。


「なかなかスリルがあったなあ」


「……ええ」


 ビショビショになった髪を絞りながら、七香は何やら不満気な顔で言う。


 そんなに俺と滑るのが嫌だったか。やっぱ俺、嫌われてんねー。全然平気だけど。


「んじゃ、早く勇臣たちの後を追って……」


 浅いプールから上がろうとした時、後ろにグイっと引かれた。七香だ。


「え、なに?」


「アンタ、昼間言ったわよね。愚痴聞くって」


『分かったよ。とりあえず無理強いはしない。でも勇臣と遙さんの前で暗い顔するくらいなら、俺に言って少しはスッキリした方がいいけど思うけどな』


 あー、なんかそれっぽい事は言いましたね。

 寝取りの以外のことなら、コイツと関わっていいと思っているが……


「お願いの仕方ってものがあるんじゃない?」


「っ、アンタね! ……はぁ、いいわ。今回はアタシが折れる」


 おやまぁ、なんて素直。

 七香は息を整え、


「愚痴……もとい、話聞いてくれますか、翔太郎先輩?」


「誰が媚びろと言った。まぁ別にいいけど」


「……そ、ありがとう」


 媚び媚びボイスから素になるの早っ。そういや、コイツの素の顔って、ヤリチン兄と俺しか見た事ないんだっけ? まぁいっか。


 勇臣と遙が見当たらないが、七香は俺といるし、ヤリチン兄はまだスライダーにいるし、少し目を離して大丈夫だろう。


「んじゃ、そこの木陰に行くか」


 七香と一緒に行く。


 俺が何故、今回、七香を連れてきたか。

 それは、遙ではなく、七香の方へ意識を逸らしたかったから。

 

 その考えは見事的中した。でもまさか——



「ふーん、あれが七香が狙ってる男、ねぇ……」


 七香の事ばかりマークしすぎて、俺が寝取り対象だと辰に認知されていたとは、思いも知らなかった。

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