第50話 魔法使いの部屋で

 場面は変わり、魔法使いの捕らえられた部屋の前。リンドウの放った魔法により、ルフはその身を完全に焼かれたかに見えた。

「……ッ!」

 炎の幕を破りたるは、仮面をつけた白き魔鳥。彼女は耳をつんざくような声で鳴くと、リンドウに狙いを定めた。

「リンドウ殿!」

「オルグ様! ダメ!」

 足がすくんだリンドウの前に、オルグが立ちはだかる。――何度自分はこうされてきたのだろう。我が身を顧みて悲しくなったリンドウは、思わずオルグに抱きついた。

「!!!???」

 当然オルグは混乱した。というか、さっきからリンドウの動きが読めなさすぎるのだ。突き飛ばそうかと考えたが、怪我をさせてはいけないと手を止める。後で思い返せば、そんな事を考えている場合ではなかった。

 そうしたリンドウの一途が実を結んだのか、はたまた単なる偶然か。はたとルフの動きが止まった。

「……」

 ルフの視線が、ぐるりと後ろを向く。そのまま、フッと蝋燭の火が消えるように姿を消してしまった。

「……」

「……」

 残されたるは、唖然とするオルグとなおも抱きついたままのリンドウ。二人は顔を見合わせると、「はて」と首を傾げた。

「アタクシ達の愛に、恐れをなしたのでしょうか」

「流石にそういうアレが通じる相手ではないと思うが。むしろ、何かに呼ばれたのではないか?」

「何か……というと、やはりムンストンなのでしょうね」

「その可能性は高いだろう。すると必然、ヴィン殿達の身が案じられるが」

「オルグ様!」

 一瞬の気の緩みをつき、ゾンビが数体襲いかかってくる。驚き僅かに動きが止まったオルグだったが、即座に剣を振るいゾンビを一網打尽にした。

「いや、やはり今は魔法使い達の救出を急ごう! 私達は私達の為すべきことをすべきだ!」

「分かりましたわ! 愛してます!」

「ん!? お、おお!」

 リンドウは、いついかなる時もチャンスがあれば愛を伝えるのである。オルグに背を守られながら、リンドウは魔法使いの魔力を感じる部屋に手をかけた。

 が、ドアノブに手をかけるや否やバチンと弾かれる。よく見れば、錠部分に怪しげな機器が取り付けられていた。

「……特殊な錠ですわね。魔法使いが逃げられないよう、錬金術が使われているのです」

「魔法と錬金術は相性が悪いのか?」

「いえ、疎い人が極端に多いだけという」

「ああ……」

「なので、ちゃーんとお勉強してるアタクシの手にかかればこの通り!」

 リンドウがちょちょいといじっただけで、あっさりと鍵は開いた。ゾンビが迫ってきていたこともあり、リンドウは迷わずドアを開く。

「ごきげんよう、皆様! アタクシ、リンドウ! 助けに来たわよ!」

「リンドウ殿!? 少しは警戒を……!」

「――リンドウ?」

 ほどほどの広さの部屋には、黒いローブに身を包んだ魔法使い達がいた。一様に怯えていた目は、リンドウを映すなりみるみる明るくなる。まず一人、彼女に足を踏み出す。それを皮切りに、彼女らは次々とリンドウに群がった。

「リンドウちゃん! リンドウちゃん! 大きくなって、まあ!」

「無事じゃったか……! てっきり我らは、彼奴に殺されたものかと……!」

「しかしなんと美しくなったもんじゃ。ますますウーミャに似てきたのう」

「うちの孫の嫁にしたいのう」

「介護要員にする気か! やめろ!」

「みんな、無事で良かった……! でも、ハリハリさんは? カコノノさんは? ティカさんも……」

「……」

 魔法使い達の表情が暗くなる。怪訝な顔をするリンドウに向かって、彼女らの後ろで苦しそうな声がした。

「皆、ムンストンに殺されたのだよ」

「ティカさん!?」

 白いベッドに横たわっていたのは、青い髪の魔法使い。起きあがろうとしたが、すぐに近くにいた別の魔法使いに制されていた。

「いけません、ティカ様! 命に障らぬとはいえ、傷は深うございます!」

「ではこのまま話す。リンドウ、近くに寄りなさい」

「……はい。ティカさん、一体何が起こって……!」

「生憎だが、その質問は先に私にさせてもらうよ。急ぎ今の状況を説明しておくれ」

 強い口調で言われ、リンドウは手短に自分達がここまで来た経緯を話した。ムンストンにさらわれたロマーナを救いに来たこと、悪魔に案内されたこと、ゾンビが大量に放たれていること、そのゾンビらがどうやって生まれたのかにも想像がついていること――。

「……そうか。やはり、コトが起こるといっぺんに動くものだ」

 ティカは億劫そうに息を吐くと、そばにあった杖を引き寄せ片膝を立てた。手に力を込め、顔を歪めながら立ち上がる。

「ティカさん! どこへ……!」

「我らは、早急に始末をつけねばならん。不死の騎士が訪れたのなら、なおのこと。ロマーナ姫も目覚めたの今、我らが手をこまねいている理由も無くなったしな」

「……不死の騎士が訪れるのを待っていたのですか? 始末をつけるために? どういうことですか、ティカさん!」

「理由を話せば長くなる。だが、語らねばリンドウは納得せんだろうな」

 ティカの行動に倣い、他の魔法使いも杖を持ったり水晶を手にし始める。オルグは遠慮がちに壁に張り付いていたが、次のティカの発言に目を剥いた。

「我らはこれより、ルフ様をあるべき場所にお返しする。その為には、不死の騎士を地獄への贄にせねばならん」

 ティカの声には、静かだが覆しがたい決意があった。

「悪く思うなよ、リンドウ。全ては、ムンストンの悪行を終わらせる為なのだ」

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