第46話 対峙
一瞬の後、ヴィンの剣はいとも容易く弾かれた。しかしそれも折り込み済みである。彼は即座に体勢を立て直すと、素早くムンストンの背後に回り込んだ。
「流石にその図体だと、小回りは利きませんかね」
「おのれ、ちょこまかと……!」
「……それとも」
ヴィンの剣が大きく振り上げられ、ムンストンの左肩から数個の歯車や軸が弾かれる。ギッ、と金属の擦れる嫌な音がし、腕の挙動が若干鈍くなった。
「その体の性能は、僕が思うより拙劣なのでしょうか」
「貴様ァ……!」
「お怒りのご様子ですが、はて、僕の予想では頭に上る血も無かったはず」
振り下ろされた腕を避け、ヴィンはトントンと軽く飛び距離を置く。その隣には、全身の毛を炎のように揺らめき逆立てる恐ろしき地獄よりのモノ。天地を揺るがす咆哮が、ムンストンの身を震わせた。
「……ロマーナ様は、どこです?」
「さぁて。答えてやる義理はありませんねぇ……!」
「倫理観だけじゃなく脳まで腐らせたのですか? よもやこの状況下で言葉を濁すとは」
「痩せ我慢を! 自分は知っているのですよ、不死の騎士!」
ムンストンが人差し指を立てると、一筋の鋭い風の刃がヴィン目掛けて放たれた。間一髪の所でかわすヴィンだが、僅かに服が裂かれてしまう。
その隙間から、見るも鮮やかな赤の光がこぼれた。仮面の下の唇が、浅ましく歪む。
「“鎖の悪魔”を使役する為に、貴様は己が命の石を砕いた! まさに致命的とも呼べる行為――! 本当は、立っているのもやっとなのでしょう!?」
「……」
「文字通りの死に体を、何故自分が恐れるというのです! 加えて“鎖の悪魔”の使役は、維持にすら莫大な魔力を要する! いくら命の石があるとはいえ、元来魔力の素質も無い貴様に操りきれるはずがありません!」
「……そうですね。確かにあなたの仰る通り、今の僕は極めて危険な状態です」
「ははは、認めますか! 存外呆気な――」
「しかし随分と詳しいのですね。この“鎖の悪魔”とやらに」
ヴィンの口元は、依然として余裕のある微笑を崩さない。
「さて、この悪魔は愉快な奴でしてね。なんと召喚されてすぐ、ある魔法使いとの殴り合いに負けてぬいぐるみに封印されてしまったのです。故にその名とこの姿を知るのは、悪魔を封印したチュチュ様と、同行した弟子のティカ様だけでした」
「……それが、何だと言うのです?」
「お二人は、このことを誰にも漏らしておりません。であれば、何故あなたが“鎖の悪魔”について知っていたか」
アッシュは唸り声を上げている。食いしばった口からは瘴気が漂っている。初めてムンストンは、一歩後ろに下がった。
「――イリュラ・ムンストン。あなたこそが、ノットリー国にて“鎖の悪魔”を召喚した張本人だからですよ」
身の毛もよだつような悪魔が、ムンストンへと飛びかかった。
「リンドウ殿! 魔法使い達の居場所はわかったか!」
「はい! えーっと、こちらですわ! 多分!」
「うむ、即刻向かおう!」
一方オルグとリンドウは、魔法使い達を救出する為に別行動を取っていた。リンドウが錬金術について学んでいたのが、功を奏した。監視装置を的確に見抜き、警備の手薄な場所を探し当てると、オルグが怪力でぶち壊して侵入する。そこからはリンドウが魔法使い達の魔力を探り、二人は城内を駆けていた。
「――むっ!? 下がれ、リンドウ殿!」
いち早く何者かの気配に気付いたオルグが、その身と盾を使い大きく構えた。刹那、眩い電撃がオルグの身を貫く。
「オルグ様!」
「ぐっ……!」
「……ほう。これを耐えますか、ニンゲンよ」
影から現れたのは、仮面をつけた何もかもが白に包まれた女性。その長い髪の一筋だけは、真っ青な色に染まっていた。
膝をついたオルグの前に、リンドウが立ちはだかる。
「誰よ、アンタ! オルグ様になんて事してくれるの!?」
「私は侵入者を排除したまで。正当なる防衛だと存じます」
「そっちが先にロマーナちゃんや魔法使いをさらったんでしょ! さらわれたから助けにきたのよ! それの何が悪いってんの!?」
「……問題の切り分けすらできないとは、愚かですね」
白の仮面から詠唱が漏れ始める。気づいたリンドウも対抗すべく呪文を唱えようとしたが、ふわりと体が浮いた。
オルグが彼女を抱きかかえ、走り出していたのだ。
「オルグ様!?」
「ムンストンは……魔法使い達を利用し、悪行を働いている。ならば、その魔法使い達を救出する、ことは……大きく、ムンストンの力を削ぐことに、繋がる……!」
後ろから電撃が追ってくる。それを片手で投げた盾で威力を減らし、残りは自身の鎧の一部を剥いだもので上手く軌道を逸らした。オルグの意外な機転に、少々ルフは驚いた。
「私が援護する! リンドウ殿は、迷わず魔法使いの元へ向かってくれ!」
「嫌ですわ! オルグ様を置いていくなんて……!」
「ならば増援を呼んできてくれ! 今でこそムンストンの下についているのだろうが、きっとリンドウ殿が行けば魔法使い達も反旗を翻してくれるはず!」
「……!」
「行ってくれ! 私のことは構うな!」
僅かに躊躇したものの、黒のドレスを翻し美女は走り出した。オルグはその姿を確認すると、大きく息を吐いてルフに向き直った。
「さあ、これで一対一だ。言っておくが、私はしぶといぞ」
「そのようですね。……しかし……」
「何だ?」
「アナタ、何故あの魔女を逃したのですか? 彼女がいれば、多少アナタの生存率も上がったでしょうに」
「生憎と計算は不得手でな。そこまで殊勝なこと考えてはおらんよ。ただ……そうだな」
大剣を構え、オルグは不敵に笑う。額の皮膚は電撃のせいで裂け、彼の古傷に血を数本垂らしていた。
「今気づいたが、私はリンドウ殿が傷つくのを見たくないのだと思う」
「……」
「共にいたのはほんの数日だが、彼女ときたら飛ぶ矢のようにまっすぐな人柄でな。この卑屈な私の目には、酷く眩しく映ったのだ。……我が身が削られるのは構わんが、彼女が傷つけられるのだけは我慢ならない。守れるのなら、それが私の本懐になるのだろう」
「……不可解なニンゲンですね。他者のために我が身を投げ出すとは」
「私からすれば、わざわざそんな質問をしてくるあなたに疑問を抱くよ。侵入者を排除するのが、あなたのすべきことじゃなかったのか? もしくは……何かを躊躇っている、とか?」
「……いいでしょう。話はここまでです。お望み通り、一瞬で終わらせてさしあげます」
「はは。悪いが、そうやすやすと削れる命では無いぞ」
ルフの右手が持ち上がり、詠唱が始まる。オルグも大剣を構え直し、詠唱が終わる前に叩っ斬らんと足を踏み出した。どちらが先に終わらせるか。この勝負はその一点だけであり、かつ詠唱速度だけならばルフに分があるように見えた。
……のだが。
「それってプロポーズと受け取ってもよろしくてーーーーーっ!?!?!?!?!?」
――弾丸の如く飛び込んできた巨大な炎が、オルグとルフを見事に分断したのである。
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