第26話 リンドウとの会話

「だからって、なんでアタクシがお姫様のお守りをしないといけないわけ?」

 そして出発の日。いつもの黒いドレスに身を包んだリンドウさんが、サンジュエル国の門前でヴィンを高圧的に睨んでいた。

「アタクシだって暇じゃないのよ? 錬金術に追いつくには日々弛まぬ努力が必要で……」

「そこを何とか。金なら出しますから」

「仕方ないわね」

 リンドウさんはお金が好きらしい。話が早くて結構である。

「小悪党とはいえ、相手の背後には強大な存在がついています。一度さらわれかけたロマーナ様をお連れすることは、できません」

 ロングマントを目深にかぶるヴィンが、私の手を取る。端正な顔が間近に迫って、ドキリとした。

「しかしすぐ帰ってきますので、どうかそれまでご無事でいてください。もし侵入者が来たら、この守銭奴魔法使いと布饅頭を適当に矢面に立たせておけば問題ありませんので」

「ヴィン……」

「ちょっと、誰が守銭奴よ」

「それと昼食と夕食をご用意しています。オヤツもテーブルの上に乗せてありますが、一度に食べてはいけませんよ? 食べ過ぎはお腹を壊してしまいますからね」

「ロマーナちゃん。コイツ、アンタの前ではいつもこうなの?」

「はい! すごく優しいんです!」

「ああ、そう……」

 リンドウさんは、額に手を当ててため息をついていた。理由はわからない。

 そしてヴィンは、城を離れてオルグ様との待ち合わせ場所へと向かっていった。残された私は、早速リンドウさんとお茶を楽しもうとウキウキでお城の中へと戻ろうとしたのだけれど……。

「……アンタ、ヴィンのことが好きなの?」

「みょっ!!?」

「みょ?」

 思わぬ質問を出され、巨大イバラに足を引っ掛けた。危うく全身至る所の風通しが良くなる所である。危ない危ない。

「な、な、な……!」

「な?」

「なんで分かったんですか!?」

「見てりゃ分かるわよ。顔に出てるもの」

「なんで!?」

「知らないわよ。素直な性格なんじゃない?」

「ありがとうございます!」

「別に褒めてないわ」

 半分呆れたみたいに私に一瞥をくれたあと、リンドウさんはお城の扉を開ける。勝手知ったる、といった感じだ。

「あんな腹黒アンデッドのどこがいいんだか。ギリギリ顔は及第点だけど、性格の悪さは致命的じゃない」

「あ、やっぱり? 顔かっこいいですよね」

「都合の悪いことだけ聞こえない耳でも持ってんの?」

「いえ、ちゃんと聞こえてますよ。でも全体的に私の知ってるヴィンとあまりにもかけ離れた話をしてるから、もしかしてそこだけ別のアンデッドのことを言ってるのかなって」

「んなわけないでしょ。アンデッドってだけで一点ものなのに」

「一点もの?」

 聞き返す私に、リンドウさんは一瞬「しまった」という顔をした。見逃さず、私は彼女の隣に走り寄る。

「もしかして、ヴィン以外のアンデッドっていないんですか? なんで? なんでですか?」

「ぐ、ぐいぐい来るわね……。アタクシには関係無いわよ。どうしても知りたいってんなら、ヴィンから直接聞けば?」

「分かりました!」

「素直の化身じゃないの。どんな教育受けてきたらそうなるのよ」

「教育係はイリュラ先生です」

「イリュラ……って、あのイリュラ・ムンストン? ムンストン国建国の最功労者の?」

「はい!」

 やっぱり先生は有名人らしい。百年寝てた私からすると、なんだか新鮮だけど。

 一方リンドウさんは、何故か指を唇にあてて浮かぬ顔だった。

「……ムンストン、ね」

「あれ、お会いされたことがあるんですか?」

「まあ、アタクシのお母様がね。でも、なんというか……そうね。アンタからすれば嫌な気持ちになるでしょうけど、いい噂を聞いたことがなかったから」

「そうなんですか?」

「ええ」綺麗な黒髪が、サラリと揺れる。

「国家転覆を狙ってるとか、私兵団を持っているとか? 噂は噂なんだけど、お母様そういった話をする人じゃなかったから、アタクシも自然と悪い印象を持っちゃってたのよね。それが今や国家創設の英雄なんて、びっくり」

「あ、それ私も同じですよ。先生、自分以外の人のことは軒並み見下してる感じの方だったので」

「あれ、意外。アンタもそういうこと言うんだ」

「言いますよ! だって昔は苦手でしたもん。小さい頃とか、叩かれて怒鳴られるのは日常茶飯事でしたし」

「なんてこと。酷い男じゃない」

 そうなのだ。先生は怖い人で、何度も嫌なことを言われたし泣かされたものである。でもそのたびに、「負けてたまるか」と踏ん張り倒したのだ。

 私はそんなことをされていい人間じゃない。そう思わせてくれた言葉があったから。

(……?)

 ふいに、何かを思い出しかけた。だけど、どうも記憶の中の光景が滲んでしまってうまく見えない。当時の私が泣いていたせいだろうか。

 まあいいや、後でゆっくり思い出してみよう。同情してくれるリンドウさんを安心させる為、私は「むんっ」と力こぶを作る仕草をしてみせた。

「でも大丈夫ですよ! 私も噛みつき返してたので、喧嘩両成敗です!」

「アンタも大概ヤバい子だったのね」

「私全部に負けない気持ちで生きてますので! もちろん、リンドウさんにも!」

「え、アタクシも?」

 シュッシュッと拳を前に出す私に、リンドウさんは怪訝そうな顔をする。ヴィンへの恋心がバレた私に怖いものは無く、「はい!」と元気よく答えた。

「私、ヴィンのことが好きなので! だからリンドウさんとは恋敵になります!」

「や……ちょっと待ってちょっと待って」

「今でこそ女として全体的に敗北気味ですが! 今日から色々と頑張るので、三年後ぐらいにはぜひお手合わせ願えればと思います!」

「ハァァ負けませんけど!? たかが人間の小娘如きの三年にアタクシの美貌は劣りませんけど!? 違う、そうじゃない!」

 リンドウさんは、ガシッと私の両肩を掴んだ。大変綺麗なお顔には、何故か憤怒の色が見て取れる。

「好きになるわけないでしょ! このアタクシが! あんな鬼畜ド外道腹黒アンデッドなんか!!」

「……え?」

「無理よ! 生理的に無理!」

 リンドウさんは、ぶんぶんと首を横に振った。

「青っ白くてヒョロヒョロで髪もだらだら伸ばして! 優男狙ってるのかもしれないけど、なよっちいったらありゃしない! ああいうのが一番無理!」

「ええっ!? あんなにかっこよくて素敵で強くて優しくてお日様の光を集めたような綺麗でさらさらの髪にエメラルドの瞳を持ったヴィンを!?」

「一息で言ったわね! 怖っ!」

 ……ちゃんと話を聞いてみると、リンドウさんは本当にヴィンに興味が無いのだと分かった。あと、とてつもなく理想が高いということも。なんでも、強くてたくましくて背が高くてお金持ちで、誰もが見惚れるような容姿端麗な人じゃないといけないらしい。

 惜しいな。奇跡的にかなり条件が揃ってる男性を一人知ってるけど、ヴィンの顔で文句を言うならとても紹介できないだろう。っていうかヴィンで容姿端麗の枠に入らないなら、この世の男性全てリンドウさんの対象外になるんじゃないかな。

「ま、おぞましい勘違いはさておき」

 リンドウさんは片手をヒラヒラとする。

「たくさん話したら喉が乾いちゃった。お茶をいただけるかしら?」

「ええ、勿論。ヴィンの作ってくれたお菓子もありますよ!」

「あら、いいわね。あの腹黒、料理の腕だけは確かだから」

「あとかっこいいですしね」

「アンタもしつこいわねー」

 クスッと笑うリンドウさんに、心の距離が縮まった気がして嬉しい私である。並んで談笑しながら、私達は客間へと向かった。

 ……全てのお菓子を平らげた布饅頭がテーブルの上で眠るのを発見するまで、あと三分である。




「なんだ、これは……!」

 むっとするような血の匂いと、腐った肉の匂い。トゥミトガ団のアジトに足を踏み入れたヴィンとオルグは、袖で鼻と口を覆っていた。

「何故……何故全員死んでいるのだ!」

 二人の目の前に広がっていたのは、折り重なるようにして倒れる複数の腐乱死体の山だった。

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