第13話 謎の美女
あれから、一晩考えていた。ヴィンに言われたことを一字一句思い出して、反芻させて、吟味して。
そして、結論を出した。
多分これ、両思いだ!
きっとそうに違いない! よーし、だとすれば話は簡単。早速ヴィンに会ってオルグ様との結婚の意思が無いことを伝え、理由を聞かれれば「私には、心に決めた人がいるの……」とそれはおしとやかに目を伏せるのだ。そうしたら頭のいいヴィンは優しく「もしかして、僕のことですね?」と聞くだろうから、「正解ー!」と腕の中に飛び込めばなんとミッション完了である。我ながら完璧な計画でびっくりする。
だけど、「それじゃそろそろベッドから出るとするか!」と目を開けようとした時。パリーンと、窓ガラスが割れる音がした。
「!!?」
人間、びっくりし過ぎると声が出なくなるらしい。口をパクパクさせながら見たのは、無残に割れて冷たい風が入り込んでくる窓。だけど不思議なことに、ガラスは殆ど散らばっていなかった。
「あれ……?」
そして、何故か一緒に寝ていたはずの犬のぬいぐるみが無くなっていた。キョロキョロと探せど、部屋の中には見当たらない。
……いや、あった。ぬいぐるみは、割れた窓のふちギリギリにしがみつくようにして引っかかっていたのである。
なんで、あんな場所に? けれど、ぬいぐるみを回収しようと窓を開け手を伸ばした私は、見てしまった。
「……!」
ヴィンが、窓の下にいるのを。そして彼と向かい合って、黒い髪の女性が立っているのを。
(だっ……! だだだだだだ、誰!!?)
咄嗟にぬいぐるみを胸に、頭を引っ込めてしまった。……時刻はまだ、日が昇ったばかり。普段の私ならスヤスヤと眠っている頃である。だからだろうか、ヴィンは私が見ていることに気づく様子は全く無かった。
一体何を話しているのだろう。やかましく鳴る心臓の音を無視して、私は必死で耳をそば立てた。
「……だから、……あなたに……」
「でもそれは……でしょう? ……」
「……姫を……なのに……」
「私の……ことは……」
二人の声がかわるがわる聞こえる。だけど、次のヴィンの言葉に私は真っ青になった。
「……ええ。僕は、あなたを愛して……」
……ッ!!!!??????
あ、ああああああ!!? 愛しっ、あいし、愛して!!?????
えっ!!? どういうこと!!? ヴィンが好きなのは私じゃなかったの!!? あ、今すっごく図々しい願望出ちゃった! え、でも違うの!!? ほぇぇっ!!?
子供みたいにぬいぐるみを強く抱きしめる。これ以上二人の姿を見るのは怖かったけれど、確かめずにはいられない。ただの聞き間違いであって欲しいと願いながら、私はそろそろと再び視線を二人に落とした。
改めて見た女性は、とても綺麗な人だった。スラッとしていて大人っぽくて。あんなに体のラインがはっきり出るドレスを着ているのに、とても上品で艶やかな雰囲気を纏っている。羨ましい。ああいう大人になりたいと心底思う。
そんな彼女が、花びらのような唇を動かして「酷い人ね」と呟くのが見えた。一歩ヴィンに踏み出して、ぐっと二人の距離が縮まる。
そして、黒いドレスグローブをつけた彼女の手が、そっとヴィンの胸に触れて……。
「!!」
見ていられなくて、目を背けてうずくまってしまった。――指の先まで、体が冷たくなっている。心臓は痛いぐらい跳ねている。舞い上がっていた気持ちは、すっかりしぼんでしまって。
……ああ、ああ、そうだ。なんで、こんな単純なことに気づかなかったんだろう。
ヴィンが百年も待っていてくれたのは、彼がサンジュエル国の騎士だったからだ。私が守られていたのは、私がサンジュエル国の姫だからだ。思えば、昨日の晩だって一言も好きとは言われてないのである。あくまで彼は騎士としての立場から言葉をくれたに過ぎないと断じてしまえば、それまでで。
「……」
恥ずかしくて、惨めで、じわりと涙が滲みそうになる。――百年。そう、百年も経っているのだ。その間、私だけを守って在り続けてくれていただなんて虫が良過ぎる話だ。長い時の中、心を通わせる人が現れても何らおかしくはない。
……ものすごい美人だったな。顔立ちの綺麗なヴィンと並んで立てば、誰もがお似合いだと褒め称えるぐらい。こんな、ちんちくりんな私より……。
「……」
ちんちくりんな……。
「…………」
――待てよ?
数年経てば、私もイケるんじゃないかな?
そりゃあ、顔の作りとかは変えられないけど! でも私まだ十七歳だし、スタイルとかは日々の努力の積み重ねで変えられるし! 五年ぐらい経てば、私も大人の魅力漂うすっごい美女になれるんじゃないかな!? ヴィンもアンデッドだから多分歳は取らないし、その隙に私がすんごい美女になれば……!
……。
(……ああもう、情緒がガタガタだなぁ)
うなだれてため息をつく。思えば起きてからずっと、喜んだり悲しんだりして忙しかった。百年も眠っていた反動だろうか。でも、ずっと好きだった相手を簡単に諦めるなんてできるはずもないのだ。
……勝手に好きでいる分には、いいのかな。そうだといいなぁ。もう一度長いため息をついてみたけど、全然胸のモヤは晴れやしなかった。
「……そういえば、いつから好きになったんだっけ」
膝に置いた灰色の犬のぬいぐるみに、話しかけてみる。するとぬいぐるみは首を傾げ、「我が知るか」と吐き捨てた。口の悪い子である。
さて、あんまり落ち込んでいるわけにはいかない。ヴィンに心配かけちゃいけないし、これから私はイイ女になるために忙しくなるのだ。まずは適度な運動から始めるべきだろう。百年も眠っていたのだし、少しずつ体力作りから始めて……。
「……」
「…………」
「………………」
「ッああああ喋ったああああアアアアアアアアア!!!!」
「ロマーナ様! どうされました!!?」
私の悲鳴を聞きつけたヴィンが部屋に飛び込んでくるのと、私がドア目掛けてぬいぐるみをぶん投げたのはほぼ同時だった。
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