3-5 女神教の女聖騎士

 聖都の城門の一つが大規模魔法によって破壊され、アンデッドの軍団が聖都の中へ雪崩れ込んでいく。



神聖なる剣の聖域ホーリーブレイブソード!」


 聖都の危機を見て取った私は、手にする剣にあらん限りの魔力を込めて、対アンデッド用の超広範囲攻撃魔法を振り下ろした。


 私が剣より放った神聖魔法は、女神の強大な力を具現化したかのような、奇跡に近い力。


 白い輝きの一撃が、私がいた場所から城門へ向かって、極大の光となって突き進む。


 光の進む先にいたアンデッドたちは、灰となって滅び去る。

 極大の光は、ただの一撃で万を超えるアンデッドを昇天させた。


 私のいる場所から、城門の間に群がっていたアンデッドの全てが消え去った。


「皆、全力で駆け抜けよ。我らが崩れた城門にかわって、聖都の守りを執り行う!」



 私と部下たちは、アンデッドが消滅した直線の通路を馬で駆け抜け、そのまま聖都の破壊された城門を越えて、都市への入城を果たす。


 そのまま破壊された城門跡に陣取り、侵入してこようとするアンデッドを迎撃していく。



「聖騎士だ、聖騎士様がお戻りになられたぞ」


「おお、聖騎士様がいれば、この戦いに勝てる。我々はまだ絶望するわけにはいかない」


「ああ、聖騎士様。そして女神様の慈悲に感謝いたします」


 城門が破壊されたものの、私の帰還によって聖都に籠る兵士と、信徒たちの士気がみるみる間に回復する。



 聖騎士とは女神教の希望の体現者。

 ここで私が、アンデッド相手に退くことなどありえない。


 とはいえ、いかに私たちとて、この場で10万を超えて突き進んでくるアンデッドを、永遠に足止めすることはできない。


「我々が時間を稼ぐ。その間に聖都にいる非戦闘員は、第2城壁の内側へ避難せよ」


 城門が破壊されたが、聖都を守る城壁は1枚だけではない。

 外側から第3、第2、第1と名付けられた、三重の城壁に囲われて守られている。


 しかし、最外縁にある第3城壁の中には、聖職者ではない、一般の信徒たちが住まう住宅地区が広がっている。

 ここには戦うことのできない女子供が数多くいて、そんな者たちが第2城壁の内側へ逃げる時間を稼ぐ必要がある。

 私と部下たちは、破壊された城門にかわって、この場でアンデッドを押しとどめて戦うことにした。


 女神を信奉する者達の盾となり、守る事こそが聖騎士の務め。

 であればこそ、無辜の信徒たちへ襲い掛かろうとする、邪悪なアンデッドから信徒を守るのが、私の役割だ。



 その後私は、部下たちと共に迫りくるアンデッド相手に、切って切って切って切りまくり続けた。


 知能を持たないアンデッドは、ただがむしゃらに腕を振り回して突撃してくるだけ。

 戦いのイロハを全く理解しないアンデッドを、倒していくことは容易い。


 だが、アンデッドは剣で首を切り飛ばしても、そこで絶命することがない。


 切り飛ばされた頭が地面の上を転がり落ちても、目の前にきた者を噛みちぎらんと、口を動かす。

 頭がなくなった胴体も動き続け、私たちに向かって襲い掛かってくる。



付与魔法エンチャント神聖ホリー


 アンデッドを相手に、物理で戦いを挑むのは無駄。


 であれば、振るう剣に聖なる力を宿して切り裂く。


 聖なる力の宿った剣に切られれば、いかにアンデッドと言え、浄化され、灰となって消滅する。



「「「聖なる矢ホーリーアロー」」」


 さらに私たちの戦いに奮起して、城壁上にいる聖都の神殿騎士たちが、神聖魔法の攻撃で援護してくれる。


 彼らも分かっているのだ。

 この破壊された城門を守らなければ、戦う力のない女神の信徒たちが、逃げる時間を稼ぐことができないと。


「グワッ、こいつめ」

「チイッ、1体1体はたいしたことないが、数が多すぎる」


 しかし、それでもアンデッドの数は驚異的だ。


 神聖魔法の力があるからこそ、戦いを優位に進められているが、それをあざ笑うかのように、倒しても倒しても、破壊された城門の向こうから、アンデッドたちは途切れることなく侵攻を続ける。


 この数を相手にし続ければ、いかに屈強な神殿騎士でも、手傷を負わずにいられない。

 それにアンデッドの中には、毒や呪いといった状態異常を付与してくる、特殊個体がいるのも厄介だ。



回復ヒール

状態異常回復キュア


 それをこの場に残って、後方から回復してくれる聖職者たちがいる。


「我々に剣を振るって戦う力はありませんが、せめて回復だけでも力添えします」


「ありがたい。だが、危険になれば君たちは我々を置いてでも、この場から逃げるのだ」


「聖騎士様……」


 私はここで死ぬつもりはない。

 だが、戦えない者がこの場に留まり続けるのは、危険な状況になっていた。



 それでも私と部下たちは、アンデッドを切り続ける。


「ゼーゼー、一体何体倒したんだ?」


「何体だって?何百か何千だろう」


「ハハッ、違いないな」


 しかし、人間の体力は有限。


 戦い始めてから、1時間か2時間。あるいはそれ以上だろうか。

 部下たちは戦場の只中で笑ってみせるが、それも空元気でしかない。


 前線で身を挺して戦い続けた私たちは、体力の消耗が激しい。

 傷は神聖魔法の力で癒すことができても、体力までは回復しない。


 そして傷を癒すための魔力が、乏しくなっていた。


「グワッ!」


「畜生、ニールセンがやられた!」


「モートン、グリーゼンの兄弟も戦死です」


 戦い続けた私の部隊から、1人2人と櫛の歯が欠けるように、騎士たちが脱落していく。



「ゲールトン、お前はもう後ろに下がれ。片腕がなくなったんじゃ、ここにいても邪魔になるだけだ」


「グアアッ、俺の右目がやられた。このゾンビ野郎が!」


 また、戦死にならなくとも、回復魔法で即座に回復できない、怪我を負う者が増える。


 城門跡で戦い続けている私たちだけでもこの有様だが、城壁上で戦っている聖都の守備兵や神殿騎士も相当に消耗して、私たちの援護どころでなくなっていた。



 これ以上は、流石に限界か。

 この場を退いて、私たちも第2城壁の内側へ下がらなければならない。


 私たちの稼いだ時間によって、聖都の多くの信徒が、第2城壁の内側へ逃げ込むことができただろう。

 それでも城壁の向こうへ、まだ逃れられてない者がいるかもしれない……



「これ以上は限界だ。我々も第2城壁の内側へ下がるぞ」


「「「ハッ、了解しました」」」


 女神の聖都の中に、アンデッドの軍勢が侵入するなど許しがたいことである。

 それでも聖都陥落という事態に陥らせないために、私はこの場から退き、今後の戦いに備えることにした。




 だが、状況は私の想像より、遥かに悪い形で進行する。



 それから丸1日、アンデッドたちは昼夜の関係なく、私たちを攻め続けて消耗させた。


 連戦によって、聖都に籠る誰もが疲弊し、満足な休憩を取れていない。


 そして例の大規模魔法によって、第2城壁の門の一つが破壊される。


「第2城門が破壊されました。

 またしても、例の大規模破壊魔法です!」


「下がれ、第3城壁の内側へ急いで下がれ!」


「そんな!第3城壁の内側となると、全ての信徒を迎え入れることができない!」


 第3城壁の内側は、女神教の聖地と大神殿。

 それに法王猊下の住まわれる、居住区画などが存在する。


 ただし、第3城壁内は狭く、限られた建物しかない。

 聖都に住まう、女神教の信徒全てが入ることはできない。


 聖都が陥落することを容認できない以上、必然的に、戦えない者達を置き去りにして、戦えるものだけが、第3城壁の内側へ避難することになる。




「聖騎士様、どうかこの聖都をお守りください。それに私たちには、女神様の加護があります。心配などいりません」


「どうかこの聖都を、女神様の愛される都をお守りください」


「私は十分に生きた老人だからね。だから、私のことなんて気にしないで、向こう側へ行っとくれ」


 第3城壁の内側へ向かうことができない信徒たち。

 そんな者たちが、私の不甲斐なさを恨むではなく、逆に励ましてくる。


「皆、すまない。だが、必ず聖都を悪逆な魔王軍から守り抜いて見せる」


 既に死ぬことを覚悟している、女神の信徒たちの声を聴きながら、私は彼らに誓って第3城壁の内側へ退いた。



 それから半日、第3城壁の外側は、アンデッドの大軍で溢れ返った。


 城壁の内側に籠る私たちの耳には、アンデッドが上げる雄叫びと、それに襲われて悲鳴を上げ、絶命の叫びを上げる信徒たちの声が響き続けた。


 生き残った信徒を助けようと、城壁上から武器や魔法で戦いもしたが、それらの抵抗はあまりにも無力で、膨大な数のアンデッドの蛮行を留めることなどできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る