第5話 なんて便利!


 すぽん、と、伸び縮みするスカートのウエスト部分からなんとか全身が抜けた瞬間、ひゅんと胃が浮く感覚を覚える。しまった!落ちる⁉︎


 と、焦ったが、衝撃はいつまでたってもやってこなかった。



「……う、浮いてる……?」



 私は、何もない真っ白な空間に、ふよふよと漂っていた。


「す、すごい……。」


 これが私のスキル……あのでかい球体がくれたっていう。


 私は、ようやくこれがどこかのテレビ局のドッキリなどではないことを実感し始めていた。



 どごぉん、という音を真下に聞いて見下ろすと、少し離れたところにあの丸いスカートのウエスト部分が浮いていた。でっかい岩に穴が埋められている。げ、入り口塞がれた!


「……どーしよう……。」


 おそらくあのドラゴンのせいで崖が崩れたのだろう。取り急ぎの危機は脱したが、出られなくなってしまった。どーにかなるのかこれ……。



『何が。』


 と、そろそろ慣れてきた声がまた聞こえる。イラッとした。


 見渡せば、またすぐそこにあのガラス球がある。


「あのねぇ!何がって聞くけど大体見ればわかるでしょ⁉︎」

『僕は、基本的に質問に答えるようにしかできていない。君が何をどうしたいのか分からないから詳細を聞いた。』

「あっそう……。」


 ア◯クサかお前は……。相手が本格的に感情を持たないものであることを理解して、私は怒りを引っ込めることにした。怒ると疲れるからね。



 命の危機は回避できたので、まずは状況を整理することにした。


「ええと、確認したいのだけど。私はカミサマにスキルを貰って、それを使って好きなように生きろって、そういうことでいいのね。」

『その通り。』

「そのスキルが、こういう空間を作る能力であると、そういうことね。」

『正確に言うと、君が作るのは「時空」。空間と、その中の時間の流れだ。』

「じ、時間の流れまで調整できるの……。」

『そう。』


 なんか凄いな……。その気になれば、人気漫画の修行部屋みたいに使えるじゃん……。やんないけど。


「他には何かできるの?」

『基本的には、時空を造るだけ。細かく言えば、その中の時間の流れ、重力、温度や湿度などの環境などを調節できる。』

「重力……。」

『そう、君はさっきそれを定義しなかった。「安全な」と条件を付けたので、ぶつかる危険のない無重力になった。』


 あっぶなー!もし重力あったら、出入り口の場所によっては物凄い高さから落ちてた可能性があるのか……。この先は気を付けよう。


「そういうのって、空間作るときに定義するの?」

『創ったあとも調節できる。』

「どうやって?」

『君がそう想像すれば良い。』


 なるほど……。よし、試しにやってみよう。


 落ちると怖いので、身体を少し丸めて、足元に平面を想像する。そこに、いつも私の体重を支えていた地面があるように。


「……いてっ。」


 突然全身にかかった負荷によろめいて、私は結局尻餅をついた。私の身体の下には、たしかに真っ平らな平面がある。すげー、ほんとにできた……。


 ほんの僅かな時間でも、無重力からいつもの重力下に戻ると、身体がとてつもなく重たく感じる。私はゆっくりと立ち上がった。


「……すごーい……。」


 呆然と、周りを見渡す。そこにはただただ白い空間が広がっていた。



「広さも調節できるの?」

『できる。』

「……出入り口は?」


 私は、辺鄙な場所に移動したように見える、スカートの輪っかを見て聞いた。少し離れた、頭より高い場所にそれはあった。私がふわふわ浮いてるうちに、場所を移動してしまったからだろう。


『調節できる。いくつも作れるし、世界中のどこにでも繋げられる。』

「……なんて?」


なんかとんでもないことを言っていた気がするので、聞き返した。


『出入り口はいくつも作れるし、世界中のどこにでも繋げられる。』

「……まじで?」

『本当だ。』


 世界中の、何処にでも。


 ど◯でも◯アじゃん……。


 取り敢えずは、出入り口があの塞がれたスカートのウエスト周りだけじゃなくて安心した。



「……内側からも、出入り口の作り方って同じなの?」


 スカートを使ってしまって、更にストリップを続けなければならないのかと不安になった私は聞いた。


『いいや。扉は、目的地に隔離された空間があればそれに繋げられる。君が想像すれば、見えるはずだ。』

「見える……それって、具体的な場所が分からなくても出来るの?例えば、今の私はこの世界のどこも知らないじゃない。例えば……食べ物が沢山あるとか、みたいな定義の仕方でもいいの?」

『可能だ。基本は、条件に合う一番近い場所が選ばれる。』

「便利すぎでしょ……。」


 あまりの都合の良さに、私は思わずツっこんでしまった。


 しかし素晴らしい。


 安心したからか、私は急に空腹を実感したところだった。



 早速、食べ物にありつこう。全てはその後だ。腹が減ってはなんとやら、だ。


「えーと……、安全な食べ物が……無料で手に入って……安全で人気ひとけの無い場所!」


 自分で思考を固めるためにわざとそう声に出して、私は目を閉じた。


『無料』と定義したのは、この世界の文化がどんなものか知らないが、通貨を待っていないから。『人気の無い場所』は、私がぱんついっちょうだからである。異世界に来て早々、恥ずかしい思いはしたくない。



 意識の中に、虹色の輪郭で映像が浮かんだ。白黒映像が反転して、白い部分が虹色になったみたいだ。不思議な感覚。


 植物みたいな物が生い茂る映像がはっきりしてきて、その枝には果物らしきものがぶら下がっている。その近くにある、一本の木。根元が蔦や別の植物の葉で覆われている。そこが扉にちょうど良いようだ。


 これにしよう。


 そう思った途端、頭の中で何かが収縮したような気がして、目を開ける。見ると、目の前に葉っぱや蔦のぶら下がる、歪んだ三角形が現れた。



 ごくりと唾を飲んで、おそるおそる手を差し伸べる。


 蔦や葉っぱを掻き分けると、そこには緑色に光る別の空間があった。



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