第10話【始まりの終わり】

 朝食を終えて装備も整えた俺は、司令室のある通路を歩いていた。


 司令室の前まで来て、扉をノックしようとしたら部屋から人が出てくる。


 俺は、後ろに下がった。


 司令室から出てきたのは、アルウィンではなく女性だった。


 いや、女性に見えるだけで、男かもしれない。


 何故なら、アニュレ砦の騎士や兵士はすべて男だ。それは、ボルドローの趣味だったのだが。


 目の前の人物は、立派な紫紺の鎧を身にまとっていた。ただ、容姿はというと。


 葵色の長い髪に山吹色の瞳が、男にしては、妙に柔らかく輝いていた。


 気位の高そうな顔立ちには、薔薇のような雰囲気を感じる。


(アルウィンも見ようによっては、女に見えなくもない。あぁ、ボルドローの親衛隊は、皆こんな感じだったな……)


「それでは、失礼します。アルウィン司令」


 声は、女性だった。俺が知らなかっただけで、女性も配置されていたのかもしれない。


 俺は、ドアの向こうのアルウィンと目が合う。気まずそうな顔をするアルウィン。


「あぁ、後で、君の上官を紹介するよ。とりあえず自室で待機していてね」


 紫紺の鎧を着た人物は、アルウィンに頭を下げた。俺の方を振り向きもせずに立ち去った。


 俺は、その人物と、入れ違うようにして司令室に入る。


(なんだ、この感じ……花の香りか?)


 何度も入口の方を振り返って、さっきの人物の顔をもう一度、記憶に照らし合わせた。


 やはり見たこともない顔だ。この花の香りは、アルウィンの好きな花と同じ匂いだ。


「ねぇ? リシャール、何か勘違いをしてないよね。僕もボルドローと同じ趣味があるとか? 違うよ」


 アルウィンは、少し慌てたようすで力強く否定した。俺が、疑ってもいないことをである。


「見たこともない鎧を着てたな? あれは誰だ?」


 アルウィンは、言い訳のような言葉をつくろう。俺は、無視して、直球で質問してみることにした。


「あ、ぁぁ。あの人は、フェリシテ・タブラロトン。この度、アニュレ砦というよりは、ある新設騎士団に配属になったんだよ。着任の挨拶に来たんだ」


 アルウィンは、手元の資料を見ながら含み笑いを浮かべていた。


 何か、俺に伝えたいことがあるのだろう。こういうところは、昔から変わらず分かりやすい。


「そうか、興味はない。この黒曜の鎧を見て、俺に聞きたいことはないのか?」


 アルウィンは、わざとらしいため息を吐いて、ガックリと肩を落としている。


「もっと、他人に興味を持とうよ。まぁ、君をここに呼び出した理由を聞きなよ。それが、リシャールへの答えにもなるからね?」


 俺は、黙って頷いた。


 確かに俺は、呼び出された側だ。今は、黙って聞くべきだった。


「ここ最近の君には、大きな変化を感じるよ。悩みを持ったんだよね? 昔は、無感情を絵に書いたような人間だったのが、今は、自分の夢に渇望や迷いを感じはじめたってところかな?」


 アルウィンの満足げな顔に、腹立たしさと同時に少し嬉しさもあった。


「俺の望むもの? 貴族が、目指す死に方の美学のようなものかもな。俺は、生まれた。そして、生きたという痕跡が欲しい、のか……」


 アルウィンは、何度も頷いて相づちをした。


 俺の反応を観察するように、ノートに書き込んでいる。


 アルウィンは、調書をとっているように見える。しかし、どこか楽しそうである。


「もっと、視野を広げるといいかもね。リシャール、君を新設騎士団の団長に任命するよ」


 その軽すぎる口調に、驚きで声が出なかった。


 俺は、ボルドローの処刑を隠蔽した。アルウィンが、助けるつもりだった男も殺したのだ。


「俺は、ボルドローを助けようとしたんだが? アルウィンが助けようとしていた男をボルドローに偽装したんだぞ?」


 アルウィンは、微笑を一ミリも崩さなかった。俺の自白など歯牙にもかけていない。


「でも、最終的にはボルドローを処刑したんだよね。それならいいよ。男の方は、もとより助けるつもりはなかったんだ。ボルドローをかばった理由は、尋問で事前に知っていたけどね。正直、どうでもいい」


 アルウィンは、微笑を冷淡な顔に変えた。一瞬の変化であった。


「そんな裏切り者の話は、終わりだ。リシャール。君の副官を紹介したい。これから騎士団の団長になるんだからね。しっかりしてよ?」


 俺が、断るという発想はないのだろうか。英雄を目指すなどと目標を掲げたのだ。


 無論、断るつもりはない。


 アルウィンにとっては、あの男が守ろうとしていた家族など無価値な命なのだろう。


 俺もそれには、賛成だ。だからこそ、罪悪感もわかないはずなのだ。


「英雄への一歩か……」


 司令室の窓から見えるアニュレ峠は、陽光を反射しながらイストワール王国まで続いている。


 俺が英雄への道を進んでいけるのは、アルウィンという太陽のおかげだ。


 どこまでも、どこまでも、その道は、続くのだろうか。


 英雄譚は、無数にある。しかし、そのように生きた英雄や名将は、ひとりもいない。


 それならば。


 俺は、アルウィンという峠をこえて国を作ろう。その国に、太陽は登らない。


 何故なら、俺こそが太陽だからだ。


 すべての国民は、等しく平等に俺から与えられるのを待っているだけでいい。


 それこそが、俺の生まれた意味であり、死に方でもある。


 俺は、アルウィンの背中を見ながら野心を心のうちで燃やしていたのであった。


 第10話【始まりの終わり】完。

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