第6話 運命のゴング

運命のゴング。


軽快にステップを踏む前田。弘はいつものように愚直に前に出る。それを闘牛士のようにいなす前田。


その度に前田の応援団から歓声が上がる。


どうやら前田は、1ラウンドは様子を見るだけのようだった。


日本最短KО記録を狙うんじゃなかったのか?


弘がそう思った瞬間。


それまでのリズムから急にギアを上げて弘との距離を詰めた前田。


あっ!


弘が、しまった!と思った時、既に5、6発のコンビネーションを入れられていた。


ゴングが鳴って、まだ30秒ほどしか経っていない。


「ダウーーーン!」


コンビネーションの1発がまともに顎に入ったのか、弘が気がついた時には視界に床があった。


「1~!・・2~!・・3~!・・4~!」


もがくように立ち上がろうとする弘。


ニュートラルコーナーにいる前田。


余裕をかまして、お尻ペンペンのポーズをして会場が沸いていた。


クソッ!舐めやがって!こんな俺でもな・・こんな噛ませ犬ボクサーでもな・・・捨てちゃいけない・・・忘れちゃいけない・・プライドってものが・・・あんだよーーーーーー!のヤローーーーーーーーーーーー!


声にならない叫び声を上げながら立ち上がる弘。


100年に1人の逸材?


上等だよ!こちとら負けたら死ぬ覚悟が出来てんだよ!


「大丈夫か?」


レフリーの問いかけに大きく頷く弘。


床を踏み鳴らす音。


会場はいきなりの山場に大興奮。


美里さんが見てる。1ラウンドKO負けなんてしてたまるか!


足がガクガクする。1人で立っていられないくらいだった。なりふり構っていられない。反則スレスレのクリンチで前田にしがみつきダメージの回復を待つ。


なりふり構っていられない。反則スレスレのクリンチでダメージの回復を待つ。


ブーイング。


関係ない。負ける訳にはいかないんだ!


1ラウンド終了のゴングに救われる。前田が目指していた1ラウンドKOは叶わなかった。


1ラウンドは完全に相手にポイントを取られた。なんか顔がヌルヌルするなぁと思っていたら眉尻をカットしていた。



「いいか!弘!落ち着けよ!前田のボディ狙え!お前の得意な左ボディ!いいな!」


2ラウンド。


ダメージはまだ残っていた。クリンチで凌ぐ。


前田は茶化すように腰を振りながら弘を挑発していた。沸く観衆。


冷静に冷静に。


勝負でカッとなり熱くなると判断を誤る。無駄にキャリアを積んでいるわけじゃないんだ。


ラウンド後半。


ダメージが回復してきた。前田の足を止める為、左ボディを狙う。


“肝臓”


左ボディで狙う急所。肝臓を打たれ過ぎると体が思うように動かなくなる。


何故か?


人間にとって肝臓は重要な臓器の為、ここにダメージを負うと体中の血が修復しようとして肝臓に集まる。だから、体が動かなくなる。


徹底的に前田の肝臓を狙う。


えづき始める前田。フットワークが鈍くなる。


2ラウンド終了のゴング。


2ラウンドは辛うじて取ったか?


「いいぞ!弘!前田、ボディ嫌がってるぞ!続けろ!」


3ラウンド。


前田はボディが効いてきたのかガードが下がってきた。前田も腹を決めて足を止め、乱打戦を挑んできた。


スピードで上回る前田の連打が弘にヒットし出す。コーナーに詰められる弘。


前田の大応援団の歓声。


美里さんはどっちを応援しているのだろうか?


打たれながら頭に過る。


右の鼓膜が破れるのがわかった。


鼓膜を破かれると三半規管に影響が出て、平衡感覚が狂う。


ふらつく弘。前田のいける!という顔。


ラウンド終盤。


防戦一方になる。なんとか踏みとどまる。


前田も余裕がなくなってきたのか、もうふざけたパフォーマンスをしなくなった。


真剣勝負。


命を懸けたやり取り。


3ラウンド終了のゴング。


「弘!次、ラストだ!ラストラウンドだ!泣いても笑っても最後だぞ!倒せ!倒すんだ!」


トレーナーが朦朧としている弘に水をかけ頬に張り手する。


次がラストか・・・


お陰で意識がはっきりした。


美里さん、見ててくれ・・・


ラストラウンド。

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