第2話 ホームセンターはきついんです!

今日は久しぶりのホームセンターでの仕事を任された。

自宅から1時間電車に揺られ目的地にたどり着いた。

Gメンの勤務地は住居から1時間以上離される。これには意味がありGメンの安全面確保という名目だ。初心者の頃は1時間30分以上も離れた場所に行かされていた。

今は大体30分~1時間位の距離に配属される。


 万引きGメンの正式名称は【私服店内保安員】といって道路で交通整理をしている警備員と同じく警備会社に所属して行うのだ。

違いは法定研修の時間だろう。Gメンをやる為には30時間以上の法律の勉強が必要になる。警備会社自体は自宅から近いのだが顔を出すのは月に1度くらいだ。


駅から15分程歩き目的のホームセンターに到着する。

従業員用出入り口から入り店長を探すのだがこの時も実は気を付けなくてはならない点がある。店長、副店長と言った上役以外の従業員にGメンとバレてはいけない。この理由はまた機会があれば説明しよう。


店長に挨拶した時にアイテムを貰う。これは返却しなくてはならないのだが、店長との繋がりを示すアイテムで、緊急時の連絡がつけられる物だ。

両手で頂戴してポケットにしまう。


今日の服装は建築の職人さんが着る服だ。上下何とも言えない薄いエメラルドの服。靴は鉄板入り。この建築着は実は職人によっても変わる。とび職と言われる人はボンタンなど着るが今日俺が来ているのは現場監督などが着ている作業着だ。


ホームセンターと言ってもここは建築資材をメインで販売する郊外の大型店。来店客も建築関係者が多い。

服装のチョイスからGメンの成功の有無は始まっているのだ。


バックヤードから店内に入る。店の端から端までで500メートル以上はある。さらにホームセンターの厄介なところは店の外にもレジがある事だ。

先日の本屋と違いレジが複数ある。店の外には園芸コーナがありそこがこの店の最終防衛線になる。


万引き犯を捕まえる条件はいくつもあるが店の最終レジ《防衛線》を越えてから20メートル以上離れなくては声を掛けることが出来ない。


話はそれるがそもそも万引きと断定する為にはどうすればいいかご存じだろうか?

例えば店の中で商品をポケットにしまう。これは万引きになるか?

答えは『NO』だ。店内でポッケやカバンに商品をしまっていても声を掛けてはダメだ。 なぜかというと、「ちょっと手が塞がったからしまっただけ」「あとでレジに行くつもりだった」「別に万引きする気はない!」などと言われたらそれまでなのだ。


『万引きするつもりだった』かどうかなんて他人の心の中を読むスキルはこの世界に存在しない。つまり、行動を持って『万引きをするつもり』と断定する必要がある。

この事を法律用語で【不法領得の意志】という。


【不法領得の意思】とは、窃盗罪等の財産犯が成立するための主観的要件で、判例は窃盗等財産犯を犯す故意とは別に「権利者を排除して、他人の物を自己の所有物として、その経済的用法に従い、利用処分する意思」が必要である。

すなわち、不法領得の意思を持つ者は、権利者を排除して自らが権利者として振る舞う意思と、物を利用し処分する意思がある者のことを言う。

このように、「振る舞う意思」と「利用処分意思」のどちらかが欠けている場合には、その者には不法領得の意思がないということになる。

たとえば、他人の者を一時的に使用してすぐに返還するつもりである者の場合、利用処分意思は認められますが振る舞う意思まではない者ということになるのだ。


簡単に言えばポッケやカバンに商品しまって外に出たらだれが見ても盗る気だったって言われてもしゃーないよね! という意味だ。


少し真面目な話をしてしまったが、こういう事を法定講習で学ぶのだ。知った知識を披露したくなる。誰だってそういう気持ちはあるだろ? 今回は勘弁してください。


店内に入り俺はスキル【感知】を発動させた。不審な動きをする者が居れば瞬時に察知できる。感知の範囲は視界に入る範囲だ。店内を歩きながらついでに置かれた商品を確認する。どこに何があるか、どんな配置で置かれているか。

どんな客層が今店の中に居るのか。些細な情報でも貴重だ。


今のところ不審なスキルを発動している者はいなそうだ。

まだ時間は午前10時さすがにこの時間は万引き犯は少ない。

人が少なければ目立つ。これは万引き犯の心理だろう。人が多くなってくる時間に出現する事が多い。

常時スキル発動は俺も流石に堪える。一旦【感知】発動を止める。

そして精神回復系でもあり、万引き犯からの警戒も避けられる万能スキル【思考停止】を発動した。12時位まではこのスキルを使いブラついているだけで問題は無いだろう。


時折店外に出てコーヒー片手に煙草を吹かす。

完全に疲れた労働者の振りが出来る。これも常時発動型スキルの【擬態】がなせる業なのだ。

レベルが上がれば更なるスキルを獲得できるだろう。25年近くGメンを生業とする先輩は最強スキル【サボってても見つけられる】というスキルを手に入れたという。

もう何言ってるか分からなかったが、その先輩は稼いだ金でアイテムの最高峰〖自家用車〗を購入した。そして車の中から寝そべりながら出入りを確認しているそうだ。

【感知】のレベルもカンストしていて【超広範囲感知】が使えると豪語していた。

だとしても車で寝そべっているのはどうかと思うが検挙率の高さから真実なんだと思う。


昼時になり客も増えてきた。【思考停止】を解除して【感知】を発動させる。

店内に入る為の入り口が複数あるホームセンターでは、本屋のように入り口で見張る事が出来ない。店内を巡回警備する作戦で万引き犯を【感知】に捕らえる作戦で行動していた。


その時店内アナウンスが流れる。

『本日もご来店誠に有り難う御座います。4番高橋さん内線23番にお客様からご連絡です』


その内線を聞いて俺は戦闘体制に入った。

【探知】【高速移動】【無音】【隠密】【身体能力向上】スキルを同時展開させる。

このアナウンスは隠語なのだ。

『4番高橋』は万引き疑いの人物を見つけた。

『内線23番』は23と書かれた柱のある棚。


つまりこの店の23番はカー用品売り場だ。店を横に走る少し広めの通路を挟んで左右に商品棚が並ぶ。23番の柱の前には都合よく通路に商品が置かれている。

店の中を大きく周り素早く中央通路に置かれた商品棚にたどり着く。

商品の隙間から23番通路を覗き込むと1人の男が商品物色していた。

【鑑定】をすぐさま使う。


――10代後半の男

年齢は10代後半

作業着を着ている。多分土木系の職人だろう。

挙動は時折不審。

手には商品が手に取られている。内容は不明。

右利き

商品を入れられるようなカバンは無し


手に持っている商品が隙間からでは見にくい。

【望遠】のスキルを使う。目を細め集中するとどうやらカーソケットを保持している事が分かった。

左手に商品を持ち、だらんと垂らしている。右手は商品を物色している。

おもむろに胸のボタンを外し始めた。そして左手に持っていた商品を右手に持ちかえる。


少しキョロキョロし始めた。【探知】を使い周囲を探っているようだ。だがまだレベルが低いのだろう。スキル発動に挙動が目立つ。

近くで見ている俺に気付いていない。【隠密】を発動しているのもあるがそれでもまだまだ甘い。


場所を移動することなくその場で上着の中に商品をしまった。

すぐさま時計を確認して時間を調べる。


商品を手に取った時間は不明だが23番通路には防犯カメラがある。捕まえた後に確認すれば問題ないだろう。

すると万引き犯はスキル【高速移動】を使い一目散に出口を目指した。

今回は1点のみの隠匿だ。

店外に出ていくのを確認だがまだ声は掛けられない。

ホームセンターの難しさは声を掛けるタイミングにある。

最終レジを突破。最後のレジを出て左に曲がった。

俺は【縮地】を使い一気に距離を詰める。

最終レジを越えて左側を見ると駐車場に向かっていた。


「やっぱり車か! 急がなきゃ」


【縮地】では追いつけない。アルティメットスキル【超加速】をプラスで発動し扉に手を掛けている万引き犯に声を掛けた。


「はぁはぁ、お客さん、あ、あのはぁはぁ。お会計、はぁあの」


息も絶え絶えで言葉が出ない。逃げられないように服を掴んでいるが疲れのせいか握力が弱い。抵抗する素振りもしないのでそれは助かる。

そのまま事務所に連行して今回の逮捕劇は幕を閉じた。


だが今回まで無抵抗が続いているのは奇跡だ。次の万引き犯は一苦労ある事をまだ知る由もない。

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