ボビンドロップス

牛久 禍

プロローグ 逃げ出した先に

「無駄な勉強などない」という言葉は皆さん一度はお聞きになったことがあるだろう。現時点で高校生である俺からすれば、そんなもの只の舌先三寸、綺麗事、根性論にすぎない。読者諸君の中にはこの言葉を聞いて、やかんのようにピーピー言う方もいらっしゃるだろうが、そんな輩には社会生活で漢詩文法をいかにして使うか小一時間問いただしたい。

 しかし、そんな俺の論理的思考に基づいた学説は世間一般では言い訳と言われているようで、今日も今日とて麗しきクソ教師様たちから頂いた有難き課題と言う名の資源ごみを抱え、帰路に着くのである。ああ、社会システムに呪いあれ。

 さて、そんなこんなで長い長い緩やかな下り坂を重たいママチャリでえっちらおっちら下っている最中であるが、自分は家族とは不仲であるとしか言いようがなく、現在絶賛寄り道できる店を探している最中だ。現在家まであと10分。このまま寄り道は失敗かと、田んぼしかない直線を進行していると、見慣れない看板が目に入った。

 「……ん?」

 緩やかにブレーキをかけ、静止してよく観察してみる。そこには、店の場所を示す矢印と筆記体の小洒落た店名が書かれている。ご丁寧に店名の振り仮名が振ってあった。

 「ロウダー・デュ・ヴァン……?」

 店名からはどんな店か想像もつかない。ならば外観で判断してやろうと矢印の方向を見ると、レンガのような色をした屋根に、ドーバーの絶壁のごとく白い外壁。小さな窓と大きなステンドグラスがはめ込まれている、田園風景より江ノ島や沖縄の風景が似合いそうなオシャレな建造物がぽつねんと建っていた。

 果たしてこのような建築が存在していたかと脳内ハードディスクにアクセスしてみると、ああ、成程。確かに数ヶ月前に建設が進められているのを目撃していた。周りが田んぼだらけの中、一箇所だけ売られている土地を買い取るとは、相当な物好きに違いないと思っていたが、店の外観を見ると、物好きの中の物好きであると見える。こんな田舎より、もっと都会に店を出すべきだったろう。

 そんなことを考えながら、ママチャリを再び漕ぎ出し、店の前の駐輪スペースに停車する。もうこの際なんの店でも良い。俺の寄り道欲を満たしてくれ。そんなことを思いつつ、木製のウェザリング加工がされたアンティークな扉を開ける。








―扉を開けた途端、俺は恋をした。壁にかかっている薄手のカーディガンに夏物のワンピース、棚に陳列されているズボンやスカートや靴下、そして、奥のレジ横に置かれている古めかしい足踏みミシンを動かす……


「いらっしゃい。」


 妖艶な笑みを浮かべる、垂れ目気味の美女に。

 

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