第10話 オネエの店名

 つくし達兄妹が、イ・バラキに引っ越してから2ヶ月が経つ頃。さくらの容体は安定し、なんと心臓のドナーも見つかっていた。このまま体調が安定すれば移植の日も遠くないだろう。



 赤間はというと、ヘビードッグ戦での傷を癒やすため、しばらくの間、安静にするよう言われていた。フグオカ県知事のこともあり、ルールの見直しと徹底のためプリフェクチャーバトルが一時、停止していたのだ。

 左腿を撃たれ、脇腹を刺されるという大怪我を負った赤間は、全治3ヶ月を言い渡されていたが、脅威の回復を見せ、ほんの1ヶ月で退院。つくしはその回復力に唖然としていたが、太一はベニさんだからの一言で済ますようになっていた。





 退院してからの赤間は、店の開店準備に追われ、大忙しだ。

 まずは店内の内装。これは入院中から太一を通して業者に指示を出していた。外装が木目調ということもあり、店内もそれに合わせた昭和レトロな喫茶店風の内装になっている。4人がけのソファ席が6席と、奥に6人がけのバーカウンターが作られた。バーカウンターは、内装に浮かないようテーブルと椅子にこだわった。

 働く自分が言うのもなんだが、かなりオシャレな店内だと、太一は思った。



 店で提供する食材や酒類も、手配しなくてはならない。これは赤間が元々働いていたオネエバーのツテを利用して、知り合いの業者に頼めることになった。ありがたいことに、喜んで協力を申し出てくれたのだ。

 それは、赤間がベニとしてオネエバーで働いていた頃、何度も通ってくれた佐藤という客である。佐藤は農家の家系で、米や野菜、果物などさまざまな作物を作っている。赤間は店で佐藤に自分の店を持ちたいことを話しており、佐藤は自分が食材の手配をしようと、約束してくれていたのだ。


「ベニちゃんの夢だったからね! 喜んで取引させてもらうよ!」

「ありがと佐藤さん! お店はしばらくお昼だけの営業だけど、いずれ夜も開ける予定だから、ぜひいらしてくださいね」

「楽しみにしてるよ」


 開店して初めの内は夜の営業は行わない。プリフェクチャーバトルの間、夜間営業は人手が足りないからだ。そのため、バトルに勝ち進んでイケメンが増えてきたらバーも開店する予定になっている。





「……で、今日は何で俺ら呼び出されたんすか?」


 開店をまもなくに控えたある日、太一とつくしは赤間に呼び出され、店に来ていた。太一はアルバイトの傍ら赤間の店の手伝いをしていた。今日は1日オフの日だったので、お昼まで寝ていようとしていたところ、急に呼び出されたのだ。眠い目を擦りながら、電車に揺られ赤間の店に来ていた。


「今日はあなた達にお願いがあって来てもらったのよ」


 スラッとした美丈夫には似合わないこの口調には未だに慣れない。見た目と耳からの音に違和感を感じながら太一とつくしは赤間の話に耳を傾けた。


「お願いって何でしょうか」

「それはね……」


「お店の名前を考えて欲しいのよ!!」


 い、今更すぎる。外装工事から今までの間に一体どれくらいの期間があったと思っているのだ。入院しながらも業者の手配をしていたほどにこの店のことを考えていたはずなのに、肝心の店名が決まっていないというのか。太一はツッコミたいと思ったがひとまず止めることにした。きっと何か考えがあって今まで決めていなかったのだろう。そうでなくては、ただの考え無しじゃないか。


「今まで候補とか考えてなかったんですか?」


 言葉を選びながら赤間に問うと、赤間から今まで決めてこなかった理由が語られた。


「この店は私だけで始まるわけじゃわないからね。あなた達の意見も取り入れて決めたいと思っていたのよ。何かいい案はないかしら」

「んー、そういうことなら俺らも考えるっす。……そうっすねー、喫茶紅蓮隊とか格好良くないっすか」

「嫌いじゃないわ。でも店の雰囲気とは合わないかもしれないわね」

「じゃあ、倶楽部ベニでいいんじゃないっすか? 響きもおしゃれっす」

「悪くはないわ。でも夜の店感が凄まじいわね」

「じゃあONE-PIECEオネーピース

「怒られるわよ」

「……じゃあ何がいいんすかもうー! つくしさんも何か言ってくださいよー!」


 赤間と太一のまるで漫才のようなやり取りを眺めていたつくしは、一瞬目を点にして固まった。まさか突然自分に話を振られるとは思っていなかったのだ。つくしは固まった後すぐに口を開き、思いついたアイデアを話し始めた。


「そうですね。【緋色】というのはどうでしょう」

「ヒイロ?」

「緋色です。スカーレットの和名ですね。ここはベニさんのお店ですが、我々が出会うきっかけになったのはプリフェクチャーバトルでもあるので、バトルネームをかけてもいいかなと思いまして」

「へえ、いいじゃない」

「それに、響きが英語のHEROみたいじゃないですか。2人は僕たち兄妹にとってヒーローのようなものなので、このお店も誰かにとって前向きになれるお店になれたらなと」

「いいじゃないっすか! 俺は喫茶緋色いいと思います!」

「2人がそういうなら、喫茶緋色に決めましょうか。早速看板を手配するわ。開店までもう少しよ!」



 店名も決まり、開店準備も順調に進んできた。赤間の夢だった自分の店が開くまで、あと残り数日となる。3人で料理やデザート作り、ドリンクの作り方の練習を重ねた。満足のいくまで試行錯誤を繰り返し、完成されたメニューはまだほんの少ししかないものの、店を開けるには十分なレパートリーと言えるだろう。



 そして、とうとう喫茶緋色のオープン初日を迎えるのだった。

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