第5話 インターバル

「桃莉、こっちこっち!」

「ああ」

「さっきの試合すごかったね、ズバーンって! ま、最初は見てて何が起きたのかわからなかったけどさー? そうそうそう、あの時のあれもね――」


 と、湊は興奮気味に身振り手振りでまくし立てた。それは途中から何を喋っているのか分からないほどに。


「当然だ。まだここは通過点に過ぎないからな」

 それは彼女の視線を振り切るように言ったはず、なのだが。


「あらまあ。さすが、桃莉さんは常に冷静でいらっしゃいますこと。不肖ふしょう、わたくしも見習わなければなりませんわね!」


 その物言いに思わず振り向かずにはいられなくなる。


「あー? お前、どこかで頭でも打ったのか?」

「え、ひどおおっ!?」


 そんな中、明らかに張った声と共にこちらにやってくる者がいた。


「やあやあ大川、探したよ! いや違うな……桃莉君っ!」

「お前は……雉岡きじおかか?」


 先ほど勝負を決したばかりの彼は、黒いストローハットを片手に会釈えしゃくをする。試合後にこうして話し掛けてきた対戦相手は初めてだ。雉岡は隣にいた湊に視線を向けている。


「初めまして、お嬢さん。ほう……! 君は綺麗な瞳をしているね。そう、まるで宝石のような輝きを誇っているようだ!」

「えっ……あ、その」

 湊は右目を覆うようにそそくさと前髪をいじりだす。


「うん? どうして隠すような事をする必要があるんだい? もっとも、君はそれを差し引いてもとても素敵だけどね!」


 やはり湊にとって触れられたくない部分なのだろう。ついにはうつむき口を閉ざしてしまった。

 彼女を背にするようにして雉岡の正面に立つ。


「おい、俺に用があるんじゃなかったのか?」

「ああ。なんと、僕とした事が。ついうっかりしてしまうなんて!」

 大げさに頭を抱えるポーズが、いや、その動きのすべてが一々芝居がかっていてやはり鼻につく男だ。

 彼はそのまま髪をかきあげるような仕草をする。


「他でもない、桃莉君の強さの秘密を知りたいと思ってねぇ!」

「は?」

「それでね、君に付き従いそのヒントを得たいと思っているんだよ!」

「馬鹿言うなよ、そんなもの断るに決まってるだろ!」


「まあまあ」と言いながら、彼はこちらに向けて両手で制するようなジェスチャーをする。


「ああいや、いいんだよ? 僕は別段、許可をいに来ているわけじゃないんだからねぇ。そうだな……これはこの雉岡宗の発した、一大宣言だと受け取ってくれればいいっ!」

「は、はぁ……?」

「それではお邪魔したね、桃莉君とさん。どうか、良い一日を過ごしてくれ! ではまたお目に掛かろう!」

 相変わらず格好をつけて帽子を被ると、雉岡は颯爽さっそうと立ち去っていく。


「あいつは一体なんだったんだ……?」

「ふっふーん。今の人、桃莉が一番苦手にしそうな人だったよねっ?」

 背後にいた湊がひょこっと正面にまわってきた。前髪を元通りに整えた彼女と目が合う。先ほどとは違い、どうも上機嫌な様子で満面の笑みを浮かべていた。


「お前、なにか変なものでも食べたのか?」

「いーえ~? でも本当、桃莉はへん……個性的な人に好かれるよね?」

「どうしてだろうな……」



 それから彼女とは別行動を取り残った試合を観戦していた。次に当たるだろう対戦相手の事を知りたかったのもあるし、あの二人の様子も見ておきたかった。

 今日の日程をすべて終える頃には日が落ち始めており、場内も人がまばらになっていた。


「――大川桃莉さん、ですね」

 明日に備え帰り支度をしていると、後ろの方から何者かの声が飛び込んでくる。

 そちらを見やるとそこには和服に身を包んだ長身の女が立っていた。


「そうですが……?」

「わたくし、犬神紫苑いぬがみしおんと申します。桃莉さんの試合を拝見しましたところ、大変素晴らしいなと感服致しました。つきましては一度ご挨拶をさせて頂けたらと」


 世辞か、褒められているのか?

 犬神からは一切の表情を伺う事ができない。まるで仮面をつけているようなそんな印象が強い。


「それはどうも。話と言うのは?」

「はい。明日の試合、桃莉さんとご一緒する事になりましたので……」

「ああ、そういう事か。よろしく頼む」


 犬神と握手を交わす。彼女の口元はわずかに弧を描くも、その表情は依然と冷たいように思えてならない。


「それでは、お互いに健闘を。これにて失礼致します」



 そういえば、大会出場者は男限定のはずだ。

 となると犬神はおとこなのだろう。だが同時に彼女おんなのような外見でもあった。気にはなるが本人にそれを尋ねるのも失礼にあたるような気がしてならない。

 帰りの道すがら、期せずしてそれについて思い悩む事になった。

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