第12話

 アダレイは行方知れずとなり、わたしとタリアの役目は、わたしたちよりも年下の別の子供たちに受け継がれたようです。

 季節は冬になり、村は雪に閉ざされました。わたしは、雪をかき分けてキャベツを収穫する仕事を回されて大変だと嘆きましたが、母は、体が大きくなった証拠だと喜んでいました。

 アダレイは別の村に逃れたのだろうか、一人だと冬を越せないだろう、と時折思い出しもしましたが、どうしようもありません。ほかにも考えました。あの人は小屋でどうしているだろう、と。

 あの日、タリアとわたしは恐ろしさに逃げ帰りましたが、考えてみれば、こわがることはなかったんじゃないかと思えてきました。わたしの村では土葬しかしていなかったので、死体を焼くというのは異常なことでしたが、なにか事情があったのかもしれないし、ペールは悪いことをして罰を受けたことは、なんとなく大人たちの雰囲気から察しました。その時は、ペールがなにをしたのかをはっきりと理解できていたわけではなかったのですが、なにか恐ろしいことをして殺されたのだということは、受け入れていました。

 殺したのがあの人であってもそうでなくとも、罰は罰です。彼のことは同情するに値しない、死体が焼かれても恐ろしく思う必要なんてないし、あの人はずっと優しかったじゃないか、そう思いました。逃げてしまったことが申し訳なくなりました。

 もう一度、あの人と会って話したいと思いましたが、ほかの人に知られてしまうことを恐れて、踏み出せませんでした。村長の言いつけは絶対だと思っていたからです。村長は穏やかな男性で、わたしが知る限り、父や伯父とは違って暴力とは無縁でしたが、みんな彼の言葉に従い、悪口を言う人もいなかったので、そういう尊敬されている人には従わなければいけないと刷り込まれていたんです。そういう従順さが、わたしが役目を負わされた理由だったのでしょう。

 ある日、雪かきが間に合わずに台車が道を通れないので、ほとんど凍っているキャベツを抱えて畑と倉庫を往復している時、林の中から、二人の男性がくっついて足を引きずるように出て来るのに遭遇しました。

 わたしは、ペールが林から出てきた場面を思い出し、手袋をしていても凍りそうな手と一緒に心も凍ったような心地がしました。

 しかし、その見知らぬ男性二人はその場で倒れてしまったので、わたしの呪縛はすぐに解け、大声で仲間を呼んで助けを求めました。

 その二人は、ほかの村から来た旅人だったそうです。二人は、医者に一番近い存在だった教師の家に運び込まれ、治療を受けました。若いほうは割と元気だったのですが、中年のほうは足が凍傷になっていて、腐り落ちかけているという話でした。若者は、指を切ってもいいからなんとかしてくれと懇願し、寝かされた中年は、熱も出ているようで、うめくだけでなにも言いませんでした。

 よそ者を珍しがって、いろいろな人が家に押しかけてきました。その中には、タリアもいました。

 あの日以来、タリアとわたしは、お互いに恥ずかしいところを見合ってしまったようで、なんとなくさけるようになっていました。しかし、わたしはほかの人とはない、妙な連帯感のようなものも感じていました。タリアはどう思っていたかはわかりませんが。

 タリアは、わたしのことは完全に無視して、ヒューと名乗った若者に、どこから来たのかとか、二人はどういう関係なのかとか、質問攻めにしました。

 ヒューは、聞いたこともない土地の名前を答え、彼とは友人だと答えました。言葉少なで、あまり積極的に答えたくなさそうでした。しかしタリアは食い下がり、ずっとそばで付き添っていても気が滅入るだけだから、治療は先生に任せてわたしと話そうとか言って、ヒューを引っ張って行ってしまいました。

 その様子を見て、わたしは最初、タリアは若者のことが気に入って、いつもは無口なのに突然積極的になったのかと思ったのですが、どうやらそうではなかったようです。

 翌日の夕方、わたしの家にタリアがやってきました。そんなことは初めてでした。タリアは、わたしに話したいことがあると言い、わたしの手首を引っ張って裏道に連れて行きました。

 タリアは、ヒューから聞いたという話をまくしたてました。

「彼の町には博物館があって、昔のものがたくさん飾られてるんだって。この村から出てきたものもあったと思うって言ってた。この村は、遺跡の発掘場所としてそれなりに知られているらしいんだけど、恐ろしい守護神に守られているという伝説があって、発掘隊が送られることがためらわれているんだって」

 戸惑ったわたしが「はくぶつかんってなに?」と尋ねると、タリアは軽蔑したような目でわたしを見ました。見慣れた表情です。感じが悪いなといつも思いましたが、タリアは人を馬鹿にせずにはいられない性格なのだから仕方ないと受け入れていました。

「博物館っていうのは、いろいろな昔のものとか珍しいものを集めて飾って、みんなに見てもらうための場所。そうすることで、知識を共有するんだよ」

「ふうん。学校みたいなところってこと?」

「違うけど、まあそう思ってもいいわ」

「タリアは、どうしてそんなことを知ってるの?」

「先生とか村長とかブンキさんとかにいろいろ質問して教わってる。特にブンキさんは、昔別の町で暮らしていたことがあって、いろいろ知ってるの。無口だから自分からはなかなかしゃべってくれないけど、熱心に質問したり、親切にしたりして、話してくれるようになったんだ」

 どうしてタリアがわざわざそんなことをするのか、その時のわたしにはまったく理解できなくて、やっぱりタリアは変わっている子だなと思っただけでした。

 タリアは話を戻します。

「守護神っていうのは、あの小屋にいる人のことに違いないと思うの。あの小屋の人は、ほかの土地の人にも知られているんだよ。でも、正体がなんなのかはわからない。あの人の正体を暴くためには、外から人を連れて来るしかないんだよ」

「どうしてそんなことを僕に言うの?」

「あの人に会ったことがあるからに決まってるじゃない。あの人のこと、好きだったんでしょ」

 わたしは驚いて答えられませんでした。

「好きな人のことを知りたいって思わない?」

「別に好きじゃないけど。なにが言いたいの?」

「わたしたちで村の外へ出て、あの人のことを外の人たちに話すんだよ。直接会ったことのあるわたしたちが話せば、必要以上にこわがらずに、興味を持って調べようとしてくれる人が見つかるかもしれないよ」

「なに言ってるの? 村の外へ出るってこと?」

「あのヒューって人に連れて行ってもらえば、出られると思うんだ」

「そんなの無理だよ。僕たちはまだ子供なんだし、父さんと母さんだって」

「永遠に帰らないわけじゃないんだから。とりあえず外に出てみるだけだよ。それにわたしたち、もう大きいよ」

 タリアはわたしを説得しようとしましたが、当時のわたしには到底受け入れられるような提案ではありませんでした。そもそも、あの人のことをほかの人に調べてもらうという発想がわたしにはありませんでしたし、タリアのことは嫌いというほどではありませんでしたが、好きではなかったからです。好きでもない女の子と、よく知りもしない大人と三人で村を出るなんて、あり得ないことでした。

 わたしの拒絶を受け、タリアは諦めて帰りましたが、わたしの想像を超えたタリアの発想は、タリアへの複雑な尊敬と忌避感を与えました。

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