第6話

 タリアがあの人とわたしが仲よくするのをよく思っていないのはわかっていましたが、好奇心のほうが勝りました。

 わたしは、昼ご飯に母が持たせてくれた麦ごはんのおにぎり二つのうちひとつを残しておきました。

 これどうぞ、と差し出すわたしに、あの人は少しも腕を動かそうとしませんでした。

「ありがとう。でも、いらない」

 わたしは相変わらずなにもない室内を見回してから言いました。

「食べ物はなにが好き? なにもないけど」

「ないよ」

「ない?」

「それが嫌いなわけじゃないの。でも、わたしには必要ないから、あなたが食べて」

「わかったよ。いつもここになにもないから、食べるものがないんじゃないかって思っただけなんだ」

「ありがとう。でも大丈夫」

「……あのさ、あなたは人の心が読めるんでしょ?」

 タリアがとめるかと思いましたが、意外にも彼女は、出入り口のところに立って黙ったままでした。

「うん」

 あの人は、あっさりとうなずきました。

「……僕の心も読めるの?」

「うん」

「僕のこと、嫌いになってない?」

「まさか」

「よかったあ」

 わたしはほっとして、思わず膝で彼女ににじり寄ります。

「今、僕がなにを考えてるか、当てられる?」

「できるよ」

「じゃあ、当ててみて」

「お友達のリョウくんの家で飼っている犬のことを考えている」

「わあ、当たった!」

 手を叩くわたしを彼女は、表情を変えずに見続けました。

「お父さんとお母さんのことも考えてるね。お父さんがお母さんを殴っている?」

「そんなこと考えてないよ」

 わたしは混乱して、腹を立ててしまいました。

「嘘つかないでよ。変なこと言うやつは嫌いだ」

「ごめんね。許して」

「いいけど、友達なら、なにかしてくれないと嫌だよ」

「なにかって?」

「例えば……なにか大切にしてるものをくれるとか。木の実とか、化石とか、そういうの」

 わたしは意地悪な気持ちになり、そう言いました。本当はなにもほしくなかったのに。

「わかりました」

 彼女はうなずき、床板をはずし始めました。床下から取り出したのは、手のひらに載る大きさの、羽を広げた奇妙な鳥か虫のような形をしたものでした。白に赤茶色のまだらがついていて、薄汚い印象。いくつも取りだされたそれは、床に置かれてコトンと硬そうな音を立てました。

「これをあげる」

「なに? これ」

 わたしは、触る勇気が出ませんでした。

「蝶形骨。わたしが大切にしているものは、これしかないの」

「やっぱりいらないや。タリア、もう帰ろう」

 わたしは急にこわくなってきて、そそくさと小屋をあとにしました。

「ねえあれ、なんだったと思う?」

 とタリアに尋ねてみると、タリアは首を振り、「わからない」と言いました。

 無表情のタリアは、なにを考えているのかよくわかりませんでしたが、その時のわたしは、自分と同じようにこわがっているのだと思い込みました。


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