「チェックメイトです」

 夜狐は刀を構え、魔妖の正面へと迅雷の如く突っ込む。それを余裕そうに受け止めようとした魔妖だったが、彼が突然目の前で足を止め、横へと跳び、キラリと光る刃を魔妖の横腹付近に向けたため、先程とは違う動きに戸惑いを見せる。だが、なぜか防ごうとはせずそのまま受けてしまう。


「────そう簡単には、いかねぇか」


 ガキンという、固いもの同士がぶつかり合う音が響くだけで、彼の刃は魔妖の体を貫通することはなった。

 それでも力を緩めず斬ろうとするが、石より硬い肌で受け止められてしまい、勢いが緩んでしまった刃などでは通ることはなく、ガタガタと音を鳴らすだけになってしまった。


 夜狐が上を向くと、口が耳まで裂けていると思わせるほど横へと広げ、笑みを浮かべている魔妖が楽しげに見下ろしている。その次の瞬間、彼の体が勢いよく蹴り飛ばされ、屋上の柵へと大きな音を立ててぶつかってしまう。


「東雲君!!」


 走り出そうとした綾華を、雀が腕を掴み止め首を振る。

 今綾華が向かったところで意味はなく、逆に魔妖のターゲットが彼女に移ってしまう可能性があるため、迂闊に動かず様子を見ようと静かに伝えた。


 柵に飛ばされた夜狐は、背中を強打してしまったため、すぐに立ち上がることが出来ていない。

 鉄製のはずだが、柵は凹んでおり、次に同じ勢いでぶつかってしまえば折れてしまい、外へと投げ出されてしまうだろう。


 頭もぶつけてしまったらしく、血が滴り落ち地面を染めていく。その表情は苦痛に歪んでおり、痛みと蹴り飛ばされてしまったことによる屈辱が今の彼を動かす。


 膝に手を付きゆっくりと立ち上がるが、それを待ってあげるほど魔妖は優しくない。

 瞬きをした一瞬で夜狐の正面まで移動し、爪を振り下ろそうでした。だが、それは美咲輝からの弓矢によって叶わず、振り上げた腕に光の弓矢が突き刺さる。


「早く立ってください」

「わぁっとるわ!!!」


 刀を地面に突き刺し立ち上がる。だが、背中に大打撃を受けてしまったため、まだ力が入らないのだろう。少し体がふらついている。それでも、刀と鞘をいつもと同じ構えをし、魔妖に向けて刃を振るう。


 正面から刃を突き刺そうとしても、簡単に避けられてしまうため、今度は美咲輝と一瞬だけアイコンタクトを取り、右へと走り出した。


 魔妖は笑顔のまま、夜狐の行く道を見続けている。すると、3本の弓矢が美咲輝から放たれた。

 もう同じ手は食わないというように、右手を即座に大きくし、放たれた弓矢を全て跳ね返す。

 カシャンと音を鳴らしながら払われた弓矢は折れてしまい、薄くなりその場から姿を消す。


 それでも美咲輝は弓矢を放ち続けた。


 3本、4本、5本──徐々に1回で放つ本数を増やしていく。


 それを全て弾いていた魔妖だったが、眉をひそめ、面倒くさそうな表情を浮かべながらその場から歩き出し、美咲輝へと近づこうとする。

 その行動に彼は、薄く笑みを浮かべた。


「ターゲットが移りましたよ、東雲先輩」


 弓矢を放つのを辞めてしまったため、魔妖は徐々にスピードを上げ走り出す。

 腕を2本から4本に生やし、その新たに出てきた爪も全て鋭く、掠っただけで肉がえぐれてしまいそうな程だ。


 早いスピードで迫ってきているはずなのだが、美咲輝は余裕の笑みを口元に浮かべ動こうとしない。


「チェックメイトです」


 彼がそう口にした瞬間、魔妖の真横から急に刃が振るわれた。だが、それに対し少し目線を送るだけで、どうせ斬れないだろうと言いたげに彼に狙いを定め刃は放置する。だか、その判断が魔妖を葬ることが出来る最大のチャンスとなった。


 放たれた刃は、なぜか先程より高温になっており、炎を纏っている。


「はぁぁああああ!!!!!」


 そんな刃を、夜狐は鞘を捨て両手で掴んでおり、腕力と炎により魔妖の首を切り飛ばした。空中を舞った。


 首からどす黒いモヤがたちこめ、血なまぐさい匂いが先程より濃くなり、思わず眉をひそめ、鼻をつまみそうになる。


 驚いた表情を浮かべた魔妖の顔が地面へと転がり、残された体は、力を失いその場に崩れ落ちた。


「これにて、魔妖討伐、完了だ」


 そんな姿を夜狐と美咲輝は見届け、疲れたようにそう呟いた。


 その言葉に答えるように、雀が再度リングを弾き、異空間から4人を元の世界へと戻した。

 夜狐は周りを見回したあと、相当体力が削れていたらしく、「つっかれたぁ」と叫びながらその場に崩れるように座り、雀は心配そうに近づき傷を見始める。

 美咲輝も少し疲れたようで、その場に片膝をつき、額から流れている汗を拭く。少しだけオールバックが乱れており、前髪が下がっていた。


「今回の魔妖は、大変でしたね……。まさか、東雲先輩が炎を扱うことになるなんて……」

「仕方がねぇだろ。簡単に斬ることができなかったんだからよ。それに、これは俺1人じゃ無理だ。雀がいたからできたことなんだよ」

「そんなことはないさぁ。たまたま私の魔力が炎だっただけ。それを纏うことが出来たのは、夜狐の魔力のおかげさ」


 夜狐は、普通の刀では魔妖を斬ることが出来ないと察し、少し時間を貰うため美咲輝にターゲットを移した。その際に、雀が夜狐へと近づき、自身の魔力である炎属性を刀へと放ち、夜狐の魔力であるで纏わせた。


 普通なら、夜狐の魔力は役に立たず、ただの人間と変わらない。だが、近くに属性を持つ人間がいれば、その属性魔力を利用し、自身や武器に纏わせることが出来る。

 今回は雀が炎属性だったため、刀に纏わせ、熱と腕力で魔妖の首を切り飛ばしたのだ。


「とりあえず、お疲れ様です」

「あぁ。まぁ、まだあと二体、残ってるみたいだけどな」


 そう口にした夜狐の目線の先には、綾華が泣きそうな顔で座っており、彼の傷の心配をしていた。

 視線に気づいた彼女は、首を傾げ「え?」と、言葉をこぼす。


「このままぶっ続けは厳しいがやるしかねぇ。おめぇの母親の内に住み着いている魔妖を斬りに行くぞ」


 その言葉に、綾華は思わず大きな声を出してしまった。


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