第6話 夢か現実か

 ユリさんが出かけたあと。一段落ついたタイミングで私は、この体の記憶を元に、この世界についてと、自分の今の状態を再確認することにした。 


 いま生きている世界を認めて、『現実』と仮定するなら、ここは前世界と同じ地球であることは確かだと思う。


 窓から入る日光、つまり太陽が同じ様に見えて、水も空気もある人間に適した惑星は地球くらいだろうという考えからだ。


 まぁ元の世界の大陸配置とかなり異なるから、地球と似た惑星である事も考えられるが、正直どちらでもいい。


 重要なのは、似た土地でも私が育ってきた地球とは、常識がかなり違うこと。


 例えば、さっきユリさんとの会話でも出来てきた魔族。私の世界には魔族など存在してなかった。


 そして、人間が使う魔術という神秘。


 歴史を紐解けば、そもそもの発端は人間が原因である。


 この世界の人間の文明は、魔術と共に発展してきた。


 魔術は、前世界では物語上に描かれただけの空想の産物であったが、ここでは実際に生活を豊かにするために活用され、そして……戦争の道具としても利用されてきた。

 

 今から約900年前の太陽暦800年代後半。その当時、世界は1つの大帝国に支配されようとしていた。


 大陸東側を手にした皇帝は、大陸全土の支配に目が眩み、禁断の魔術に手を染める。その当時の帝国の国民半数以上を生贄に、行われた大規模召喚魔術によって、呼び出された別次元(魔界)の者達……それが魔族。


 魔族は、人間同士の戦争に用いる兵器として呼び出されたのだ。


 ただ魔術は失敗していた。呼び出された魔族は使役されることなく。


 異なる容姿、能力、価値観、文明を持ち合わせた彼らは、私達に牙を剥いた。

 人間は、自らの欲望が招いた魔族に、首を絞められる結果になったのだ。


 魔族の召喚後、地球を支配できる生物は、1つの種族と決まっていたかの如く。魔族と人間は相容れることはなく、すぐ様に戦いの火蓋が切られた。


 歴史上、人間と魔族の全面戦争は、小中大規模のモノを合わせれば、何度も繰り広げられ、その度に大地は荒れ果て、生物達は苦しみ、地球は悲鳴を上げた。


 そして、1500年代に起こった第3次魔人大戦で、人間の英雄である勇者が魔王を打ち倒し、人間軍の勝利となったタイミングで。

 疲弊した魔王軍と、勝利した人間達の各国王は大陸領土を2つに分ける講和条約を結んだのだ。


 その条約が結ばれてから、約200年が経ったのが現在1720年……。


 

 ふぅ……無理に思い出し過ぎたようだ、頭が痛む。


 どうやらユウは、歴史について事細かに記憶していないため、今引き出せるのは、これが限界みたいだ。


 それに前世界との歴史において、特筆する大きな違いは、こんなところだろう。 挙げだしたらきりがない。無駄なことだ。


 大体、現代育ちの私は、この時点でお手上げで、頭を抱えてたくなる。


『なんだ? 魔術って……。そんなもんが本当に使えるのか?』


『それに魔王って、ゲームの世界じゃないんだぞ。意味がわからない……設定資料を見ている気分だ』


 疑問は溢れるように浮かんでくる。


 しかし、こんなリアリティを欠いた歴史でも、今の私にはそれを裏付ける記憶が沢山あった。

 魔族に襲われた記憶も。神秘つまり、魔術を幼少期から習い使う記憶も………。


 でも、記憶と歴史があって、身体の五感全てで、この世界を認識していても、まだ実在するとは限らない。 そう簡単に認めてはいけない……正直、認めたくない。


 そうだ、この世界は幻覚の類かもしれない。

 実は、事故の影響で昏睡状態で、こんな壮大でファンタジックな幻覚を見ているだけの可能性もある。


 そうだ! そうに違いない!! そうであってくれ!


 けど……仮にこの世界が実在しているのであれば、夢羽としての私は死んだということになるのだろうか?


 そうならば、どうしたらいい?


 私はこれから、ユウとして生きていけばいいのか? 


 そんなのはおかしな話だ。

 受け入れ難い………でも、考えておかなければならない。


 もしも、もしもだ。ユウの現実を確定するなら、今まで通りに接していかないと、周りに不信感を与えることになる。


 この世界に生きているという感覚から、偽物の世界である可能性は限りなく低いと……今は思っているし。それに幻覚だと確かめる安全で確実な手段も浮かばない。

 この世界を否定できない限りは、これからの言動や行動には十分な注意が必要となるだろうな。


「はぁ……やっぱりオレ死んだよな」


 つい、溜息と弱音がもれる。


 前世界のことを考えると、頭に陽月の顔がチラつき、胸が締め付けられた。

 考えないようにしていたが……そんなのは無理だった。


 深く考え事をしていたら、時間は短く感じるもので。


 ふと時計を確認すると、現在時刻は10時20分を指していた。まだまだ考えなければならないことは沢山あるが、ユリさんにも指摘された通り、そろそろ今日の約束の時間が差し迫っていた。 


 もう定刻には間に合いそうにはない。しかし、行かないという選択肢はないと結論はさっき出ている。皆に心配や疑念を与える前に向かったほうが良いことは確かなのだ。


 オレは慣れた手つきで外出着に着替え、荷物を抱えて、集合場所に向かうことにした。

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