第7話 鑑定士の言葉

 洞窟の中には明かりが無かった。入り口にはロープを張って人が出入りしないようにされていたし、明かりが用意されていなくても当然だろう。観光地の洞窟ならさておき、人が頻繁に出入りするような洞窟ではないようだから。

 ブレイドさんはどこからか取り出した木の剣に火を灯してたいまつにした。たいまつも剣になるのか……。

 僕も火打ち石で蝋石に火を灯した。携帯ランプの中に、火がついた蝋石を入れると周囲をぼんやりと明るく照らした。

 洞窟の壁をランプで照らす。火成岩。マグマが冷えて固まった岩。とはいうものの、地表より上にある岩の種類はほとんどが火成岩だ。本来地表より下にある深成岩が地表上にある場合、何らかの文明により加工され作られた洞窟である場合も考えられたけれど、ここはそのまま自然の洞窟と見て良いと思った。切り取られ組み合わせた跡も見当たらない。

 宝が隠された洞窟というのは、まず自然の迷路か人工的な迷路かに分けられ、さらに致死性、非致死性の罠の有無や無限ループなどの魔法罠の有無を観察する必要がある。ここが自然の洞窟なら、正解の道にはなにか目印があるかもしれない。また、人の通った痕跡が残っている道が正解の可能性が高い。

 人工的な迷路やダンジョンの場合、罠が視認しにくいような装飾などを施している場合が多い。自然洞窟の方が罠を見破りやすい。灯りが弱いため、見逃しが無いようにしなければ。

 壁や道を注意深く観察していると、突然目の前を黒い物体が横切った。

「わっ!!」

 ばさっばさっ!!

 と、翼の音が聞こえた。コウモリか。

 思わず身構えたが、翼の音は遠くなっていった。

「大丈夫か?」

 ブレイドさんがたいまつの剣で僕の顔を照らした。

「はぁ、なんとか」

 僕はほっと一息ついた。コウモリの種類によっては、爪に毒を持つものもいると聞いている。たった一回爪でひっかかれただけで致命傷になってしまう。

「……おかしいな。そう思わないか?」

「……というと?」

「コウモリ……、洞窟内の魔物だよ。大人しいだろ? 洞窟内を灯りをつけて歩いてしばらく経つが、一向に襲ってこない」

「確かに……、そうですね」

 宝物を守っているダンジョンには罠がつきものだが、同じように、宝物を護る魔物が配置されていることも多い。罠は鑑定士や盗賊が、魔物は戦士や魔法使いがそれらを対処して先に進んでいくことになる。

 先ほどから僕は罠を探しているけれど、罠らしい罠は見つかっていない。そして魔物。先ほどのコウモリは僕という侵入者を見つけて、攻撃してきたかと思えば、ばさばさとそのまま飛び去ってしまった。僕たちを侵入者として攻撃してもおかしくはなかったはずなのに。

 あのコウモリは宝物を護る魔物として配置されたというよりは、ただの野生生物のようだった。

 この洞窟には、罠らしい罠もなく、魔物らしい魔物もいない。

 このことから考えると、ここに伝説の剣がある、という伝説からして怪しくなってくるというものだ。

 ここは〝ダンジョン〟というより、ごく普通の洞窟のようだ。

「人が通れそうな広さの道はそう多くはありませんから、迷うこともなさそうですね」

「ま、さっきエルロゥにも言ったが、伝説の剣は〝空振り〟の方が多いくらいだ。大して期待してないから、一応行き止まりまで行ったら戻るか」

「そうですね」

 そうだよな。伝説の剣が、洞窟の奥にある。そう伝説がごろごろと近くにあるわけないものな。ドキドキワクワクな冒険が安全にできるはずもなく。遠足のような洞窟探検は、何事も無く終わりそうだ。

「お? 行き止まりだな」

 先頭を行くブレイドさんが言った。僕も後を続く。開けた場所だ。入ってきた道以外に横道も無い。天井が高く、手を伸ばしても照らせそうに無かった。

 広場の真ん中にたいまつの剣を立てかけた。

「ただの洞窟だったな。少し休んだら戻ろう」

「はい……。あれ? これ……」


 広場の少し奥まったところに不自然な影が見えた。

 岩場に盛り上がった棒状の影。

 灯りで照らすと、それは岩に刺さった剣の柄に見えた。

「あ……!! ブレイドさん、あった! ありました!!」

「本当にあるとは思わなかったな。どれどれ」

 ブレイドさんはたいまつの剣をかざした。

「ほら、俺が照らしておいてやるから、鑑定してくれよ」

「あ、ありがとうございます」

「罠がかかってたら危ないからな。ばしっと頼むぜ」

「はい、もちろんです!」

 灯りは十分ではないが、鑑定眼鏡と道具を使って一つずつ確かめよう。

 まず、剣の柄にはレッドオークが使われている。レッドオークは〝感知倍増〟の効果を持つ。刀身は岩場に埋まっているから見えないけれど、刀身と柄との間にはセレナイトがはめ込まれていた。

 セレナイトはジプサムの中で透明でキレイな結晶、またそれを加工した宝石を差す別名だ。白く濁っていたり、汚れていたり、形が悪かったり欠けていたりして宝石にするには難しいものは粘土にしてしまう。同じジプサムではあるので、傷つきやすいけれど、魔法の効果は変わらない。

 ジプサムの効果は〝エネルギー・熱吸収〟。何かしらのエネルギーを感知して、それを吸収する効果を持っている剣? 普通の剣じゃなさそうだ。魔剣の類いなのかも?

 刺さっている岩場は何かしらの魔法がかかっているのかもしれない。見たところ火成岩の中でも深成岩のようだ。よりマグマに近く、静かに冷えた岩。ここは、もしかしたら、火山が近いところなのかも?

 鑑定士道具の一つ、〝魔光石〟の表面を削って、発光させる。空気に触れると表面が発光する。この光は魔法属性なため、周囲の魔法に反応する。この光で照らすと、そのものに魔法がかかっているか、いないかの判断がつく。

 剣が刺さっている岩場の周りを注意深く魔光石の光で照らしてみたが、何も反応は無かった。魔法陣があれば光に照らされて浮き出てくるはず。この剣の岩場には特に魔法陣は見当たらない。剣自体にも魔法の痕跡は見当たらなかった。

 鑑定士道具の一つ、〝障滅紙しょうめつし〟を使ってみる。〝障滅紙〟は魔障の程度をはかるのに使う。

 魔障は魔王が使役する魔物から発せられる、他の生物に害を与える負のマナの高濃度のものを言う。それは世界を一定濃度包み込んでいて、村や町でも〝0〟にはならない。

 〝35〟を越えない限り人体に影響があるわけでもないから、そんなに気にする必要は無いけれど、魔剣などの〝通常の武器を超越した効果のある武器〟にはある種、魔物に匹敵する〝魔障〟が含まれる場合がある。

 高濃度の魔障に触れたり、長く装備していたりすると、何らかの負のステータスが付与されたり、呪いに冒される場合がある。武器だからといって、宝物だからといって、やすやすと手に入れないほうがいい。強力な武器や効果の高い宝物は〝魔障〟と深く関わっている。魅力的だからこそ注意深く鑑定しなくてはならない。

 ということで使われるのがこの〝障滅紙〟だ。魔障に触れるとその度合いで色が変わり、〝35〟を越えると消滅する。低い程度であっても時間経過で〝累計浸食度〟が〝35〟を越えると消滅する。この紙である程度の〝触れてはいけない度〟が測れる。

 一応、この紙を直で触れると、人体にある程度含まれる〝魔障〟によって若干色が変わってしまう(現代に生きている生物にも0.01~0.1程度の魔障が体内、表面についているため)。鑑定の時は別途、耐障紙で指を包んでから持つことになる(耐障手袋はとっても高価なので僕はまだ手が出せない)。

 耐障紙を親指と人差し指に巻き付けて、〝障滅紙〟を取り出す。岩場に突き刺さった剣に触れさせた。

「……………………」

 紙は次第にゆっくりと色が変わっていった。

「何かわかったか?」

「…………、おかしい、ですね」

「……というと?」ブレイドさんが、さっきの僕と同じように聞いた。

「障滅紙を使ったんだろ? 魔障は問題なさそうじゃないか?」

「問題無いことが問題なんですよね……」

 僕は自分の考えが、正しいかどうか、確かめるようにつぶやく。

「障滅紙はゆっくりと色が変わっていきました。でも、これは周囲の魔障に反応して色が変わっていっているだけです。この剣に触れている部分は。この剣には何らかの魔法以外の〝魔障を打ち消す効果〟が付与されているって事だと思います」

 魔法が使われているかいないかを判断しているのは、その〝対象〟に〝呪文〟・〝魔法陣〟・〝魔術式〟が含まれているか。それらは人、亜人、獣人、エルフ、ドワーフ、その他多数いる種族が経験や叡智を集め、練りに練ってできあがった〝統合魔術〟の結晶だ。

 そして、その〝統合魔術〟に含まれないけれど、〝魔法〟のようなものを扱う種族が他に居る。【大統霊だいとうれい】だ。種族〝精霊〟。その精霊を束ねるのが大統霊。彼らが扱う魔術は〝精霊魔法〟。精霊魔法は魔障を排除する力がある。負のマナとは相反する光のマナが起因する。

 つまり。早い話。

 魔障が多く含まれれば危険。それは人体に害を及ぼすほどの危険な武器だからだ。

 しかし、魔障が全く無いのも危険。それは、人知を超えた存在である〝大統霊〟が関わっているおそれがあるからだ。

 この障滅紙の変化によって、〝大統霊〟の存在を無視できない。

「ブレイドさん、ここまで来てちょっと言いにくいんですが……」

「あぁ、どうした?」

「この剣を抜くの、やめておきませんか?」

「あぁ、お前がそう言うなら、やめとくか」

 ブレイドさんは、思ったよりもずっと素直に話を聞いてくれた。

「え? いいんですか? 剣なら何が何でも引っこ抜きたいものだと思ってました」

「あのなぁ」ブレイドさんは、あくびをしてから言った。「俺は剣が好きなだけさ。収集家コレクターじゃない、物好きマニアなんだよ。俺は色々な剣が人々の生活に根付いているのを感じたい、剣の伝説が存在していることを確かめたい、それだけなんだよ」

 触れちゃいけない伝説もあるだろ。とブレイドさんは言った。

 ブレイドさんのことがまだよくわからない。剣のためなら命を賭けるような人だと思っていた。でも、エルロゥさんとは違う気がした。

 エルロゥさんは商人で、お金のためなら何でもしでかしそうな危うさを感じていた。自分の欲に忠実というか。なんというか。

 でもブレイドさんは、剣のためなら、剣を護るためなら自分の欲も抑えるようなところがあるんだ。

 やりたいことをやる。自分の守りたいモノを守る。

 ちょっと羨ましいな。と思った。

 エルロゥさんも、ブレイドさんも。

 僕にとって、僕がやりたいことはなんだろう。

 僕が守りたいモノは、何なのだろう。

 自分の命よりも大切なモノ、とか。

 回れ右をして洞窟を出ようと思った時、自分の腰の道具袋が光り出した。

 あ、そういえば。

 思い出した。

 エルロゥさんが洞窟の入り口にやってきていた。移動魔法を使ったのだろう。

「ふぅ。座標石の座標が少し前から動かなかったから、そろそろかと思っていたのよ。ごくろうさま。剣は? 見つかったの?」

「剣はあったが、抜くのはやめようってことになったんだよ。フオフが鑑定してそう決まったんだ。大人しく引き返すぞ」

「ええ~、ここまで来たのに~?」

「お前は何にもしてないだろ」

「ほら、あなた、ちゃんと照らしなさいよ。私が見てあげるから」

 ブレイドさんは入り口の方に歩いて行ってしまった。僕に言っているのかな。仕方なく携帯ランプを剣の方にかざした。

「罠や呪いは無いです。魔法の類いはかかっていませんでした。〝魔障〟が0なのが怖かったので、やめておこうかと」

 鑑定士同士なら、〝魔障〟が無いというだけで伝わると思った。A級鑑定士ならばなおさらだ。

「何もない? そんな訳ないじゃない。私はちゃーんと感じ取ったわ」

「え? ほんとですか?」

「そ。この剣の下に、大きいエメラルドがあるわよ」

 え? そっち?

「この剣がエメラルドを封印しているのね。セレナイトなんてやっすい宝石付けちゃって。伝説の話は、怖がらせて誰にも立ち入らせないようにしていたってとこかしらね。エメラルドを盗まれないようにって訳よ。はい、持ってて」

 エルロゥさんは杖を僕に手渡した。

「あなたたち腰抜けが抜かないなら、私が引っこ抜いてやるわ」

「え。ちょっと、エルロゥさん」

 僕が止める前にエルロゥさんは剣の柄を両手で持って、思い切り引っ張った。

「えい!!」


 ズズッ


 そしてそれはすぐに抜けた。

 柄の先は手のひら一つ分の長さの刀身しかついていなかった。柄の長さの半分以上短い。

「なにこの剣、変なの?」

 エルロゥさんは剣を横に投げ捨てて、剣の刺さっていた穴をのぞき込んだ。

「ほら! 見て! 暗くてもはっきりわかるくらい大きいエメ……ラル…………ド?」

 エルロゥさんの声がだんだん自信なさげに小さくなっていった。

「あっちぃ!!」

 エルロゥさんが勢いよく後ずさった。顔を両手で隠した。

 どうしてだろう。穴の中から明かりが漏れ出してきていた。

 とても、とても嫌な予感がした。

 どうしてだろう。どこからか、熱気が感じられた。

 たぎるような、赤い、熱い、熱気が。

 この広い空間を押し寄せる。

 穴の中から、突然マグマがあふれ出した。

 ぼこぼこと、もぞもぞと。まるで生きているかのように。

 それは洞窟の岩場に張り付き、次第に形作られていった。

 僕の身体より少し小さい程度のトカゲの形。身体の約半分の長さの尻尾も、小さい四つの手足、三股にひらいた爪、そのどれもがグツグツと煮え滾る溶岩で出来ていた。眼は大きいエメラルドがぎょろぎょろと周囲を見渡していた。

 その鮮やかな緑色の眼と目が合った気がした。


「フオフ、お前の言葉は正しかったんだ」

 熱気を発する溶岩トカゲから後ずさって、背中が岩壁についた。裸眼で見ると目が熱くて痛いほどだ。だけれど初めて見る脅威に目が離せない。カバンの中の遮光眼鏡を手探りで探す。

 悔やんでももう遅い。大いなる力を目覚めさせてしまった!

 ブレイドさんはたいまつの剣を構えた。

「戦闘開始だ! ぼさぼさしてると死ぬぞ!!」

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