第三話 悪夢

 三時間の休憩を終えた後、スピンとアルジャーノンは馬車に乗り込み、再び国境を目指して走り出した。

 走っている間はアルジャーノンが警戒を担当し、その間に夜間の見張りを行っていたスピンが睡眠をとった。

 どんな悪環境でも、眠れるよう鍛えられていてよかったと思いながら、スピンは短時間の眠りにつく。

 ある程度眠って、大分意識が回復した後、アルジャーノンと見張りを交代したのだが。

 湖を出発して半日ほど走った頃、スピンの耳に遠くから複数の馬が駆ける音が聞こえてきた。

「アル、何か来るっ」

 アルジャーノンに叫びつつ、馬車の中から顔を出して後方を伺うと、五体の騎馬兵がこちらに向かってきていた。手にはそれぞれ武器を持って、例の憲兵もどきの衣装を身に纏っている。

「追手だ、馬車を囲もうとしている」

「このまま振り切るのは難しそうか」

「こっちは馬車なのに対して、向こうは身軽な騎兵だから難しいだろう。一体なら追いつく前に片づけることもできるが、五体はさすがに無理だ」

「つまりこの状況を切り抜けるには、一つの選択肢しかないってことだな」

 スピンの背後で、アルジャーノンが剣を手に取るのが分かった。王家の紋章が刻まれた鞘を払うと、対照的ともいえる飾り気のない剣が露わになる。

 しかし少し注意してみれば、一流の職人によって作り上げられた、最高品質の剣だということが分かるだろう。

「そこの馬車、止まりなさいっ」

「ラルフ、馬車を止めろっ」

 騎馬兵の一人が大声を上げると同時に、アルジャーノンの一声によって馬車が停止する。

「スピン、援護を頼む」

「ああ、任せろ」

 停車した馬車から、飛び降りるアルジャーノンに続いて。コートの中から愛用の投石器と、昨晩の見回り中に拾っておいた小石を取り出して、スピンも馬車から身を乗り出す。

「アルジャーノンだ、アルジャーノン王子がいたぞっ」

 声を上げて叫ぶ騎馬隊の額に、一投目がヒット。転げ落ちた騎馬兵が、慌てて立ち上がり武器を構えるものの、先手を取ったのはこちらである。

 一人、二人、三人と、スピンが投石で騎馬兵を落としてゆき、落ちたところをアルジャーノンが的確に狩ってゆく。

 アルジャーノンの剣技は、幼いころから叩き込まれてきたのであろう王宮剣術を、彼独自に改変しているようだった。王宮剣術から美しさを捨て去り、敵を倒すことにより特化させたようだ。

 正面の敵を切り伏せた直後、横から襲う敵を切り裂きつつ反転、そのまま背後にいる敵に一太刀を食らわせる。

 三人片付けた後、左右から同時に襲ってきた二人にはしゃがみ、かち合った剣の間を後方に抜けると、横の一閃でまとめて切り裂いた。

「……用心棒、いらなかったんじゃねえかな」

 あっという間に追手を片付けたアルジャーノンに、スピンが思わず呟くと。剣と顔に付いた血を拭って、アルジャーノンはやっと息を吐き出した。

「そんなことない。君の投石がなければ、無傷で突破することはできなかっただろう」

 ほとんど自分の手柄だというのに、まず他人を褒めるところは、将の器というべきなのか。それでも「無傷」でと言っている辺り、投石が無くても倒せる自信はあったのだろう。

 やれやれとため息をついて、一度馬車の中に引っ込んだスピンが、鞘を投げて寄越すと。アルジャーノンは片手でキャッチして、派手な鞘に無骨な剣を納めた。

 彼が馬車に乗り込み、ラルフに「発車してくれ」と声をかけると、馬車はゆっくりと動き出す。

「また少し、順路を買えた方がいいだろうか」

 地図を取り出したアルジャーノンに、スピンは頷く。

「そうだな。確か予定だと、この先にある村で一泊するはずだろ」

「ああ。湖で休んだとはいえ、国境まで走り抜けるのに、一度どこかに停泊した方がいいだろう。僕たちはともかく、ほとんどぶっ通しで馬車を操っているラルフが持たない」

「だったらこの道をこっちに迂回して、村に向かうのがいいんじゃねえか。この辺は馬車一台がやっと通れる道しかないって聞いたことがあるから、さっきみたいに複数の騎馬兵で追ってくるにはきついだろう」

「分かった、ラルフに伝えよう」

 アルジャーノンが地図を畳むと、スピンは再び後方の経過に戻る。遠くの方へ、騎手のいなくなった馬が逃げてゆくのが見えた。騎馬兵という有利にかまけて、力押しされるのが一番きつかったのだが、投石であっさりと落馬してくれて助かった。

 さっきは自分がすぐに気が付いて、こちらが先手を打てたからよかったものの。逆に向こうが先手を取って、不意打ちをかまして来たら勝ち目はないだろう。

 いくらアルジャーノンが強くても、大勢の人間に囲まれた状態で不意を突かれたら、なす術もなくやられてしまう。

 アルジャーノンもそれを分かっているからこそ、護衛として自分を雇ったのだろうが。分かっていても、どうしようもない時だってあるのだ。

 この依頼が無事に果たされることを改めて願いながら。スピンは馬車の刻んだ轍へと、静かに視線を落とした。


 本来は二日目の昼にたどり着くはずだったが。

 襲撃によって迂回したために、その村についた時には既に日が暮れ始めていた。

 村の名前は、「アミナ村」という。人口二百人強の小さな村であり、国土がそこまで広大ではないアルト・キングダムの地図の中でも、目を凝らして探さなければ見つけられない小さな点で描かれている。

 村の外れに馬車を止めると、スピンとアルジャーノンは念のために武装して降車する。もし村に既に手が回されていたとしたら、戦闘は避けられないだろう。

 しかし止まった馬車が襲撃される気配はなく、馬を落ち着かせたラルフが、二人の方へと回って来た。

「宿を取ってきましょうか、と言いたいところですが。この小さな村に、さすがに宿はなさそうですね」

 冗談めかしたラルフの言葉に、スピンとアルジャーノンは同時に頷く。

「でも、どこかで休めるところを確保しないとな。俺たちはもちろん、馬も休ませないと、この先止まらずに国境まで行くことが難しくなる」

「そのことなんだが、この村の村長に掛け合ってみるのはどうだろうか。村人を歓迎する気持ちがあるなら、一晩ぐらい泊めてくれると思う」

 アルジャーノンの一言に、スピンは少し顔をしかめた。

「掛け合うってったって、逃亡中のお前が、そんなことをして大丈夫なのか」

 だがアルジャーノンは、静かに頭を振って、スピンに強気な笑みを浮かべて見せる。

「そこは探偵の腕の見せどころじゃないか。さあ行こう、スピン」

 フードを被って、自慢の白い髪を隠したアルジャーノンは、村の中をゆっくりと歩きだした。スピンは小さくため息を吐き出すと、そんなアルジャーノンについて行った。

 田畑と民家が建ち並ぶ村の中には、数人の村人が歩いていたが。突然の訪問者に対して、興味津々といった視線を向けてくる。

 その中の一人、腰の曲がった老人が近づいてきたため、スピンはさっと身構えたものの。老人は歯の抜けたしわだらけの口元に笑みを浮かべ、スピンとアルジャーノンに言った。

「ようこそおいでくださいました、旅のお方。小さな村ですが、ごゆっくりお過ごしください」

 どうやら心から歓迎されているようだ。そのことに気づいたスピンは、さっと警戒を解く。

「ぜひお宿を、と言いたいところですが。小さな村ですから、まともな店の1つもないんですよ。ですから泊まるところをお探しなら、村長の家を訪ねるのが一番ですよ」

 にこにこと、老人は通りの向こうを示す。そこには建ち並ぶ民家のなかでも、ひときわ大きな一軒があった。

「村長は優しい方ですから、きっとご馳走を出して盛大にもてなしてくれますよ」

「……そうか」

 老人の積極的な歓迎に気押されるスピンに、アルジャーノンが素早く耳打ちする。

「言った通りだろう。この村に立ち寄って、正解だったな」

 フードを被ったまま、アルジャーノンはスピンに軽く微笑むと。老人の横を通り過ぎて、村長の家に向かって歩き出した。

「さあ行こう、スピン。お腹もすいたことだしね」

「あ、ああ……」

 速足で歩きだしたアルジャーノンの後を、スピンは慌てて追いかける。取り残された老人は、何とも言えない表情で立ち尽くしていた。

 村長の家の、両開きの扉をノックすると。数秒後に扉が開いて、口ひげを生やした恰幅の良い中年男が顔を出した。

「何者だ……これはこれは」

 顔を出した時は、面倒くさそうな表情をしていたが。中年男はすぐに破顔して見せる。

「ようこそ旅のお方、アミナ村へ。ささ、中にどうぞ」

「ありがとうございます」

 礼を言ってアルジャーノンとスピンは家の中に入る。家の中は安っぽい調度品の数々で飾り付けられ、彼のちっぽけな権力を象徴しているようだった。

「私はこの村の村長である、ウーラという者です」

 ウーラと名乗った村長は、いけ好かない笑顔を浮かべて、家の中へと顔を向ける。

「おーい、エリス」

 ウーラの呼び声に応えるように、家の奥から一人の女性が出てきた。太って血色の良い顔をしたウーラと違い、瘦せていて血色が悪そうだった。

「この人たちに、何か食べるものを」

「分かりましたわ」

 エリスは頷いて、家の中に引っ込もうとしたが。家の奥の方から小さな足音が聞こえてきたかと思うと、一人の少女が姿を現した。

「おじちゃんたち、だれ」

 血色が良く、それでいてほっそりとしている。母親と父親の良いとこ取りをしたようなその少女は、大きな瞳でフードを被ったアルジャーノンを見上げる。

「旅のお方だよ、オリナ。紹介します、こちら娘のオリナです」

「オリナです、よろしくっ」

 父親の言葉を繰り返して、オリナはたどたどしくお辞儀をして見せた。

「オリナ、くれぐれもお客様に迷惑をかけるんじゃありませんよ」

 心配そうに頭を撫でるエリスに、オリナは力強く頷いて見せる。

「うんわかった、ママ」

「よしよし、いい子ね……すみません、今お食事の支度をしますね」

「ありがとうございます……ああそれと、村の外れに馬車を停めてあるのですが、馬を休ませられるところはありますか」

 スピンの言葉に、ウーラはちらりと妻の方を見やってから、にこやかな笑みを浮かべて答えてくれた。

「確か裏の厩舎が空いていたはずです。馬はそちらへどうぞ」

「僕がラルフに伝えてこよう」

 アルジャーノンが素早く囁いて、村長夫妻に背を向けると、屋敷を出て行った。

「それでは旅のお方、よろしければ、お話でも」

「は、はあ……」

 一泊の対価は、村の外の珍しい話というわけか。確かにこれは、口先に長けた探偵の役割かもしれない。

 まずはぎこちなく、頭を掻いて。それっぽい話をしようと、口を開きかけたスピンだが。

 ふと、オリナがアルジャーノンの出て行った出口を、真っ直ぐ見つめていることに気が付いた。

 物珍しい客が気になるのだろうか。それともアルジャーノンが普通とは違うことを、目ざとく察したとでもいうのだろうか。

 まあどちらにしろ、子供の感性は良く分からないものだ。思考を綺麗に切り替えて、スピンはオリナの両親に対して、ほとんど出まかせの旅の思い出を語り始めた。


 夜もだいぶ深まってきた時刻。

 馬を厩舎に入れたラルフを混ぜ、エリスの作った簡素ながら美味しい食事を食べた後。

 ウーラは屋敷の西側にある、大部屋へと案内してくれた。使っていない部屋であり、寝具も常備しているため、今晩はここで寝泊まりしていいと。

「それではお先に。おやすみなさいませ」

 部屋の中にはベッドが二つと、ソファーが一つあったが。ラルフはそのうち片方のベッドへと即座に潜り込むと、瞬く間にいびきをかき始めた。

 馬車を走らせる御者にはしっかり休んでもらいたいといえ、雇い主より先にベッドに入るのはいかがなものだろうか。

 呆れたため息をつくスピンの前で、アルジャーノンは真っ直ぐソファーへと向かった。

「おい、お前はベッドで寝なくていいのか」

 スピンに言われて、放置されていた毛布を広げてソファーに横たわったアルジャーノンは、意味が分からないというような表情を浮かべる。

「馬車の中で眠り、疲労の残っている君がベッドを使うほうがいいだろう。遠慮する必要はない」

「いや、気遣いはありがてぇがなあ……」

 どんな悪環境でも眠れ、短時間睡眠でもしっかりと疲労を回復できるよう、鍛えられているため。アルジャーノンが心配するほど、疲労は残っていないのだが。

 お前の方が年下だからだとか、雇い主だからだとか、どうしようもない下らない理由でベッドで眠るように言うのは、アルジャーノンを見下していることに他ならないだろう。

 数秒間の思考ののち、スピンは頭を掻いて空いているベッドへと向かった。

「仕方ねえな。じゃ、有難くベッドで眠らせてもらうぜ」

 ベッドの上に横になって、スピンは毛布を広げる。もっとも護衛として、いつでも襲ってきた相手に対応できるよう、警戒はしておくが。

 色々な道具の入ったポーチを枕元に置いて、軽く息を吐き出しながら目を閉じたスピンは、睡魔が訪れるのを待つことにした。

 待つことにしたのだが。目を閉じた直後、扉の方で物音がしてスピンは飛び起きる。

「誰だっ」

「ひっ」

 扉の近くで小さく息をのんだのは、幼い少女の声だった。

「もしかして、オリナちゃんなのか」

 アルジャーノンがソファーから起き上がって声をかけると、暗闇の中からオリナが姿を現した。

「お、おにいちゃん、おじちゃん、怖い」

「……俺もまだ、おにいちゃんだと思うんだが」

 構えを解いたスピンの苦い顔を無視して、オリナはソファーに座るアルジャーノンの元に向かう。

「ねえ、フードのおにいちゃん」

「どうしたんだい、オリナちゃん」

「おにいちゃん、王子様だよね」

 その一言に、スピンは緩めた警戒を再び強め、枕元のポーチへと手を伸ばす。いくら世話になった夫婦の娘とはいえ、正体を知られてしまったら、殺すまではいかなくても口封はする必要があるだろう。

 しかしアルジャーノンは、一切動揺する様子もなく。そっとフードを脱いで、オリナの頭を撫でた。

「その通り、良く分かったね」

「だってふつーの人と感じがちがううんだもん」

 両手を背中に回して、得意げに言うオリナに。アルジャーノンは優しく頷いて見せた。

「そうかい。でも、僕は今悪い人たちに追われていてね。僕が王子だってことは、隠しておかなきゃいけないんだ」

「へぇ、そうなんだね」

「ああ。だから僕が王子だってことは、内緒にしておいてくれないかい」

 オリナに対し、アルジャーノンは片目を瞑って、口に立てた人差し指を当てる。

「うん、分かった。けど……」

 頷いたものの、オリナはどこか納得していないようだった。

「その代わり、王子様はわたしになにしてくれるの」

 対価を求めるところは、あの父親の娘というところか。やはりこの娘、口封じをしておくべきだろう。暗闇の中でそっと、スピンはポーチに手を伸ばす。

 しかし。スピンが口封じのための道具を取り出す前に、アルジャーノンが片手を上げた。

「待て、スピン。強硬手段は必要ない」

 そう言って、アルジャーノンは少し体をかがめると、オリナと視線を合わせる。

「もし僕のことを誰にも言わないと、約束してくれたら。僕は君に、幸せな国をあげよう」

「しあわせなくに?」

「そうだ。君が大人になって、素敵な女性になっている頃。この国を誰もが幸せに生きられる場所にすることを、約束しよう」

 約束の印に、アルジャーノンは小指を曲げて差し出す。たちまち、オリナの顔に笑顔が広がった。

「それ、とってもすてき。約束ね、王子様」

 指切りを交わすと、オリナは浮かれた様子で部屋から出て行った。

「さ、寝ようか。スピン」

 オリナの背中を見送って、フードを被りなおしたアルジャーノンは、再びソファーに横になる。スピンもため息を吐き出して、ベッドに寝転がり目を閉じた。

 頭の中で、先程のアルジャーノンとオリナのやり取りが浮かび上がる。

 アルジャーノンが王になれば、この国はきっと良い国になることだろう。彼は間違いなく王の器だ、ここで死ぬにはあまりにも惜しい人材だ。

 だからこそこの依頼は最後まで、やり遂げてやりたいものだが。

 寝返りを打って、スピンはぼんやりと考える。

 依頼人が第一王子とはいえ、これはあくまで探偵として引き受けた依頼の一つなのだ。依頼人に必要以上に情が湧いてしまったとしても、国境でビイト・キングダムの使者に引き渡せば依頼達成。そこでお別れ、そこでお終いである。

 亡命したアルジャーノンは、必ず協力者を集めて、この国に戻ってくるだろう。生きてさえいれば、捕らわれた従者のエルウィスを助け出すことだってできる。

 もっとも。それは依頼を果たした後のスピンには関係のないことだ。依頼が果たされればもう、アルジャーノンとは他人なのだ。

「って、俺もヤキが回ったな」

 思ったよりもアルジャーノンを評価し、買い被っている自分に、スピンは気が付いた。

 薄く目を開けてちょっと笑い、ソファーに横たわったアルジャーノンが寝息を立て始めたのを確認すると、スピンも再び目を閉じた。


 夢を見た。昔の夢。

「WT556よ、お前は何故こんなことをしたのだ」

 薄暗く狭い部屋の中。自分は簡素な衣服を身に着けていて、両手足には頑丈な枷がはめられており、拷問されたせいか体中痣だらけになっていた。

「これは明らかに裏切り行為だ。最も忠誠心の高かったお前が、一体何故」

 頭上から再び、「上官」の声が聞こえてくる。天井の高いところがガラス張りになっていて、そこから中の人間を確認し、声をかけることもできるようになっているのだ。

もっとも、中にいる人間からは見えないようになっているのだが。それでも天井を見上げて、自分は腫れた瞼を閉じると、静かに頭を振った。

「違いますって、何度言ったら分かっているんですか。あれは故意にやったことじゃないんです、偶然なんです」

 もはや肉体も精神も、度重なる拷問で憔悴しきっており。処分されるならいっそ、早くやって欲しいと思っていた。

 だが上官の方は、何が何でも裏切りの理由を訊きだすまでは、自分のことを処分するつもりはないらしい。

「お前が納得のいく理由を答えさえすれば、この拷問は今すぐにでも終わるのだ。それともお前は、これ以上の苦痛がお望みか」

「……」

「沈黙か。おい、もう少し痛めつけてやれ」

 上官の一声で、両手足にはめられた枷から、強烈な電流が体へと流される。

「ぐ、うあああぁぁぁっ」

 激しい痛みと痺れにのたうち回りながらも。自分必死に口を開き、何百回と説明してきた本当の理由を訴え続ける。

「だからっ、あ、あれは偶然で、故意に……」

「すみません、失礼します」

 いきなり、上官以外の声が聞こえてきた。この声は確か、WT386だっただろうか。

「何だ、今は取り込んでいると言ってあったはずだが」

「実はWT556のことで、お知らせしたいことが」

 WT386が上官に何かを耳打ちして、去っていくのが分かった。上官は唸るように考え込んでいたが。やがて何かのボタンを押す音がして、枷から流されていた電流が止まった。

「喜べWT556。お前の無実が証明された」

 床の上に倒れ込み、虚ろな瞳で天井を見上げる自分に対して。上官から、何の感情も籠ってない拍手が送られた。

 自分たちはこの国の奴隷だと、さんざん教えられてきたものの。だからこそ一刻も早く死んだ方が、ずっとましだとその時思ったのだ。

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