第16話 根城

 三人で基地に帰るが、冬夜の怒りは未だおさまらないままだ。そばにあった椅子を蹴飛ばした冬夜に対し、斗狗が口を出した。


「冬夜、苛立つのはわかるけど物に当たらないでくれる? うるさいから」

「あ? じゃあなんで突っ立ってたんだよ。お前らが動けば捕まえられたかもしれねぇのによお!」


 なんとなく雰囲気がピリついてきたことを感じとった悠人はそーっと後ろに下がる。冬夜が苛立つのはよくあることなので慣れているが、斗狗が怒るのは珍しい。他人のことにはあまり興味がないため、基本自分に危害が及ばない限りは口を出さない主義だ。


「もう過ぎたことは仕方ないでしょ。いちいちほじくり返さないでくれる? 目的の血液採取はできたんだから」

「捕まえられりゃあ血液なんか必要ないだろうが。大体、血液でわかることなんか大した情報じゃねぇ。そんなことよりもっかい探しにいくぞ。このままじゃ気がおさまらねぇ」

「なに、僕に指図する気? 悪いけど、今日はこの血液を鑑識にまわさなきゃいけないから、行きたいなら一人で行けば?」


 指図されることが大嫌いな斗狗の怒りを買ってしまった冬夜。徐々にヒートアップしていく二人を、悠人はもう止めることなどできず、ただソファに座ってじっと二人を見つめる。しばらく睨み合っていた二人だったが、痺れを切らした冬夜は軽く舌打ちをし、スタスタと歩き出すとそのまま基地を出ていった。出る時に勢いよく扉を閉めたことで大きな音が鳴り、悠人の肩がビクッと震える。しばらく沈黙が続き、冬夜がいなくなったことを再認識した二人は、一気に緊張から解放されたように大きく息を吐き出した。


「斗狗が怒ったのなんか久しぶりに見たかも」

「冬夜が僕に指図したのが悪い。……まあ、冬夜を追い出したかったってのはあるけど」


 斗狗は悠人と二人で話がしたかったのだ。少し荒々しい気もするが、二人で話したかったのは悠人も同じ。心の中で冬夜に謝った悠人は早速話を切り出した。


「キラーのこと……だよね」


 斗狗はこくりと頷く。二人が気になったのはキラーの髪色だ。あの時初めてキラーの髪色を見た二人は、おそらく同じ疑問を抱いただろう。


「冬夜と同じ髪色だった。でも冬夜に兄弟なんかいないって言ってたし」

「染めてる……とか? 斗狗の髪も染めてるよね」

「僕は確かに染めてるけど……。冬夜のファンじゃあるまいし、灰色に白のメッシュとかそうそういないでしょ」


 斗狗はキラーから採取した血液をじっと見つめる。そして抱いていた疑問を口にした。


「もしも冬夜とキラーになんらかのがあったとすれば?」

「冬夜はそれを隠してるってこと?」

「わからないけど、冬夜のあの殺意を見るにそれはないんじゃないかな。多分冬夜は知らないだけ。とにかく、この血液と冬夜の血液を比べれば繋がりがあるかどうかがわかる」

「どのくらいかかるの?」


 斗狗は真顔で悠人に人差し指を立てて見せた。


「大体一週間ってところだね」


 それからすぐに斗狗はキラーの血液を鑑識に回した。その間もキラーの捜索は続くが、斗狗と冬夜の会話は必要最低限以外はほとんどなかった。そんな二人を悠人は少し心配するも、一応連携はとれているようなのでしばらく様子を見ることにした。


✳︎


 二人の喧嘩から五日ほど経ったある日、二人はいつものように基地に集まっていた。情報収集に出ているプロキオンの帰りを待ちながら、各々好きなように過ごしている。シリウスはピストルを眺めては時折微笑み、ベテルギウスはスマホで梅香と連絡をとっているようだった。外に出たがる梅香を必死に止めるベテルギウス。


「ったく、危ないってこといい加減わかれよ、あいつ……」


 ベテルギウスがそう呟いた時、二人の通信機からプロキオンの声が聞こえてきた。


「二人とも! キラーの根城らしき建物を見つけたよ!」


 その言葉に思わず顔を見合わせる二人。急いで支度をして、プロキオンの言う場所に駆けつけた。そこは基地から五キロほど離れた場所にある、コンクリートでできた四階建ての廃墟だった。

 物陰に隠れているプロキオンと合流し建物の様子を伺うが、人の気配はない。


「ほんとにここにいんのかよ」

「うん、キラーが中に入っていくのを見たんだ。出ていったところは見てないからまだ中にいるはずだよ」


 ベテルギウスは内ポケットからピストルを取り出す。


「乗り込むか」


 三人はそれぞれ身構えつつ、建物の中に入っていく。

 プロキオンの後ろをベテルギウスが続いて歩く。一番後ろを慎重に歩くシリウスはぐるりと見渡す。辺りにはコンクリートの破片が散らばっている。音が鳴らないように気をつけながら二階、三階と上っていく。

 残るは四階。ここまでキラーの気配はない。


「……ほんとにいるのか?」

「ほんとだってば、ベテルギウスはいっつもボクのこと信用しないよね」


 ジトリと睨みつけてくるベテルギウスに対し、口を尖らせるプロキオン。プロキオンの言葉を信じて四階まで行くも、キラーは見つからなかった。身構えていた三人はそれぞれ武器を下ろす。


「いねぇじゃねぇか」


 プロキオンは「あれ〜?」と頭をかいた。辺りを見回していたシリウスはふと、近くの壁を触ってみる。ほんの僅かに切れ目が入っているのが見えた。その辺りを触っていると、小さなくぼみを発見した。指先でコツンと叩くと一部分がぐるりとまわり、コンクリートの棒のようなものが出てきた。


「何してんだ、シリウス」


 シリウスの行動に気づいたベテルギウスが尋ねるも、シリウスはお構いなしに無言でそれを押してみる。ギギギとコンクリートの壁がドアのようにゆっくり動く。そしてその先には──上に続く階段が長く長く伸びていた。


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