なぜか姉の女友達が俺にだけめっちゃぐいぐいくる!?

くさもち

1話 黒歴史


「でさ~」



「あら、そうなの? ふふ、それはよかったわね」



「……」



 俺こと小日向こひなたしょうには最近悩んでいることがある。



「あ、ごめん。ちょっとトイレ行ってくるね」



「ええ、分かったわ。別に急がなくてもいいから」



「うん、ありがと~」



 ぱたんっ、とドアが閉じられた瞬間、〝彼女〟はふふっと妖艶に笑って言った。



「――やっと二人きりになれたわね」



「……そうですね」



 そう、この姉の友だち――白藤雪菜しらふじゆきなさんがやたらと思わせぶりに絡んでくるのだ。


 彼女は姉のひよりと同じ17歳の高二で、切れ長の瞳に鼻筋の通った美麗な顔立ちと、まるでグラビアアイドルを彷彿とさせる抜群のスタイルが特徴の美少女である。


 なんでそんな美人が姉さんの親友なのかはまあ置いておくとしよう。


 半眼で警戒する俺に、雪菜さんはどこか恥ずかしそうに頬を染めて言った。



「あら、そんなに見つめられたら照れてしまうわ」



「べ、別に見つめてたわけじゃないですし!? というか、雪菜さんが変なことを言うからでしょう!?」



「変なこと? 私はただあなたと二人きりになれて嬉しいなって言っただけなのだけれど」



「いや、それですよ、それ!? もし俺がその気になったらどうするんですか!?」



「あら、その気になってくれるの?」



「うっ!?」



 なんとも挑発的な視線を向けてくる雪菜さんに、思わず俺も口ごもってしまう。



「ふふ」



 そしてそんな俺をおかしそうに笑う雪菜さんを、俺はいつも通りぐぬぬと見据える。


 と、まあこのように彼女がやたらと思わせぶりな態度で日々からかってくるのである。


 しかも中には本当にからかってるだけなのだろうかというくらいぐいぐい迫ってくる時もあり、もしかしたらこれは本当に俺のことを……? と思う時もあったりなかったり……。


 だが! と俺は内心拳を握りながら思い出す。


 思わせぶりな態度に泣いた、あの最悪のクリスマスの日のことを――。



      ◇



 それは俺がまだ純情ボーイだった中学二年生の秋。


 当時の俺はクラスでも目立たない存在で、いつも窓の外を眺めながら一人退屈な日々を過ごしていた。


 いわゆる〝陰キャ〟というやつである。


 別に友だちがいなかったわけではないのだが、人付き合いがあまり得意ではなかったので、大体一人でゲームをしたり音楽を聴いたりしながら時間を潰していたのだ。


 まあ今も似たようなもんなんだけど……と、それはさておき。



「――ねえ、何聴いてんの?」



「……えっ?」



 そんなある日のことだ。


 俺は一人のクラスメイトに声をかけられた。


 彼女は陽キャグループの女子で、俗に言う〝ギャル〟みたいな感じの子だった。


 もちろん同じクラスになってから一度も話したことなどなかったので、思わず呆けてしまった俺だったのだが、彼女はそんな俺の手からイヤホンをとったかと思うと、それを自分の耳に刺して言った。



「へえ、結構いい曲じゃん。あたし、これ好きかも」



「~~っ!?」



 その瞬間――俺は恋に落ちた。



 ……。


 いや、だってしょうがないだろ!?


 いきなり美少女が顔を近づけてきて、すんげえいい匂いがした挙げ句、前屈みブラチラしたらそら誰だって好きにもなるわ!?



「ねえ、なんかおすすめの曲とかあったら教えてよ。あたしたち趣味合いそうだし」



「え、あ、うん……」



 ともあれ、こうして俺と彼女の交流が始まった。


 すっかり先ほどの色仕掛け(?)にやられていた俺は、彼女が喜んでくれるのならとおすすめの曲を徹夜でピックアップし、オーディオプレイヤーに彼女専用のフォルダを作った。


 そして翌日、辿々しくもそれを彼女に伝えたところ、彼女は「え、マジで? じゃあ一緒に聴こうよ」とまた至福の時間を作ってくれた上、今度は俺の隣に椅子を半分にして座った。


 当然、こんな近くに同級生の女の子を感じた経験などない俺は、その尻の柔らかさに再びがっつりとやられた。


 そう、二度目の恋である。



「あ、そだ。なんかお礼しないとね」



 しかもそれだけではない。


 彼女は俺の労をねぎらい、お礼と称して自分が今まさに飲んでいたジュースを差し出してきたではないか。



「この味嫌いなら別の買ってくるけど?」



「……」



 もちろん俺は飲みかけの方をもらった。


 当然である。


 二度も惚れた相手が自ら間接キスの機会を与えてきてくれたのだ。


 このチャンスを逃してなるものかと、俺は精一杯の勇気を振り絞ってジュースを受け取った。


 なんとも甘酸っぱい思い出である。


 まあ蜜柑ジュースだったので甘酸っぱいのは当然なのだが。



「――あー、疲れたー。小日向、おんぶしてー」



 ――ぼふっ。



「ちょっ!?」



 そんなこんなで、その後も彼女はちょいちょい俺に絡んできた。


 いきなりおぶさってきた時はさすがにどうしようかと思ったが、その時の俺は完全に向こうも俺に気があるのではと思い込んでいたので、正直いつ童貞を卒業出来るかばかり考えていた。


 キモいのは重々承知している。


 だが仕方がないのだ。


 思春期の男子というのは、皆女子のそういうちょっとしたスキンシップを自分への好意と勘違いするような生き物なのだから。


 単に目が合っただけでもそう思い込むやつだっているというのに、これだけ過度なスキンシップをしてくれば、そりゃもう完全に俺のこと好きだろとなるのは仕方がないことなのである。



「――ねえ、24日って空いてる?」



 しかも、だ。


 性夜……もとい聖夜に遊びに行こうと誘ってきたら、まあ期待しちゃいますよね……。


 しなければあんなクソみたいなトラウマを植えつけられることもなかったのに……。



「――あ、あの、よかったら俺と付き合ってください!」



 そうして俺は彼女に告白した。


 ここまでお膳立てをしてくれたのだ。


 ならば最後くらいは男の俺が勇気を出すべきだと、幻想的に輝くツリーの前で、俺は彼女にそう告げたのである。



「あー……ごめん。その、一応先に謝っておくわ……」



「えっ?」



 するとどうだ。


 次の瞬間、聞こえてきたのは噴き出すような笑い声と、どこに隠れていたのか、ぞろぞろと姿を現すクラスメイトたち。


 そう、全ては罰ゲームだったのだ。


 クリスマスまでに俺から告白させられたら勝ちとかいうクソみたいな罰ゲーム。


 要は美人局みたいなもんだよな。


 善良なモテない男子をその気にさせるだけさせて、結局最後は絶望のどん底へと叩き落とす。


 本当に、最低の罰ゲームだよ。


 当然、そこから先のことなんてほとんど何も覚えちゃいない。


 どうやってうちに帰ったのかも分からないし、さすがにやりすぎたと思ったのか、彼女が何か謝罪の言葉を口にしていた気もするが、それすら俺にはどうでもよかった。


 彼女のアドレスはその日のうちに消したからな。


 そうして失意のまま冬休みに突入し、ぼーっとしている間に一年が過ぎて、まあ今に至るというわけだ。



      ◇



 と、俺の黒歴史をつらつらと語ったわけだが、あんな思いをするのは二度とごめんだからな。


 二人きりになったら嬉しいだの、その気になってくれるのかだのという雪菜さんの思わせぶりな態度を警戒するのは当然なのである。



「で、でも雪菜さんだって困るでしょう? 好きでもない男に勘違いされるんですよ?」



「あら、私は別に構わないわよ?」



「いや、構わないって……」



 まったくこの人は何を考えているのかと嘆息する俺だったのだが、



「――だって私、あなたのことが好きだもの」



「……えっ?」



 だーかーらー!?


 それが思わせぶりだって言ってるんだよもおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?


 分かってはいるのだが、それでも若干揺れるから困るのが男の子なのであった。




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