25 エクレアVSノーライフキング(後)

【side:ノーライフキング】


 放たれたのは、ただの〈雷撃ライトニング〉。


 エクレアの手のひらから出現したか細い電撃は、数千倍もある大きさの竜に立ち向かっていく。誰だって無謀だと思うような光景。


 だが竜を撃ち抜いたのは何を隠そう、その電撃だった。


 電撃を浴びた箇所は元より、その周囲までもが空中に消えるように散っていく。長大な身体を持つ竜だったが、その姿がかき消えるのには10秒とかからなかった。


 辺りに満ちていた闇の魔力はたちどころに霧散する。それがまたノーライフキングに現実を突きつけていた。


 〈災厄の怒竜ディザスター・ラースドラゴン〉が負けたのだ、と。


「なっ、あっ……!?」


 それでも現状が理解できなくて、ノーライフキングは口をパクパクと動かすことしかできない。自分が持つ最大の魔術が、ただの〈雷撃ライトニング〉に負けたなどと。


「あり、えない……! ありえないありえないありえない!!」


 ノーライフキングはまるで子どものように喚き出し、自らに生えている水色の髪をぐしゃぐしゃにかき乱す。癇癪を起こした様子を見てか、ノーライフキングの前方からため息が聞こえた。


「お前、今のが全力か?」

 

 声の方へ顔を向けると、そこにいる男は失望を隠さない表情でノーライフキングを見下ろしている。今にして見れば、その大きな体躯も対峙した相手に威圧感を抱かせる要因だ。


「なんなんだ……なんなんだお前は!!」


「言っただろ。エクレアだよ」


 ノーライフキングは自然と後退り、目の前にいる謎の人物から少しでも遠ざかろうとする。


 〈雷撃ライトニング〉ひとつで〈災厄の怒竜ディザスター・ラースドラゴン〉を打ち消した? それを謎といわずしてなんと言うのだ。


 そしてノーライフキングは知っている。謎というのは恐怖の源流だ。その源流が今、ノーライフキングの胸中に湧き出し、溢れんとしている。


 怯えきった表情を浮かべるノーライフキングに対し、エクレアが一歩前に出る。それだけでノーライフキングの緊張と恐怖は振り切られ、なりふり構わず魔術を行使した。


「い、いでよ! 〈召喚・千体の不死者サモン・アンデッド・サウザンド〉!! 奴を倒せ!! い、いや時間稼ぎでも構わん!!」


 ノーライフキングの周囲に多くのスケルトンが現れる。数を重視する魔術故に、強いアンデッドは生み出せない。今回は、わずかでも壁になればいいという思いで大量のスケルトンを召喚することにしたのだ。


 〈召喚・指定不死者サモン・アンデッド・オーダー〉のように、3体の強いアンデッドを生み出しても意味がない。おそらくだが、奴は〈雷撃ライトニング〉1発で、どんなアンデッドでも倒してしまうからだ。


 スケルトンでできた海のような壁を見て、ノーライフキングはわずかに安堵する。だがここに留まるのはマズイことを思い出し、すぐさま踵を返した。


「そうだ。こないだの吸血鬼ん時にも思ったけど、こうやってたくさん出てくると対処が面倒なんだよな。殴っても時間かかるし、〈ライトニング〉だとうまく巻き込めねぇし」


 スケルトンの海の向こうに消えたはずの男の声。だがそんな男の声が、なぜかよく通ってノーライフキングの耳に届く。


「だから考えたんだ。〈ライトニング〉を広げりゃいいんだって」


 意味不明。奴の言っていることに耳を傾けてはならない。狂人の戯言だ。〈ライトニング〉がどうなろうとノーライフキングの知ったことではない。


 自分はこの力を得て、もっと魔術の深淵を覗くのだ。こんな頭のおかしい強さの男にかかずらわっている時間はない。


 だから、ここから生きて帰らなくてはならないのだ。だというのに、足が遅々として動かない。まるで水中にいるような動作で必死に逃げている。ちがう。もっと早く。もっと早く逃げなくてはならないのに。全力で逃げているはずなのに、それでも遅く感じる。


 心ばかり焦って身体がついてこないノーライフキングの背後から、死を告げるような声が響いた。


「〈広がるライトニング〉」


 最初に光ったのはわずかな雷光。

 だがその光はまばたきの間に数を増やしていく。


 ノーライフキングがあまりの恐怖に負けて振り向いた時。既にスケルトンの海は、そのすべてが雷光によって包まれていた。真夏の太陽をもってしても負けてしまいそうなほどの光量が、スラム街の一角に溢れている。


「ひっ、ひぃっ……!!」


 〈召喚・千体の不死者サモン・アンデッド・サウザンド〉は本来なら一気に千体を生み出す魔術ではある。だが場所が足りなかった為、今現在、ここに千体生まれているわけではなかった。


 故に、スケルトンが燃え尽きれば燃え尽きるほど、召喚されていなかったスケルトンが続々と生まれてくる。だがそのスケルトンたちは、まるで焚き火に薪を追加するような気軽さで雷光に包まれていった。


「あっ、何本かどっか行ったな。この骨野郎を狙って撃ったが……まだ別の場所にいたのか?」


 スケルトンの――今では雷光の海の向こうで、エクレアが頭をかいていた。あまりにも日常的で自然な動作に、ノーライフキングは恐慌状態に陥る。


 あれだけの魔術を行使しておきながら、それが当然と言った態度。奴は〈雷撃ライトニング〉だけで、〈災厄の怒竜ディザスター・ラースドラゴン〉と〈召喚・千体の不死者サモン・アンデッド・サウザンド〉を打ち破ったのだ。そんな未知の相手を恐ろしいと思えずに、どう思えというのか。

 

 おぼつかない足取りで必死に逃げるノーライフキング。いつ背中からあの電撃が来るかわからない。それでも逃げずにはいられない。あんな奴に関わっていたら、命がいくらあっても――不死者なのでもうないのだが――足りない。


「おい、お前。どこいくんだ?」


 ゾクリと背筋が凍る。


 ノーライフキングの足がふわりと浮き、世界がぐるりと回転する。なにが起きてるのか冷静に判断できるのは、こんな状況になる可能性を咄嗟に予期できたからだろう。


 宙に浮いたノーライフキングはそのまま吹き飛ばされ、スラム街の廃墟へ突っ込んだ。嵐に翻弄される木っ葉のように、ノーライフキングの生殺与奪は既に握られている。


「フランに首謀者は捕まえてくれって言われてるんでな。殺しゃしねぇよ」


(こんな……! こんなところで死ねるか!! 我は、魔王を……!!)


 諦めかけた心に火を灯し、どうにかあの恐ろしい敵から逃げる算段を考える。既にスケルトンの海はない。千体のスケルトンですら、足止めにもならなかったのだ。


 ならば、とノーライフキングは周囲に散らばった負の魔力をかき集める。闇属性とも違うアンデッド特有の魔力。〈死の行進デスマーチ〉で夜闇以上の濃密さで集まっていたはずのそれは、今や薄雲のような量しか残っていない。


 だが、この手しかないのだ。


 ノーライフキングは起き上がり、ゆっくりと迫ってくる男に向けて手を突き出す。この渾身の技が不発に終われば、そこで死ぬだけだと覚悟を決めて。


「〈自壊する魂ソウル・ディストラクト〉!!」


 アンデッドの魔力をすべて使い、自身に向けて爆発させた。


 相手に撃っても無駄だとわかっているから? 否。


 これは緻密な魔力構造による魔術ではない。それ故に、消費する魔力量に対して破壊力は低かった。


 だが純粋に爆発したような魔力は、周囲のものを吹き飛ばしていく。威力はなくとも、範囲内のものを吹き飛ばす衝撃力は高いのである。


 それは純粋な魔力による圧力だからだ。抑え込まれた風の塊が、一気に開放されるようなもの。


 ノーライフキングの目論見は当たり、自身の身体は帝都の上空へと撃ち出された。同時に、あの異常な男がノーライフキングとは反対方向へ飛んでいくのも。


 それを見てノーライフキングは勝利を確信する。この戦いにおける勝利は奴を倒すことではない。あの恐ろしい男から生き延びることだった。


 反対方向に吹き飛ばされれば、さすがのあの男であっても追いつくことはできない。それを確信し、空中を飛んでいきながらノーライフキングは高笑いを漏らす。


「ふははは! これでいい……! 生きていれば必ず復讐の日は……!」


「そんな日は来ん」


「ぶべっ!?」


 突如、ノーライフキングの上から鉄塊のような一撃が腹部へ降ってきて、彼の身体を地面に叩き落とした。


 ただの一撃。英雄の全力ですら傷をつけられなかったノーライフキングの肉体は、たったの一撃で瀕死に追い込まれていた。


 起き上がれない。不死者となり、肉体の疲労や損傷とは無縁のはずなのに。ノーライフキングは仰向けのまま、どうにか立ち上がろうと手を地面に突き、肘で身体を起こす。


「寝てろ」


「ぐあああっ!!」


 起こしかけた上半身に、思いっきりなにかが突き刺さるように沈み込んだ。


 それは脚。

 細く長い、ノーライフキングが握れば折れてしまいそうなほどの華奢な脚だった。


 そんな見た目の反面、鋼のような剛直さでノーライフキングの腹上へ降ろされている。腕で掴んでいくら動かそうとしても。微動だにしない。


「我の脚に見惚れるのも無理はないがのぅ。じゃが、お主には聞きたいことがあるのじゃ」


「お、お前……い、いや、あなた様は……」


 ノーライフキングは確信する。自分を足蹴にしている女性は、自分を越えるアンデッドだと。それほどまでに、彼女からは死のオーラが噴出しているのだ。


「うん? そうか、貴様にはわかるか。ノーライフキングに成っただけはあるのぅ。良い。我の名前を耳にすることを許す」


 女性は気分良く両手を広げ、黒いドレスが彼女を引き立てるように揺れた。


「我こそが始祖吸血鬼! ティーナリウス・ムーン・マリーブラッドじゃ!!」


「始祖、吸血鬼……そんな、バカな……」


 ありえない、と口にしようとして、目の前の女性に視線だけで射竦められる。ノーライフキングはその瞬間に口が動かなくなり、代わりに恐怖で歯がカチカチと鳴り始めた。


 始祖吸血鬼。アンデッドの中のアンデッドであり、真の意味でアンデッドの王と呼ばれる存在。


 だがここ数百年は存在が確認されておらず、なにかがあって消滅したのだというのはアンデッドの中での定説だった。


 しかし、今。

 ノーライフキングを赤子のように手玉に取り、彼女はそこに君臨していた。


「今回は迷わず来れたぜ。おっ、誰だお前。お前が捕まえててくれたんだな」


 先ほど反対方向に吹き飛んだはずの男が、既にここに来ていた。それによってノーライフキングは、始祖吸血鬼が現れようと現れまいと自分が捕まっていたことを悟る。〈雷撃ライトニング〉だけでなく、奴自身の身体能力もまたおかしかったのだと。


「あーん? エクレア! 貴様の〈雷撃ライトニング〉のせい……せい? おかげ? ……とにかく貴様によって、我はちっちゃくなったりおっきくなったりしとるんじゃ!!」


「なんで俺の名前知ってんだ? どっかで会ったことあったか?」


(この男といい、伝説のアンデッドといい……途中までは完璧だったというのに……。なぜこんなタイミングでこんな奴らが……)


 自分の上で言い争いを始めた2人を眺めながら、ノーライフキングは自らの不運を呪うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る