03 獣王との邂逅

 数日後。闘技場には満員の観客が押し寄せ、当日には既に入場券は売り切れており、転売屋も続出するほどの騒ぎとなっていた。


 それも当然で、獣王が王者として挑戦を受けるのは約1年振りらしい。それまではトーナメント優勝者とのエキシビジョンマッチや、デモンストレーションなどで出てくるだけだったとのこと。


 故に、これだけ賑わっているのだろう。観客席にはぎゅうぎゅうに人が詰まっており、立ち見も大量に発生していた。


 私はグリッドに貴賓席を用意してもらい、そこで悠々と観戦することになっている。師の戦いを弟子が上から見るというのも変な話だが、そんなことを気にする先生ではないだろう。


「どうかな、フランさん。貴方の師匠は勝てそうですかな?」


 貴賓席には私とグリッドが隣同士で座っていた。というよりも、他に貴族の方などがいるのでSランク冒険者とはいえ平民の私をグリッドが抑えている、という構図なのだろう。それほど帝国では貴族が力を持っていた。無論、それは国から任される責務を果たしているかららしいが。


「そうですね。獣王を見てみないとわかりませんが……正直、難しいでしょう」


 手加減が。とは心の中だけで言っておく。


 平民とはいえ、私だってこういう場を用意してくれた人にお世辞ぐらい使うのだ。それが結果的にお世辞になるか、私の皮肉に変わるかは先生の戦い方次第だけど。


「いえいえ。Sランク冒険者ともなれば、さしもの獣王も苦戦は免れないでしょう。もしかすると、初めて獣王が身体に土を付けることになるかもしれません」


 苦笑の表情を貼り付けているが、その目には鋭い輝きがある。自分の部下とも言える獣王が負けるとは、一切考えてないだろう。


 獣王がSランク冒険者を数人撃退しているという話は、冒険者から警告のような形で知らされていた。どの試合でも魔術も剣術も通用せず、圧倒されたとか。


 もし獣王が本当にSランク冒険者より強いのなら、私だって危ないかもしれない。先生どころか英雄に捕縛されるような相手より弱ければ、私の人生目標である魔族への復讐など夢のまた夢だ。


(でも、それは戦い振りを見ればわかることだ)


 願わくば、先生が少しでも獣王の強さを引き出すように願っていると。


『さぁ、おまたせしました!! いよいよ始まります! 本日の大一番!! Sランク冒険者対、闘技場の王者――獣王だぁぁぁぁぁぁぁ!!!』


 魔道具による実況により、闘技場が一気に盛り上がる。突然の熱狂に私はついていけず、ただただ割れんばかりの歓声の中で呆然とするしかなかった。


『まずは挑戦者! Sランク冒険者となってまだひと月ほど! Sランクとしてはルーキーに近いが、それ故に斬新な戦い方を持つであろう!! 獣王へ迫ることができるのか!? エクレア!!!』


 ひたすらに沸き起こる歓声の中、一方の鉄格子が開き、先生が闘技場へ入ってきた。首や肩を回していて、全く気負った様子はない。普段の先生のままだ。


「ふむ。この状況で動じていない……胆力はなかなかのものです」


 歓声の中でもグリッドが聞こえるように言ってくる。胆力というか、先生に恐れとかそういう感情があるのかどうかが不明だ。


「ですが。獣王を跳ね除けられるかは別の話。良い勝負になるといいですね」


 盛り上がる闘技場の熱気にあてられたのか。グリッドは最早、獣王贔屓を隠そうともしない。まあ別にそれで機嫌を悪くするような私でもないし、「そうですね」と適当に答えておいた。


『皆々様方! もう一方の扉をご注目ください!! 我らが闘技場の主! 1年振りに本気の戦いは見られるのか!? Sランク冒険者なんてぶっ飛ばせ!! 獣ーーーー!! 王ーーーーー!!!』


 先ほどまでの盛り上がるから、更にもう一段階ボルテージが上がっていく。ここまで歓声で世界が覆われると、この熱狂だけで死人の1人や2人出てもおかしくはない。


 そんな異常なほどの熱気の中、先生が出てきた方向とは反対側の鉄格子が開く。そこから姿を見せた者こそ、獣王だった。


「「「「「「獣王! 獣王! 獣王」」」」」」


 一糸乱れぬ獣王コール。それこそが観客から獣王への期待と人気を表していた。


 そのコールを一身に受ける獣王は、獅子の顔を持つ亜人であり、肉体は筋骨隆々。それは人間とは比にならないほどの筋肉量であり、実は彼はゴーレムであると言われても納得してしまうほどの鍛え上げ方だ。彼の剛腕と比べると、丸太の方が細いかもしれない。


 更に、そもそも身体自体も大きかった。人間としてはかなり巨体な先生だが、そんな先生が子どもに見えてしまうほどの体格差。もしかしたら4メートルほどはあるのかもしれない。


(少しぐらい分けてくれないかなぁ……)


 高身長の生物を見るといつもそんなことを思ってしまう。だが今は獣王の観察に集中すべきだ、と意識を切り替えた。


 1歩1歩、重厚な雰囲気で歩を進める獣王。その1歩ずつにすら新たな歓声が沸き立ち、先生と対峙した時には歓声以外の音が聞こえなくなっていた。


(なにか喋ってる……? 〈兎の耳ラビットイヤー〉)


 私は無詠唱で魔術を発動させ、先生と獣王にだけ集中させた。すると歓声はかき消え、2人の会話だけが耳に届く。


「……と、これがオレの強さだ。そのような矮小な体躯でどうするつもりだ? 人間」


「どうもこうもあるか。戦って勝つ。それだけだろ」


 獣王がなにか喧嘩を売るようなことを言い、先生がそれを受けている状況だった。別になにか変なことを言われた様子ではなかったので安心する。


 獣王が、もしかしたら精神作用を持つ呪言の持ち主であることを警戒したのだ。その情報だけを伏せていて、試合前に呪言で相手の身体を縛り、勝利する。そういった戦法の持ち主である可能性も危惧していたのだが、そうではないようだ。


(つまり、これまでのSランク冒険者たちは実力で負けてきたということ……)


 私は知らずの内に拳を握る。獣王の強さを見て、私がSランクでもどの辺りに位置するのか把握しておかないと。


(〈鷹の目ホークアイ〉)


 動体視力を上げる魔術を自身に掛ける。先生と獣王の戦いを、わずかでも見落とさないように。


「フン! Sランク冒険者とやらはいつもそうだ! あるのは自信ばかりで歯ごたえがない! 少しはオレを楽しませてみろ!!」


「わかった。なら全力で来い。そうしたら返してやる」


 獣王の目が怒りに燃える。先生の物言いに、王者としてのプライドが反応したのだろう。


 だが、先生にとってはいつもどおりだ。相手に全力を出させ、それを越えていくことで自分の強さを証明する。


(あとは獣王がどこまでやれるのか……)


 先生が物差しになってしまっては機能しないかもしれない。だがSランク冒険者を下している実績を持つことで、少しは獣王に期待している自分がいた。


 2人は離れ、おそらくは指示されたであろう試合開始前の位置につく。先生はやたらキョロキョロしていたが、地面に目印があったのだろう。それを見つけられなかっただけだ。先生はそういう細かいことは苦手なので。


 王者と挑戦者。2人が位置につくと、自然と歓声がやんでいく。不意に戻ってきた痛いほどの静寂の中、


『それでは……試合開始ッ!!』


 実況の声が響き、再び歓声に熱が入り――次の瞬間にかき消えた。

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