第二章 帝国編

01 帝国闘技場

「おーっ! ここが帝都ってやつか!!」


 帝都に降り立った先生は、雄叫びのように声を上げた。道行く人々がこちらに視線を向けるが、すぐに興味を失ったように雑踏へ紛れていく。おそらくだが、お上りさん的な感じでよくあることなのだろう。


 ここまで私たちは馬車で来ていた。王国から帝国へ向かう馬車。通常便と快速便があって、お金のある私たちとしては当然快速便だ。

 しかも王都から帝都への直行便であり、通常便なら2週間掛かるところを、1週間で行けるのだ。これが早いと言わずして、どうしたものか。


 などと考えつつも、先生からすれば全力で走った方が速いのはわかっている。野営含めて徒歩1日の距離を、たったの半刻で到達できるのだから。先生にスタミナ切れの概念はなさそうだし、半日ほど走り続ければ王都から帝都へ移動することも可能なのだろう。


 とはいえ。それは先生の方向音痴がなければ、の話だが。

 先生は強さを犠牲にして、色々な生活能力が欠如している。方向音痴もそのひとつだ。

 

 方向音痴に関しては最近気づいたことではある。だが、道に迷った時に先生は「とりあえず見たことのある場所まで走る」か、「上空まで跳んで、行きたい方向を見つける」の2択から選ぶので、あんまり問題にならなかったのだ。


 あと、以前まで先生が拠点にしていた『混沌の森』から『城塞都市ブレーキ』までの道のりを、直線で覚えていたというのも大きい。直線で走れば着くのだから、先生でも迷わず行き来できたというわけであり、方向音痴が発覚するのが遅れたのだ。


 だがどちらにせよ、直線での移動を王都と帝都でやらせるわけにもいかない。途中には村落や集落、街や国境の砦などもあるし。


 なによりも先生が全力で走れば、モンスターの襲来かと思われる危険性もある。そんな不要な騒動を起こさせない為にも、今回は馬車にしたのだから。


 あと。先生に抱えられたまま半日も爆走されたくない、という私の事情もあったけど。


「先生。まずは闘技場に向かいますか?」


「おぅ! そうするか!」


 興味津々そうに周囲を見回す先生。初めて景色を楽しむ子どものようで、その姿はちょっと微笑ましい。目つき怖いけど。


 帝都の闘技場は観光資源としても有名だ。数多くの人が、闘技場の熱狂を感じようとして帝都に訪れるほど。


 参加者は自由であり、特に制限もない。騎士だろうが兵士だろうが平民だろうが貴族だろうが冒険者だろうが浮浪者だろうが、誰だって参加することはできる。


 ただ、あまりにも弱そうな人はさすがにテストを受けさせられるらしい。また犯罪者なんかが出場してお金稼ぎをしようとしても、ちょっと名の売れた犯罪者だとすぐさま衛兵に捕縛されるとか。そのあたりはしっかりと仕組みが構成されているようだ。


 いや、そもそもある程度の犯罪者なら、部下とかを出して上前をはねそうなものだけど。まあ犯罪者を捕縛するのがメインじゃないからいいのだろう。






「へぇー、これが闘技場か。思ったよりこじんまりとしてるな」


「なにを想像してたんですか?」


「すげぇデケェ建物」


「……そうですか」


 先生の独特な感性に付き合っていると疲れるので、そこそこのところで切り上げた方がいい。


 私たちが訪れた闘技場は、円形の石造りの建物だ。その見た目は古来からの伝統ということであり、実際には魔術で防護されてるのでそこらの金属より丈夫になっているらしい。


 中からは大きな歓声が聞こえてくる。どうやらなにかしら勝負の決着がついたようだった。


「参加するにはどうするんだ?」


「あそこが受付じゃないですかね」


 受付らしき場所に行くと、そこにいたのは筋骨隆々のおじさんだった。城塞都市のギルドマスターに負けず劣らずのムキムキの中年男性。そんな男性が愛想がいいわけもなく――良くても嫌だが――、こちらを値踏みするように見てから鼻を鳴らした。


「参加希望者か? ここに自分のファイトスタイル、得意武器、命のやりとりの可否、それともし身分証があれば出してくれ」


 オジサンが主に見下してるのは私だ。正直言って、私の見た目はまだ成人前に見られることもあるほどに幼い。だからこそ兄か、もしかしたら父に連れられて闘技場の見学に来た子どもだとでも思っているのだろう。


「私も参加します」


「そうなのか? お前みたいなチビになにが……ま、オレの知ったこっちゃねぇか」


 私は記入書を受け取りながら、憤怒の心を必死に抑え込んでいた。開口一番、身体的特徴に言及するなんていい度胸をしてるじゃないか。お前と闘技場で戦ってもいいんだぞ、などと思いながら書類へ記入していく。


 先生は孤児院育ちだというのに、サラサラと書類に記入していく。冒険者ギルドに登録する時も思ったけど、意外と教養があるのだこの人。考え方はストイックな蛮族って感じだが。


 私と先生は同時に書き終わり、オジサンにギルドカードと一緒に提出する。さすがの先生もギルドカードを紛失したりすることはないようだ。


「ん……はっ!? Sランク冒険者!? それも2人も!? どうなってやがる!! い、いや、ちょっと待っててくれ!!」


 書類とギルドカードを受け取ったオジサンはお手本のような驚き方をして、部屋の奥へ消えていった。


「なんだったんだ?」


「多分責任者とか呼んでくるんですよ」


 仮にもSランク冒険者が2人だ。その辺の参加希望者とぶつからせても、一瞬で決着してしまって面白くないのは目に見えている。


 なにより、オッズが偏ってしまうはずだ。闘技場とは言ってしまえば賭け事でしかない。どちらが勝つかに賭け、参加者も客も熱中する異様な場所。


 故に、戦力が均衡するようなカードを選び、賭け金を釣り合うようにしなければならないのだろう。そうすることで闘技場の主催者側も儲けが出るし、そうやって帝国へ儲けを上納することで国の後ろ盾を得て運営できる、というわけだ。


 待つこと数分。部屋の奥からなにやらメイド服に身を包んだ若い女性が現れ、受付の横にある通用口を開けてくれた。


「どうぞ、こちらへ。オーナーはお二方と話がしたい、と。もちろんお二人がよろしければ、ですが」


「話さなきゃ出れねぇんだろ? 行くとするか、フラン」


「はい、先生!」


 通用口から内部へ入り、薄暗い廊下を進む。闘技場に来た者の何人がこの通路を通ったことがあるのだろうか。当然、職員などは除いてだ。


「オーナーはこちらで待っています。どうぞお入り下さい」


 廊下を何度か曲がった先にあったのは簡素な扉だ。メイドさんが扉を開け、私たちは室内に入る。内部は簡易的な応接室のようになっており、調度品などはないが誰かを招いて話し合うには相応の部屋だと見えた。


 室内にいたのは、黒いクロークと黒い礼服に身を包んだ深緑色の髪を持つ青年。いや青年というよりはもう少し歳を取ってそうだが、見た目の割に熟練商人のような雰囲気を醸し出している。服装が上から下まで真っ黒なのも、年齢不詳感を強めていた。


「お呼び出しして申し訳ありません。私がこの闘技場のオーナーを務めている、グリッド・シェルフェードと申します」


 青年は深々と頭を下げた。その滑らかな動きは、海千山千の者がひしめく商人の間を戦い抜いてきた誇りを感じさせる。


「俺はエクレアだ。よろしくな」


「私はフランです。先生の弟子です」


「……弟子じゃねぇんだけど」


 先生はまだ認めていないようで、私だけに聞こえるようポツリと呟いた。どうやらまだ認めていないようだが、大声で拒絶しない時点で外堀を埋めるには充分である。


「さて……ああ、どうぞお掛け下さい」


 グリッドに勧められ、ソファに腰掛ける。柔らかくはないが、しっかりとしている造りのソファだ。王城で座ったソファは柔らかすぎて落ち着かなかったので、こっちの方が性に合っている。


「それでお二方ともSランク冒険者で、闘技場に参加したい、と?」


 テーブルの上にギルドカードが並んでおり、グリッドはこちらに差し出してくる。私たちはギルドカードを受け取り、彼の言葉を肯定した。


「……そうですね。ですがSランク冒険者と戦える者など、そうはいません。もし対戦カードを組むとすれば、むしろお二方自身で、とされた方がこちらとしても助かるのですが」


 言いにくそうな顔を浮かべるグリッドに、先生が口を開く。


「それじゃ意味がねぇ。強者がいるって聞いたからここまで来たんだ」


「ええ。私じゃ先生の相手は務まりません」


 それは心からの言葉だった。もし私の切り札を使っても、先生には届かないだろう。


 だがグリッドは困ったように笑うだけで、こちらに「お引取り下さい」などと言う雰囲気ではない。おそらくだが、ここまでは彼の想定通りなのかもしれない。


「では……我が闘技場が抱える最強の闘士と戦う、というのはどうでしょう?」





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完結していないのを思い出したので、せめて完結はさせたいと一年振りに更新を再開します。

本当に完結するかは未定です(予防線)。

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