第31話 解明

「本名、当たりだろう?」


「ええ、さすがね」


 ソフィアことイザベラ・バートレットの変わり身は一瞬だった。先ほどまで見せていた色香漂う男を誘う雰囲気は鳴りを潜め、開いた瞳にはいくつもの死線をくぐった強者特有の凄みが宿っている。

 デルイの腹を蹴り上げて上体を起こし、そのまま抜け出そうと試みる。が、それしきのことで逃すようなヘマはしない。起き上がったところで両肩を掴み壁へと押しつけると、鋭い声で応援を呼んだ。


「ルド!」


 扉の外で気配を殺して待機していたルドルフが素早くやって来てデルイの隣に並び立つう。武器である剣は抜いたまま、いつでも振り下ろせるように臨戦態勢だ。


「捕らえたか、デルイ」 


「ああ」


 応援が来たとこで気力を削がれたのかイザベラはそれ以上の抵抗を見せようとせず、全身の力が抜けるのを感じる。

 妙にあっけない、と思わずにはいられなかった。S級冒険者ともあろう人間が手錠ひとつで大人しくするとも思えずデルイもルドルフも目の前で捕まるイザベラを睨め付ける。


「ふふっ……そんなに怖い顔しなくても、貴方達の勝ちよ」

 

「表で暴れている霊体魔物は君の仕業か」


「そうよ。誰も死んでいないでしょう? 私の指示に従うようよく統率されてるの」


「そうだとしてもこちらとしては大迷惑だ、さっさとなんとかしてくれ」


 ルドルフが険しい顔つきでそう命じれば、イザベラは肩をすくめておどけた表情を見せる。デルイに押さえつけられている腕を伸ばしてパチンとひとつ指を鳴らせば、そこから魔法が放たれたのがわかった。


「すぐに雲散霧消するわよ」


「妙に聞き分けがいいんだな」


「だってもう捕まってるし、今更暴れてもどうにもならないでしょう?」


 笑ってみせるイザベラには捕まったことでの焦燥感や苛立ちといった感情が全く見えず、それが返って不気味に感じた。ルドルフは表の状況確認と容疑者確保を伝えるために通信石を取り出す。

 それを横目で確認したデルイは口を開き、イザベラに問いかけた。

 

「どうして笑ってる」


「んん……人って緊張や恐怖が極限に達すると笑ってしまうものなのよ。そういう経験はないかしら」


「ごまんとある。けど今の君からは……そうした感情は感じられない」


「あら、そう? じゃあどんな感情がありそうかしら」


 赤い唇に弧を描いたイザベラをデルイは目を細めて見つめた。押さえつけてはいるが、正直彼女からは逃げ出そうとする意志が微塵も感じられない。力も抜けきっており、緩い表情を浮かべている。

 これは、どちらかというと……そう。


「……勝負に勝ったのは自分だ、という顔をしてるね」


「!」


 少し驚いた顔をしたイザベラはすぐに表情を戻して苦笑する。


「さすが、私が見込んだだけのことはあるわね」


「どういう事かな」


「捕まるなら貴方がいいって思っていたから。見た目だけじゃなくて腕も立つ男は好きよ」


 その時デルイはその言動に微かな違和感を感じた。

 飛行船が遅れることへのクレームで注目を集めた事。

 ゲイザーを伴ってデルイとルドルフの前へ現れた事。

 空港内にいる冒険者に視線を向け、デルイを忘れたかのような振る舞いをし、にも関わらず出立前にここに来るようわざわざ部屋の番号までもを教えた事。



「イザベラ・バートレット……君は、わざと俺に捕まったか?」


 ほとんど確信に近い自信を持ってそう言葉を発すると、イザベラはますます愉快そうに笑みを深めた。


「そこまでわかるなんて上出来ね」


 解せないという思いがデルイの中で大きくなる。報告を終えたルドルフが隣にやって来る気配を感じつつ、デルイは言葉を続けた。


「あれだけ分かり易ければ当然だと思うけどね。でも何故だ? 君は密かにつながっていた錬金術師のアリアを囮にして空港内に幽冥の誘薬をばら撒いてこちらの戦力を把握した。大規模な捜査をさせてもう薬が存在しないと確認させ、油断させた挙句に事件を起こした。俺に接触しなければ、犯人が自分だとわかる事なく出港できただろうに、どうしてわざわざ捕まるような真似をしたんだ」


「知りたいの? でもその前に、こう質問をしたほうがいいと思うわよ。『どうしてこんな事件を起こす必要があったんだ』」


 確かにそれはそうだろう。そもそもこの厳重な警備が敷かれ、雲の上にある孤島のような場所で魔物を暴れさせる意味は無い。魔素や生命力とはイザベラが操る霊体系の魔物の力の源であり欲しているというのは理解できるが、別にそれならばいくらでもやりようはあるだろう。こんな人目につく場所で派手な事件を起こす必要性は微塵も感じられない。

 何も言わないデルイを見てますます機嫌をよくしたのかイザベラは言葉を紡ぐ。


「その質問に対する答えはこうよ、私は手っ取り早く力を手に入れる必要があったの」


「どういう……」


「そしてそれを踏まえて、貴方の質問に答えてあげるわ。私はね、将来有望で可愛い後輩が謂れのない罪で捕まるのを黙って見ていられなかったのよ」


 矢継ぎ早に喋るイザベラに押され、デルイは黙って耳を傾ける。


「アリアはねぇ、王都で知り合ってちょっと行動を一緒にしていた時期があったのよ。優秀だけど少しおっちょこちょいなところがあってね、誰も一緒に組んでくれなかったんですって。可哀想でしょう? だから私たちのパーティに誘ったの。そうは言ってもひと月だけなんだけれどね」


 昔を思い出したのかイザベラがふふっと笑いを漏らす。


「アリアと別れた後に私たちはエルネイールへと行ったんだけど、そこで仲間の一人が瀕死になってしまって」


「知ってる、新聞に載っていた。似顔絵を見て俺は君が誰なのかわかったんだ」


「あら、成る程。さぞかし似ている絵だったのでしょうね」


「ああ」


 デルイは頷き、イザベラの話の続きを待った。


「フレデリックはもう……戦線に復帰できそうにない。けれど私たちは仮にも冒険者の頂点とも言えるようなパーティよ、このまま討伐失敗の汚名を背負ったまますごすご帰るわけにはいかないでしょう? だから私たちは、ある作戦を立てたのよ」


「それが幽冥の誘薬を空港にばらまくことと関係があるのか?」


「大有りよ。魔素や生命力は霊体系の魔物を強くする。私がここで捕らえられても、その力は魔物へと注がれるわ。良く手懐けられている魔物はね……主人がいなくても命令に従うものなのよ。

 そこで私たちはアリアにお願いをして幽冥の誘薬を作ってもらった。あまつさえ、囮役さえも引き受けさせた。そうして注目がアリアへと集まっているところで私が自由に動いていたというわけよ。

 けども、そのままではアリアがあまりにも可哀想でしょう? 彼女はただ、格上の冒険者からの依頼を断れずに言われたことをやっていただけ。だから真犯人が私だということは必ずバレないといけなかったし、私は捕まらなければならなかった。

 私には色々な伝手も功績もあるから……王都で捕縛されたところで大した罪にはならない。さっさと放免されてエルネイールに向かい、雷竜討伐のリベンジへ行くという寸法よ」


「……欺瞞だな」


 デルイはイザベラの告白を一刀両断した。一見筋が通っているようで、あまりにも無茶な言い分だ。自身の下で身動きすらせずにいるイザベラを見下ろしつつ、デルイは淡々と論破する。


「法の力はいかなる人にも平等に降り注ぐ。君がどれほど優れた冒険者だろうと、犯罪を犯せば相応の償いをする必要がある。計画はずさんだし、あまりにも無茶だ」


「そうかしら? 私はそうは思わない。そんなのは上辺だけよ、裏道なんていくらでもあるわ。わざわざエルネイールから戻ってここで事を起こしたのはね、ここ方が私の味方が多いから」


 自信に満ち満ちた態度でそういうイザベラからは、やはり大事件を起こして捕まった犯人だという様子が感じられない。全てが彼女の手のひらの上で転がされているような、そんな気持ちにさせられる。

 


「デルイ、表の騒ぎは収束したそうだ。連れて行くぞ」


「ああ」


 ルドルフの声掛けに応じてデルイはイザベラの体を手錠だけではなく魔法で拘束する。ぐいと引き立たせて後ろ手にさせ、両手を掴んで歩かせた。

 彼女の足取りは堂々としていて、デルイは改めてこの小柄な女性が冒険者の憧れであるS級冒険者なのだと痛感した。

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