第28話 久遠の光①

「あら、錬金術師が一人でギルドの依頼を受けているの?」


「あ、はい」


 久遠の光がB級錬金術師アリアに出会ったのは全くの偶然だった。

 S級冒険者パーティーである久遠の光はその日、王都近くのつまらない事件の収拾が終わり、ギルドマスターへと報告を済ませたところだった。

 その少女にイザベラが声をかけたのは単なる気まぐれだ。

 ギルドの受付にクエストを持ち込んだその錬金術師は、「Bランクの錬金術師お一人でこの依頼は受けることができません」とにべもなく断られていた。

 「そこをなんとか」と言い募る彼女は見るからに切羽詰まった様子であり、共に冒険へ向かう仲間がいないのは一目瞭然だった。


「どこへ何をしにいく依頼かしら」


「あっ」


 まごつくアリアの手から依頼書をぴっと奪ったイザベラはその内容を吟味する。


「ああ、成る程。近郊の岩窟内の水晶を採りに行きたいのね。でもあそこの魔物を錬金術師一人で相手するのはちょっと無理よ」


「はい、でもどうしても行きたくて……」


 少女がまごつきながらも、受付嬢に言ったのと同じセリフをイザベラに言う。イザベラは少女を値踏みした。気弱そうながらも意志が強い瞳がイザベラを射抜く。まっすぐなその眼差しは、冒険者を長らくやっていると失われていく光が宿っていた。

 諦め、絶望、ずる賢さ。

 そういったものとは無縁の澄んだ瞳。

 

「いいわ。丁度頼まれていた案件が終わったことだし私が一緒に行ってあげる」


 少女は何を言われたのか理解しかねたらしく、その綺麗な瞳をパチパチと瞬いてイザベラの台詞を脳内で反芻しているようだった。


「遠慮しなくていいのよ。冒険者同士、困った時は支え合わないと。ね?」


「なんだイザベラ、その子の面倒見るのか?」


「イザベラってばお人好しよね」


 後ろから久遠の光のメンバーであるフレデリックとエルリーンまでもがやってきた。

「んー、だって、ちょっと暴れたりないと思わない?」


「ま、確かにな」


「マスター直々の頼みっていうからどんなかと思えば、あっさり片付いちゃったものね」


「そういう事。岩窟内にいる魔物ならクールダウンには丁度いいわよ」


 伝説的とまで称されるパーティーメンバーに声をかけられたアリアは当然周囲の注目を集めており、ギルドの中はざわざわと騒めき立つ。


「ああああの、私っ」


「心配しないで、私たちが一緒なら楽勝な依頼よ。報酬は全て貴女が貰っていいから」


「いえそうじゃなくて、恐れ多すぎると言いますか……! 私、単なるB級錬金術師ですし」


「それこそ気にしなくていいわよ。さ、善は急げよ、行きましょ」


 さっさと依頼書を受付に提出したイザベラは、長い金髪を肩の後ろになびかせながら実に美しい笑みを浮かべた。

 


+++


「採取できたかしら」


「はい、ありがとうございます」


 アリアは立ち上がると、水晶をパンパンに詰めたリュックを背負う。重みでアリアの体か左右にぶれた。


「っととと……」


 そのままどてっと転んでしまう。


「大丈夫?」


「は、はい。すみませんっ」


 イザベラの手を借りて起き上がったアリアはペコペコと頭をさげる。


「私ドジで、そのせいで一緒に組んでくれる人がいないんです」


「確かに戦場でその鈍臭さは命取りになるわね」



 イザベラは親切心からそう言うと、フレデリックとエルリーンを振り返った。二人も頷くとアドバイスを送る。


「もっと足腰鍛えたほうがいいんじゃないか?」


「後方支援職とはいえ、体力と筋力は冒険者の基本中の基本よ」


「はい……」


 シュンとしたアリアは、久遠の光のパーティーメンバーをチラチラとうかがい見る。


「あの……本当にどうして、私なんかにこんなに良くしてくれるんでしょう」


「言ったでしょう? 冒険者同士、助け合ったほうが良いって」


「俺たちな、駆け出しだった時にこうして高位の冒険者に助けてもらったことがあったんだ」


「だから私たちも同じように振舞うことでその時の冒険者に恩返ししてるってわけなの」


「はわぁ……凄いパーティだって聞いていたんで、もっと近寄りがたい存在だと思ってました」


「よく言われるわ」


 イザベラがにこりと微笑む。帰路は平和そのものだった。

 鈍臭いアリアと組みたがる冒険者はおらず、基本的に一人で依頼を受けることが多いのだが、こうして強者と行動を共にするといつも命がけで通る道がまるで違う場所のように感じる。

 前衛の大剣使いのフレデリックが危なげなく道を切り開き、魔物使いのイザベラが戦闘面でフレデリックの死角になる部分をカバー。そして回復師のエルリーンが補助をする。

 バランスに秀でたパーティ構成だ。

 おまけに人格者揃いで素晴らしい。アリアのような弱小冒険者を構って利益になることなど一つもないはずなのに、こうして助けてくれるなんて。

 戦闘中に渡すポーションを間違えてしまうようなドジくさいアリアに声をかけてくれる冒険者はもうおらず、いつも一人で困っていたのだがこうやって王都最強の一角を担うパーティーに付いてきてもらえるなんて思いもよらなかった。


「イザベラさんの連れている魔物は、スピリット系ですか?」


「そ。私の二つ名、聞いたことある?」


「確か、死霊使いネクロマンサーですよね」


「ええ。夜魔とか、リッチとかを使役するの」


「昼間の依頼に困りませんか?」


「大丈夫よ。確かに彼らは日が出ている間は力が半減するけれど、それでも強力な個体は強いし私が使役している時は野生の状態とはちょっと違うから」


「はわあ」


 自信に満ちた口調に立ち居振舞い。凄いなぁ、と思う。アリアは失敗が多いせいで自分に自信が持てずにいるのでこうしたイザベラのような女性は憧れだった。


「あのぉ、本当に依頼達成金、いらないのでしょうか」


「おうよ、俺たちめっちゃくちゃに稼いでるからな。お嬢ちゃんとっておきな」


「でも……」


 確かにS級冒険者ともなれば、こんな依頼でもらえる金額などはした金に過ぎないだろう。完全に引率をしてもらっている状態で全額もらってしまうというのは気がひける。

 するとエルリーンがいいことを思いついたとばかりにポンと手を叩いて明るい声で提案した。


「そうだわ! じゃあ、私たち用にポーションを作ってもらえない?」


「ポーションを、ですか?」


「ええ。そんな難しいものではないから。ね?」


 イザベラとは違う方向に綺麗なエルリーンに笑顔を向けられ、アリアは「私で作れるものであれば、頑張ります」と答えた。

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