第23話 大規模捜索

「いいかっ、今回のターゲットはA級指定の違法品『幽冥の誘薬』! 空港内に持ち込まれた数は未知数、我々はチリ一つ見逃さない気持ちで捜索に挑み、見つけ出さなければならない!!」


「はっ!」


 非常に気合が入っているのは保安部の中でも捜索を請け負う検査官の面々だ。

 鼓舞しているのは検査長のメイソン。検査官を引き連れて職員用通路から空港の中央エリアに抜け出て、そこから検査官を散会させる。

 検査官の通常時の仕事は船の積荷の検査などであったが、本日は非常事態ということで緊急招集がかけられてほとんど全員の出勤が命じられている。

 休日返上で集った検査官たちは文句も言わずに業務にあたり、空港には百人単位で集まった検査官が方々で這いつくばって何かを探す様が見られる。

 奇異の目で空港の利用客が見つめているが、気にしている余裕は一切なかった。

 

 何せ、取りこぼしがあったら大ごとだ。


 そんな風に行われている捜索を停泊した船の上から見つめている人物が、一人。


「大変そうねぇ」


「まあ、魔物をおびき寄せる薬品がそこらに転がっていたら大ごとだからな」


 美貌の空港利用客ソフィアは胸元が大胆に開いた細身の服を着ており、横で同じように検査官を眺めるデルイに視線を移した。


「あなたは? 加わらなくていいの?」


「あれは別部門の仕事。俺の仕事はもっと直接的に犯人を捕まえるお仕事」


「今はサボりかしら」


「うんまあ、そんなところかな」


「いつも一緒にいる緑の髪のお方は?」


「今日は別のところへ行ってる。俺はそこそこ強いから、一人でもそう危機に陥ることがないからね」


「あら、すごい自信」


 甲板の手すりにもたれかかった二人は目を合わせると笑い合う。妖艶な美女と容姿に優れた色男の組み合わせは抜群に絵になっているが、今それを気にする者は誰もいなかった。


「結局この船、明日には飛ぶんだろう? 良かったね」


「ええ、お陰様で。明朝には飛ばせるそうよ、今夜からは乗客が乗り込んでくるわ」


 言いながらソフィアは再び甲板から視線をターミナルへと移した。

 眼下では忙しく捜査を続ける検査官と、これから船に乗り込む利用客の姿、そして船から降りた客を誘導する空港案内係りの姿もある。


「冒険者の姿が多いのね」


「行き先によって乗船客の客層が変わるからね。今なら第二、第四ターミナルあたりは貴族連中でごった返してる」


「ふぅん」


 手すりにかけた腕に顎を乗せ、目線を細めてじっと冒険者を見つめた。

 ソフィアは何か物思いにふけっているようで、隣にデルイがいることを忘れてしまったかのようですらある。女性にそのような扱いをあまり受けたことがないので、少し意外だ。

 長年の経験によりデルイは大体において女性を夢中にさせる自信がある。

 デルイから見ると女性はふた通りのパターンに分けることができた。

 即ち、目があった途端にアリアのように赤面して俯くうぶな反応をするか、自分に狙いを定めて落とそうとしてくるか。

 ソフィアは後者かと思っていたのだがどうやらそうでもなさそうだ。誘ってきたのが彼女の方であるというのに、こうして放っておかれるというのはどういうことなのだろう。珍しいパターンに自然、興味をそそられた。それに彼女の顔にはやはり見覚えがある気がして、初めてあったという気がしない。

 デルイはソフィアの視線の先を追う。


「ソフィアさんも冒険者?」


「どうしてそう思うの?」


「ゲイザーを使役するような物好きは、普通の淑女の中にはあんまりいないから」


 今はいない彼女のペットを思い起こしてデルイは言う。お世辞にも可愛らしいとは言えないあの魔物を連れ歩こうなんて変わり者は、そうはいない。ゲイザーは戦闘力もほとんどなく、役目といえばその巨大な眼で周囲の状況を把握してそれを主人に伝えることができるという補助の役回りだけだ。

 ソフィアは苦笑した。


「そうね、以前は冒険者だったの。もう……やめたんだけれど」


「そっか」


 冒険者をしている奴も、引退した奴もごまんといる。別に珍しい話ではなかった。稼いだお金で身なりを整え、旅に出るのだろう。

 にしては行き先が渡航レベルA級の危険地域だというのが解せないところではあるが。


「最初に家を引き払ったって言ってたけど、王都を中心に活動していたのかな」


「そうよ。そしてもう戻るつもりはないから、家は売ったわ」


「潔いんだね」


「ええ、まあ。そういう性格だから」


 目を瞑る彼女は何かを思い出しているようで。数分の無言ののち、デルイの方から静寂を破った。


「じゃ、そろそろ行かないと怒られるから俺は行く」


「あらそう。残念だわ。ねえ、」


 いうとソフィアはデルイへぐっと近寄り、耳元で数字を囁く。


「……私の部屋番号。出立前に、ね?」


 意味深にそう言うと、ひらひらと優雅に手を振ってデルイを見送った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る