第17話 クソ兄貴

「応援に来たぞ!」


 混乱の極みにある第七ターミナルの出入り口から多数の騎士達がなだれ込んで来た。ご丁寧に馬まで連れ込んでいる気合の入った武装をしたその部隊の隊長を見て、デルイが声をあげた。


「げっ、兄貴」


「うおおぉぉ、なんだここは、地面が揺れてるぞ!?」


「落ちるのか、このターミナル!」

 

 重力魔法が歪んでしまったのはどうやら第七ターミナルだけのようだ。入ってくるなり地面がぐらついていることに驚く騎士たちを、しかしデルイの兄だという人物が叱り飛ばす。

 

「我が部下たる者、地面が揺れているくらいで動揺するな! 賊どもを捕縛せよ!!」


 その勢い、どら声、そして大柄でくすんだ金髪の厳しい顔つき。どれを取ってもデルイと似ても似つかない。

 叱咤された騎士たちは「はっ!!」と声を揃えて言うなり体勢を整え、騎乗した状態で賊たちを次々捕らえていく。地面が揺れるやら騎士たちがくるやらでパニックに陥っている賊は、頭不在ということもあり全く統率が取れておらずあっという間に身柄を確保されていた。


 鎮圧にはさほど時間はかからなかった。

 捕らえられた賊たちが床にゴロゴロ転がされ呻いている。頭は出血が多すぎてこのまま放っておくと出血多量で死ぬ恐れがあったため、デルイが最後に負わせた傷だけ塞がれ、厳重に拘束された。

 重力魔法の一時的な不安定さも集まった魔法使いの修復措置により元に戻り、ターミナルは均衡きんこうを取り戻す。

 

 騒ぎが静まったことで後方に控えていた回復師ヒーラーが負傷者の間を回ってその傷を癒していく。

 損傷の激しいデルイとルドルフも恩恵に預かり、ようやく動けるようになった。

 と、壁にもたれて成り行きをぼーっと見守っていたデルイの元に巨大な影が落ちる。見上げるとそこには、兄でありこの部隊を率いてきたエヴァンテ・リゴレットの姿が。


「久しぶりに会ったと思えば、なんだお前のその姿。騎士の名家たるリゴレット家の男の癖にチャラチャラしおってからに」


「うっせ」


 襟元まで伸びた髪や両耳にハマったピアスの数々、そしてボロボロとはいえ他の職員と明らかに違う着崩された制服を見てエヴァンテは顔をしかめる。しかしデルイは兄の小言を一蹴した。

 

「それより兄貴、来るのが遅っせぇんだよ」


「む……何せここは王都の中心にある騎士団本部からは遠く手間取った」


「ホントに。死人が出てからじゃどうしようもないだろ。この俺が頭倒してなかったら奪うもん奪って逃げられてたところだ」


「お前が?」


 エヴァンテは厳しい顔の眉を吊り上げ、信じられなさそうな口調で聞く。それを聞いたデルイは、兄に全く似つかない繊細で美麗な顔立ちにニヤリと笑みを浮かべた。


「そう、俺が。この俺が倒したんだ。褒めてもいいんだぜ、兄貴?」


「なるほど、先ほどの揺れの正体は豪雷破斬か」


「そ」


 納得したように頷いたエヴァンテはデルイに今一歩近づき、その頭に拳骨を落とした。


「イッッテェな、何すんだよ!!」


「あれは我が家に伝わる秘伝の剣技! あんな高威力の技をこんな雲の上の空港で放ったら、建物が真っ二つになってしまうわ!」


「なってねぇからいいだろ、威力は調整したしそもそもそんなに魔力も残ってなかったんだよ」


「魔力? あれは筋力がものを言う奥義。そうか、お前の細っちい腕じゃあ俺たちのような力は出せなかったと言うことだな。なるほどなるほど、まだまだ青二才だ」


「ーーっ、後悔させるぞ、クソ兄貴が!!」


 せっかく頭を捕らえたというのに褒め言葉どころか鉄拳制裁を食らったデルイは、納得のいかない顔で不平を垂れた。しかしエヴァンテの返しは聞いた通りで、腕を組んではっはっは! と笑い出す始末である。

 ぎりり、と歯噛みをしたデルイが兄に殴りかかろうとする前に、控えめな声で部門長のミルドが割って入ってくる。


「取り込み中申し訳ないが、そろそろ後処理の話に移ってもいいかね、エヴァンテ殿」


「おお。これはこれは、ミルド保安部部門長殿。お見苦しいところを見せてしまい申し訳ない」


 愛想のいい声で言うと、デルイのことは一顧だにせずくるりと向きを変えて行ってしまった。小さく悪態をつき、どかっと腰を下ろすデルイ。

 一連の流れを間近で見ていたルドルフは、そんな彼に声をかけた。


「お前、そういう一面もあったんだな」


「あん?」


 髪をかきあげながら首をかしげるデルイにルドルフは素直な感想を漏らした。


「子供っぽい」


 一言そう言えば、デルイの頬にさっと赤みがさしなんとも形容しがたい表情を浮かべる。バツの悪そうな、イタズラが見つかった子供のような顔だ。


「ーー家族が絡むと、ついムキになるんだよ」


 そう小さな声で呟いた。

 意外な一面を見せたデルイは空賊の頭相手に丁々発止ちょうちょうはっしを繰り広げた男とおおよそ同じ人物とは思えなかった。




 ひとまず事態は収束した。

 慌ただしく動く職員たちをぼんやりと見ている暇はなく、二人も事後処理に加わらねばならない。ルドルフが立ち上がろうとするとふと横からデルイに声をかけられた。


「ルド、あんがとな」


「何がだ」


「持ち場を離れて助けに来てくれただろ」


「ああ」


「あれ、結構嬉しかったぜ」


 目を開けて見て見れば、横に座っていい笑顔を浮かべるデルイと目が合う。


「いい相方に出会えてよかった」


 血と汗にまみれているその顔には、清々しい表情が浮かんでいる。

 その顔を見て、こいつは本当に今までろくな人付き合いの仕方をしていなかったんだなと思う。どんな人生を歩んで来たのか知らないが、表面だけで生きていたのでは背中を預けて戦える人間も、本心から話し合える人間もいなかったことだろう。

 ひとまずルドルフは、こうデルイに言った。


「無茶をする前に一言声をかけろ」


 相変わらずの手厳しいルドルフの言葉にデルイは苦笑を漏らした。

 

「善処する」



+++



 さて、回復師の魔法により傷が塞がった二人にはやるべきことが山積していた。竜の爪痕は派手に暴れてくれ、損害は著しい。

 しかし保安部職員、騎士、冒険者の奮闘によりターミナルを突破した人数はそう多くなく、鎮圧までおおよそ二時間という短時間で食い止められたことから第七ターミナルから遠い場所は被害が出ずに済んだのも確かだ。

 


「あ、デルイさん」


 空港の一角、召喚術士の父親に守られていたシスティーナがデルイを見つけて駆け寄ってくる。


「あの、ありがとうございました」


「別にいいよ。怪我はない?」


「はいっ、大丈夫です!」


「娘を助けていただき、ありがとう。私からも礼を言わせてくれ」


「いいんです。仕事なので」


 父親からも頭を下げられ、デルイは両手を振って気軽に言った。そう、無事で良かったとは思うが結局は職務以上の感情はない。


「私も勉強したら、デルイさんみたいに強くなれるかしら」


 システィーナはキラキラとした瞳でそう言った。


「そうだね、頑張ればなれるんじゃないかな」


 きっと並大抵の努力ではなれないだろうが、あれほど学校へ行きたくないと駄々をこねていた彼女からしたら大した進歩だろう。その志は応援してやるべきだ。


「私、頑張って立派な召喚術士になって戻って来ます。そうしたらデルイさん、私……!」


「あー、俺のことなんて忘れて勉強頑張ってね」


 面倒臭い展開になりそうだなと思い、皆まで言わせずにしれっと回避をする。

 権力者のご令嬢などデルイが最も忌避する人種だ。彼らは強引な手段でこちらと縁を持とうとするし、機嫌を損ねれば難癖をつけてくる。関わらないのが一番だ。


「じゃルド、行くか」


「ああ」


 事後処理に追われる職員たちの元へと戻り、職務をこなす二人。


「ティーナ、あの男が気に入ったのか?」


 去って行った二人を見ながら父親が尋ね、システィーナは両手を顎の前で組み、紅潮した頬で言う。


「ええ! 私の運命の人よ!」


「じゃ、お前が学校を卒業する頃になったら縁談でも持ちかけてみようか」


「いいんですの? 家柄ですとか、何もわかりませんけれど」


「そうだな」


 父親は朗らかに笑い、言う。


「実はどこの家の者なのか、目星はついている。お前を送って行った後に調べるとするよ」


 システィーナは希望に胸を膨らませた。全く行く気などなかった学校だが、あの人と肩を並べるほどの術士になれたのなら。そして卒業後に縁談があるならば。

 学校は五年制だ。十六になれば卒業し、グランドゥール王国へと戻ってこられる。


 それまでの辛抱だと思えば、とても容易い事のように思える。


 デルイの方には全くその気などないのだが、システィーナは一人盛り上がっていて誰にも止められそうもない。父親の方も乗り気なので、あとはデルイの家の方でこの話を受けてしまえば本人の了承もなく話は勝手に進んでしまうだろう。


「待っててください、デルイさん。私の初恋の人……!」


 恋する乙女は時に恐ろしい。それが十一歳の少女ともなれば尚更だ。

 純粋な気持ちでデルイを見つめるその瞳は、将来への希望で満ち溢れていた。

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