第15話 俺の相方は無茶ばかりする

「ルド、助かった」


「勝手に突っ込んで行くなよ!」


 ルドルフは相方のデルイとともに敵の真っ只中にいた。

 保安部の業務というのは空港の治安を守ることを第一としている。襲撃してきた空賊を食い止め、他のエリアへと足を踏み入らせず、短時間で撤退まで追い込むことを第一としている。

 だからターミナルの出入口付近に陣取って、そこを守ればいい。

 

 なのにだ。


「どうしてお前は敵の真ん中に踏み込んで行くんだ!」


 あろうことかデルイは、なんのためらいも見せずに敵陣のど真ん中へと駆け出して行きそこで交戦を始めたのだ。しかも右手一本で。

 相方を見殺しにするわけにもいかず、ルドルフまでもこうして持ち場を離れて敵に囲まれる羽目になってしまった。


「不可抗力だ。俺の職務は空賊の迎撃じゃなかったからな」


 確かにデルイの職務は「迷子になったシスティーナの保護」だったが、だからってこうして敵地に踏み込んでいいわけではない。

 やたらに整った顔立ちに好戦的な表情を浮かべ、襟足まであるピンクの髪をなびかせながらデルイは軽口を叩く。会話をしながらも二人は敵と斬り結んでいた。

 器用に片手で敵を撃退しながら、味方の陣地へ戻るべくジリジリと進んで行く。先ほどまでは険しい表情を浮かべていたのだが、ルドルフがこうして駆けつけてからは自分のペースを取り戻したらしく嬉々として敵と斬り結んでいた。横並びに、あるいは背中合わせに抜群のコンビネーションで四方八方から遅いくる敵を叩きのめす。

 デルイの肩の上から、可愛らしい声が降って来た。


「デルイさん、かっこいい……」


「あ、そう?よく言われる」


「この状況で冗談を言っている場合か!」


 先ほどまでは険しい表情を浮かべていたが、ルドルフが来てからは調子を取り戻したのかこの有様だ。

 ピンチを救ってもらったばかりかこうして抱きとめられ、守られながら間近で戦うデルイの姿を見て女の子は完全に恋する乙女の瞳になっていた。


「私の王子様……!」


「俺は王子って柄じゃないかなぁ」


 あまりにも言い寄られることに慣れているデルイは、そう軽く言った。


「おいデルイ、空賊の頭が向かって来ている」


 馬鹿馬鹿しい軽口を叩く相方に構いもせず、状況を見極めていたルドルフはそう相方へと告げる。 


「げっ」


 居並ぶその他大勢の雑魚を切り捨てたデルイはルドルフの言う方向を見て顔をしかめた。スキンヘッドに全身刺青が入った、見た目からして厳しい男が確かにやってくる。

 竜の爪痕の頭は個人でSSランクの戦力を有しているという専らの噂だ。

 そんな人間に、片手で立ち向かえるほどデルイは強くない。ルドルフだってそうだ。二人とも有している力はAランクレベルだ。AとSSでは天と地ほどの差がある。歴戦の空賊の頭相手に、万全の状態でも二人掛かりで勝てるかどうかは怪しいだろう。しかもデルイは魔法を連発しているから消耗だって激しいはずだ。


「うーん、ちょっとヤバイかもな」


「なんとか切り抜けないと、お前も俺も死んでその子がまた攫われる羽目になるぞ」


「それはゴメンだね」


 さてどうするか、わずかに考えた矢先にターミナルに暗い影が落ちた。

 頭上に何かが出現し、それが天井を覆っている。

 この混戦を極める中、一石を投じるものの出現に皆が一様に天井を見上げ、そして目を見張った。


「不死鳥だ」


 ターミナルの天井付近を飛んでいるのは、絵空事に聞く幻獣の不死鳥。こと魔物や魔法が横行する世界においても不死鳥というのは珍しい生き物だった。これは、召喚術によってしか呼び出すことができない鳥だ。

 

「お父様の不死鳥だわ!」


 システィーナが顔を上げ、歓喜の声を上げる。不死鳥はまっすぐこちらに飛んでくると、鉤爪を伸ばしてシスティーナを掴もうとしているようだった。デルイは両手を伸ばしてシスティーナを不死鳥へと近づける。

 しっかりと両足でシスティーナを掴むと、不死鳥はそのまま飛び去っていった。


「これでやっとまともに戦える」


 左手を軽く振ってからそう答え、迫り来る頭を見据えるデルイ。


 まだ彼我の距離は剣を交えるほどには近くない。居並ぶ賊は頭のために場所を空け、ルドルフとデルイ、そして頭の間に隔てるものは何もなくなった。身の丈二メートルはありそうな頭は大剣を構えると二人めがけてまっすぐに振り下ろす。


「!」


 それは、一陣の風のようだった。振り下ろされた大剣は先ほどのデルイの雷速のように反応できない速度で駆け抜ける。遅れて来た衝撃と破壊音、そして痛み。ただの一撃のその風圧で二人は吹き飛ばされ、身体中にかまいたちで切り裂かれたかのような細く深い傷が出来、全身から血が吹き出した。


「ぐは!」


 たまらず声が漏れた。崩れた体勢を整えて、追撃に備える。頭はもうすぐそこまで迫っている。先に立ち直っていたデルイが走り、多重の障壁を展開しながら頭へと差し迫った。


「遅せえんだよ!!」


 頭はその巨体からおよそ想像できないスピードで剣戟を繰り出す。突きの一撃一撃が重く、障壁はまるで薄いガラスのように壊されていく。頭の持つ一メートル近い大剣から出される突きをまともに浴びれば体に風穴が空いてしまうのは必至だ。


 防戦一方のデルイを助けるべくルドルフは援護に入る。


「同時に行くぞ」


「ああ」


 走り込み、二人同時に頭へと斬りかかる。持てる魔素のほとんどを注ぎ、デルイと二人で上段、下段からの攻撃を試みる。


「中々骨のある奴らだな。だが無駄だ」


 頭は二人掛かりの攻撃をものともせず、強化したむき出しの腕で受け止めた。ただの皮膚であるはずなのに、魔法により強化されたそれにまるで鋼にでも剣を突き立てたかのように弾き返され、無防備になったところに斬撃が飛んで来る。


雷の嵐サンダーストーム!」


 デルイのとっさの魔法で雷の嵐が吹き荒れた。

 激しい雷の暴風に、しかし頭はやはりダメージを受けていなかった。


「ふんっ!!」


 剣の一振りにより魔法の効果は打ち払われ、続く追撃で二人まとめて吹き飛ばされて床に打ち付けられる。


「ぐっ!」


 体勢を整える暇など与えてくれず、床に倒れ伏したままの二人に向かって突きが繰り出された。避けることすらままならずに、肩や足が切り裂かれ生ぬるい血が大量に吹き出しいた。

 職務上、危険を感じることは度々あった。魔物と戦うこともあれば、逆上した冒険者が襲いかかって来ることもある。けれどもここまでの命をかけた戦いにまで発展することはそうそう無く、これほど苦戦することなどもっと少ない。久しく感じることのなかった痛みがルドルフの全身を支配する。体が悲鳴をあげていた。


 だがしかし、ここで諦めるわけにはいかなかった。平時は平和な空港も、一度空賊に攻め込まれれば戦場に様変わりする。皆、必死に戦っているのだ。

 諦めたら待っているのはーー死だけだ。

 デルイも同じ思いなのだろう、状況は絶望的だがその瞳に諦めの色は宿っていない。

 ルドルフとデルイは血を吐きながらも立ち上がる。


「さすがSSランクというのは伊達じゃなさそうだ」


 ルドルフは気丈にもそう言い放つ。


「まだ立てるか」


 傷だらけの二人が立ち上がり、未だ闘志の折れていない瞳で睨めつけるのを見て頭は少し感心したように言った。


「若ぇの、格上相手は初めてか」


「いいや、そうでもない。お前より俺のクソ親父の方がよっぽどタチが悪いぜ」


 デルイがペロリと頬を流れる血を舐め取りながら答える。その顔にはまだ笑みを浮かべる余裕さえあった。あるいは窮地に立たされ、笑っているのか。


「お前の首とったら、少しは認めてもらえそうだ」


「ボロボロなナリで大層な大口叩くなぁ。その根性に免じて一息で殺してやるよ!」


 トドメの一撃を入れようとしたその時、突如頭の動きが止まった。

 出入り口、いやそれより彼方を見透かすように見つめ、何かの気配を探っているようだった。


 チャンスだ。


 隙だらけのその状態にせめて一太刀でも入れようと、ルドルフとデルイは示し合わせたように跳躍する。遅れて反応した頭は二人の渾身の一撃を大剣の身幅で受け止める。デルイが左手で練っていた魔法をすかさず発動させた。


雷の槍サンダーランス!」


 一直線に放たれた雷の槍は頭の顔めがけて豪速で飛んで行く。しかし戦闘体勢に戻った頭は脊髄反射でそれを避け、致命打には至らない。わずかに頰に一閃の傷跡が走りそこから血が垂れるだけに止まった。

 頭は頬に手を当てて、ニヤリと笑った。


「不意打ちとはいえ俺に傷をつけるとはなかなかなモンだな」


「まだ終わりじゃないぜ!」


 珍しくデルイが大声で叫ぶ。剣を持った右手にも魔力を込め、魔法を練っていたのだ。

 バチバチバチと音がして、デルイの攻撃を受け止めていた頭の剣のゼロ距離で魔法が爆発した。


 爆発する雷エクスプロージョン・サンダー! 


 光が明滅し、遅れて鼓膜を破るほどの爆音がルドルフの耳に直撃した。

 攻撃は確かに頭に向けて放たれていたが、そんなことは御構い無しな火力と範囲に渡っている。隣で同じく頭の剣に刃を向けていたルドルフにもその余波は当然届いた。

 むしろ攻撃対象に含まれているのかもしれないとすら感じた。

 爆風が吹き荒れ、凄まじい衝撃が全身を駆け抜ける。

 もはや敵味方もろともに巻き込むその高威力の魔法攻撃は頭と周りにいた人々とを巻き込み、近距離すぎる雷のあまりの眩さに何も見えなくなった。

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