第8話 空賊<竜の爪痕>

 エア・グランドゥール空港は大まかに分けて三つの階で構成されている。下から職員用のフロア、旅客用フロア、そして管制塔の三層構造だ。

 昼夜を問わず飛行船が行き交う空港で管制塔そしてそこで働く管制官の仕事は極めて重要だった。各国からくる船は方角毎に着港するターミナルが決まっているものの、船の到着のタイミングが遅れたり、逆に早すぎたりしたために予定が狂う事がある。そういった諸々を勘案して飛行船に指示を出したり、空港側に指示を出すのが管制官の仕事だ。

 管制塔は空港上部に張り出した円盤形の塔の建物だったが、本日はそこに保安部の人間が多数、詰めかけていた。こんなことは滅多にない。


「部門長」


「お、ルドルフ、来たか」


 保安部の職員は皆一様に同じ方角を眺めている。


「シャインバルドのお嬢様が迷子だったんだと? ケッタイな事だな」


「今デルイが保護して親を探しています。懐かれていました」


「ははは! 色男も大変だ」


「それより何があったんですか」


「ああちょっと、予定外の船が来ているようでな」


 ミルドは皆が見ている方角に指を指し示す。


「遠視を使って見てみろ」


 言われて遠視の魔法を使い、遠く浮かぶ点のような物体を見る。飛行船は、帆船に酷似した形をしている。異なるのは動力が浮遊石、そして魔法使いの飛空魔法を使うという部分、そして船尾に排気口のような孔を備えており、そこから魔法を排出して推進するという部分だ。

 遥か上空を漂うその船は、通常の船とは異なり黒い帆をマストに張っていた。帆の中央には特徴的な五本の爪痕を模したマーク。見ただけでルドルフは全てを理解した。


竜の爪痕ドラゴンクロウ……!」


 悪名高き空賊ーー竜の爪痕の船が迫って来ている。


「この距離、あと二時間もすれば着港されますね」


 ルドルフは空から目を離しミルドを見る。ミルドは落ち着いた様子で頷いた。


「ああ、既に騎士団には連絡済みだ。応援はもうやって来るだろう。賊がどこのターミナルに着くかは直前までわかるまい。被害を出さないよう前もって利用客及び職員を避難させる。冒険者に関しては残って戦闘に加わってくれても構わない。アナウンスを出すよう指示してくれ。俺たちはギリギリまで竜の爪痕の動きを確認する」


「わかりました」


 ルドルフは頷き、その場を後にして走った。

 

 空賊というのは文字通り空を行く賊のことだ。飛行船は高価であり動かすのに人手がかかるため、盗賊や山賊なんかと比べれば数は圧倒的に少ない。けれどいないと言うわけでなく、一度狙われてしまえば逃げることは困難だ。圧倒的な戦闘力を有し、略奪と殺害に特化した彼らと対峙すればどんな護衛をつけた旅客船も貨物船も一様に無防備も同然だった。空の上なので援助を求めたところで助けも来ない。

 

 竜の爪痕というのは空賊の中でも知名度が高く、その残虐なやり口と高い組織力、ボスの力量で広く世界に名を轟かせている。この貴人麗人の集う場所である空港は、今までにも空賊に狙われたことはある。何せ雲の上に浮いている空港だから、警備はどうしても地上の街や空港よりも手薄になる。遠距離の迎撃措置も存在しない。けれど利点もあるもので、こうして遥か数十キロ先に浮いていようと動きが管制塔から丸見えだ。二時間もあれば現在着港している飛行船を利用して利用客を安全な王都へと下ろすことができるし、騎士が王都から駆けつけることも出来る。万全の準備を期して迎え撃つことが可能だ。

 

 連中は無理やりどこかしかのターミナルに接岸したのち接続ゲートをこじ開けて侵入し、中央エリアやドック内を襲って金品や物資を奪いに来たのだろう。そうなる前にターミナルで防波堤を築いて返り討ちにしなければならない。突破を許してしまえば凄惨たる結果となる。


 ルドルフは道を急ぎ、三階の管制塔から地下にある事務職員のフロアに駆け込む。オペレーションを受け持つ部署のフロアまで行くと、責任者のところへと走った。


「保安部のルドルフです。緊急事態、アナウンスをお願いします。空賊の襲来だ」


「! 了解です」


 この場の責任者であるオペレーション部門の部門長が立ち上がり、緊迫した声を出す。


「敵は竜の爪痕、着港までおよそ二時間」


 このやりとりを聞き、フロアにいる職員が何事かとざわめき出す。ルドルフはくるりと向き直り、職員一同に述べた。

 

「空賊がまもなくやってくる。避難誘導は保安部と王都騎士団で受け持ちますから、アナウンスの後は指示に従ってください」


 動揺と緊張がフロア内に走ったが、職員たちはイレギュラーにも対応できるようきちんと訓練されている。慌てることなく頷くと、自身にできる最善のことを尽くそうと皆が話し合いを始めた。


 ルドルフにもせねばならないことは山ほどある。アナウンスの後、おそらく利用客の方はパニックに陥るだろう。最寄りの飛行船に乗るよう避難指示を出し、誰一人残すことなく空港から退去させなければならない。万が一にも賊に襲われ、攫われたりでもしたら空港の沽券にかかわる。


 残されたタイムリミットを考えると利用客を乗せるのに手一杯、おそらく従業員までもが地上に降りることは不可能だろう。地下の事務職員フロアにひとまとめに集め、待機してもらう他あるまい。後は保安部の職員と騎士団で空賊を食い止める。ルドルフは働き始めて四年経つがここまで大規模な事態に直面するのは二度目だった。前回も空賊だったが、知名度はあまりない連中だった。飛行船の利用客に紛れた賊が船を奪い、即席の空賊として成り上がっている途中だったのだろう。数も少なく統率はイマイチ、すぐさま追い返すことに成功したが、今回はどうなるかわからない。


 竜の爪痕はーー完全に組織化された集団だと聞き及んでいる。


 ややあってから王都との玄関口となっている第一ターミナルへとついたルドルフは、そこに騎士たちが集っているのを確認した。現場にはミルドに次ぐ保安部の副責任者と職員が数名あり、騎士たちと動きを確認していた。


「ルドルフ、来たか」


「はい。避難誘導はどうします?」


「船技師たちに話を聞いたところで、各ターミナルで船はすぐに動かせるそうだ。最寄りのターミナルへと案内し、そこから船に乗せて下ろすのが一番効率がいい。お前も誘導にあたれ」


「はい」


 頷き、騎士とともにターミナルの分配を聞いたのちに駆け出そうとするルドルフの耳に、緊急事態を告げるアナウンスの声が聞こえてくる。ターミナルに集う客からはどよめきの声が起こった。当然だろう。ここには種族を問わず老若男女様々な人間が集まっている。居並ぶ貴族や豪商たちは不安そうな表情になっており、ルドルフはそんな一人に話しかけられた。


「おい君、緊急事態とはどういうことだ?我々はどうすればいい」


「近くのターミナルへ行き、そこから飛行船にお乗りください。王都へと降りて頂ければ安全です」


「一体何が起こっている!?」


 足を止めれば詰め寄る客にあっという間に囲まれてしまった。ルドルフは努めて冷静に指示を飛ばす。



「落ち着いてください。ここ第一ターミナルから船にお乗りください!」


 大声を張るルドルフの耳に、女性の悲鳴じみた声が聞こえてきた。


「ねえ、わたくしの娘がまたいないのよ。見つかるまではここを離れられないわ!!」


 振り向けば、切羽詰まった顔の貴婦人が騎士の一人ににじり寄っていた。


「あの子ってばすぐにいなくなるんだから!こんな時に緊急事態だなんて、全く運が悪いわ」


「落ち着くんだ、お前」


「そうです、奥方様。我々が探しますから!」


「そんなこと言って、いつもいつも全然見つけられないじゃない!役立たずの護衛ね!」


 夫人を止めようとしているのは夫であろう中年の紳士と、周りの護衛たちだ。言い合うこの人だかりに近寄って、ルドルフは夫人に声をかけた。


「失礼ですが、迷子のお子様のお名前は?」


 夫人は血走った目をきっと向け、唇を震わせながら言う。


「システィーナ。システィーナ・シャインバルドよ!」

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