第4話

なんて男だ、あやつは!吾輩を売り物にするとは!

吾輩はダニエルの姿が完全に見えなくなったところで息を整えていた。

やはり、人間は油断できぬな。

奴らは金の為ならなんでもする奴らだからな。

吾輩も少し油断をしすぎておったな。気を引き締めねば。



さて、ここはどこであろうかな?

吾輩は一心不乱に逃げてきたせいで、自分の位置が全く分からない。

それほど長い時間走ったわけではないはずである。

そこまで森の深くに来たわけではないと思うのだが。

吾輩は注意深く辺りを見回した。

噂の魔獣とやらに出くわさないように気をつけねばならぬな。

警戒を最大限にしながら、吾輩は森の中を歩み始めた。



歩き始めて、しばらくすると辺りに生き物の気配を感じた。

吾輩は即座に茂みに隠れて、気配を感じた方向を見つめる。


そこには一匹の「犬」がいた。

ただし、明らかに普通の犬でない。あまりにもでかすぎる。

吾輩を一口で食べれそうなぐらいでかい。

なるほど、あれがおそらく魔物であろう。

確かにあれと戦うのはあまりにも危険すぎる。

しかし、逃げても絶対に追いつかれてしまうだろう。

あやつがいなくなるのを待つしかないな。


そう思い、吾輩がその「犬」から視線を外そうとした。

その瞬間、突然「犬」がこちらの方を振り向いた。

そして、完全に吾輩と目が合ってしまった。


吾輩をじーっと見つめる「犬」。

「犬」をじーっと見つめる吾輩。



そして次の瞬間、その「犬」が吾輩の方に近づいてきた。

吾輩はあまりの恐怖に体が固まり、動けなくなってしまった。

そしてその「犬」は吾輩に顔を近づけてきた。

やめろ!吾輩は食べてもおいしくないぞ!

吾輩は心の中で叫ぶ。


そしてその犬は吾輩のにおいをかぐと……


興味を失ったかのように去っていった。



なんだ……?助かったのか?

吾輩はそのまま去っていく「犬」を見つめる。

もしかして腹が一杯だったのだろうか?

まあいい、理由は何でもいい。どちらにせよ助かったのだ。

吾輩は天才なだけでなく、運もいいのであるな!



吾輩は周りに魔物がいないかを念入りに確認し、今後の作戦を練り始めた。

やはり、この森は危険である。一刻も早くおさらばしよう。

そして、ダニエルが言っていた村に来るという行商人の荷物にうまく忍び込む。

そうすれば、おそらくほかの村か町に行けるはずである。

そしてそこで吾輩はうまいものにありつける。

完璧な作戦だな!!さすが吾輩。


そして森の出口だが、さっきの魔物とダニエルのおかげで見当がついている。

ダニエルのやつはこう言っていた。

「魔物は【森の中】に住んでいる」と。

そしてダニエルは森の入り口付近で回復草をとっていた。


吾輩の天才的頭脳がある答えを導き出す。

それは魔物は森の中心にいるが、入り口付近にはいないということである。

つまり、先ほどの魔物が戻った方向と逆の方向に進めば森から出られるのである!

やはり吾輩は天才であるな!!



吾輩は魔物が戻った方向をなんとかして思い出した。

そしておそらく村がある方向に警戒しながら歩いていく。

びくびくしながら歩くのは、吾輩らしくはないが命には代えられぬからな。


吾輩の予想は当たっていたようで、あれ以降魔物に出くわすことはなかった。

そして少し時間はかかったが、森の入り口に戻ってくることができた。


ここまでくればおそらく大丈夫だろう。

吾輩は警戒を解き、ほっと一息つく。体もぐーっと伸ばしてみる。


さてこれからどうするか。

このままレベッカのところに戻るという選択肢もあるにはある。

しかし結局またダニエルに森に戻される可能性が高い。

それに吾輩はすぐにこの村を出るつもりだ。

レベッカに情が移ってしまって、別れがつらくなるのも嫌であるな。

村の空き家にでも隠れて、行商人とやらが来るのを隠れてのんびり待つとするか。

考えをまとめた吾輩は人間に見つからないようにこそこそと歩いて行った。



空き家についた吾輩は森での疲れをとるために昼寝をすることにした。

そもそも吾輩は昼間に活動するのは好きではないのだ。

まぶしいし、暑いからな。

まあ、行商人が来るまでの間はしばらくのんびりしよう。

こちらに来てから、忙しい日々が続いたからな。

吾輩の天才的な脳にも休憩が必要なのだ。



どれぐらい眠っていたのだろうか。

吾輩は村がざわついているのに気が付き、目を覚ました。

なんだ、もう行商人が来たのか?数時間もたっていないのではないか?

吾輩はあくびを一つして、様子を見るために空き家からそっと外をのぞく。


「レベッカー!どこにいるー!」


ダニエルが大声で叫んでいる。


「レベッカちゃーん!どこにいるのー!」


よく知らないおばさんも叫んでいる。

どうやらレベッカを探している様子である。



「おばさん!レベッカはいましたか?」

「見当たらないわ。どこに行っちゃったのかしら?」

「わかりません。お手伝いには来てたんですよね」

「えぇ、お手伝いが終わったから、私の家で休んでいかないって言ったんだけど」


知らないおばさんが答える。


「なんか用事があるからってすぐに帰っちゃったわ。」


用事?吾輩がいたときには用事など頼まれていなかった気がするが。


「特にレベッカに用事などは頼んでいません」

「そうなの?じゃあ、用事っていったい何だったのかしら?」



その時、吾輩はふと嫌な予感がした。

そして、ダニエルも同じ想像をしたようだった。


「まさかあいつ、森に行ったんじゃないだろうな?」

「森へ?一体何のために?」

「それは……」


ダニエルは言葉を濁した。

どうやらこのおばさんにダニエルは吾輩のことを言っていないようだった。

まあ、すぐに森に戻すから伝える必要もないと判断していたのだろう。


「とにかく万が一、森に入ってしまったら大変よ!もうすぐ日が暮れるわ!」


たしかに日が沈みつつあった。吾輩は意外と寝ていたようだな。


ダニエルは何かを決心したように、森に向かって走り始めた。


「ダニエル!一人では危険よ!」


ダニエルはおばさんの静止を無視し、そのまま走って森に向かった。

そして、吾輩はそんなダニエルの背中を全速力で追いかけていった。

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