第十七話 魔法使いの仕事ってなんですか?(レベル4)②

「グォアァァァアアアッ!!!」


 二階建て一軒家ほどの大きさのシロクマ型妖精があげた咆哮に俺は耳をふさいだ。

 広い二車線道路を真っ直ぐ進むと避難先の小学校がある。巨大なシロクマ型妖精が突進したら被害は甚大だ。


 それは妖精災害対策課魔法室に所属する魔法使いたちもよくわかってる。


『緑川くん、来るよ。構えて。決して、この歩道橋を越えさせないようにね』


『……はい』


 十字路を曲がったところで一度、足を止めたシロクマ型妖精が見つめる先。シロクマ型妖精と避難先の小学校とのあいだに建つ歩道橋の前に緑川さんが、上に赤間さんと紫村さんが立っていた。


「佐藤くんが知ってる紅野 龍二って二十年前の記者会見で大剣振り回して妖精をぶった切った姿だよね」


「え、あ……うん?」


 何を唐突に、と思いながら黄倉くんの言葉にうなずく。確かに俺が知ってる紅野 龍二は二十年前の会見映像に映る大剣を肩に担いで豪快な笑顔を見せる姿だ。


「でも、実戦での紅野さんは大剣を振り回すだけじゃなかった。RPGに出てくる重騎士とかタンクとか、そんな感じだったらしい」


 黄倉くんが見つめる先には車道のど真ん中で仁王立ちになっている緑川さんがいる。緑川さんが両腕を突き出すと――。


「右手で大きな剣を振るって妖精を叩き潰し、左手で大きな盾を構えて妖精の攻撃を防ぎ弾き飛ばす」


 一八〇cm近くあるだろう緑川さんがほとんど隠れてしまうほどに大きく、白く美しい盾が現れた。


「緑川さんは紅野さんに憧れてドテマに入った。あの盾は紅野さんが使ってた盾と姿も大きさも全く同じ」


 紅野さんが片手で扱っていた盾を両腕で持ち上げ、緑川さんは先端を車道へと突き立てて構えた。


 律儀に待っていたのは強者の余裕か。緑川さんの動きをじっと見つめていたシロクマ型妖精は気合を入れるようにぶるりと体を震わせ、姿勢を低くした――次の瞬間。


「グォアァァァアアアッッッ!!!」


 咆哮一つ。

 避難先の小学校を目がけ、立ちふさがる緑川さんと盾を吹き飛ばすいきおいで駆け出した。シロクマ型妖精が地面を蹴った衝撃で車道に穴が開いた。一歩一歩と走るたびにひび割れができる。


「……!」


 草食動物やチーターのような細く引き締まった体をしてるわけじゃない。そのせいか。走るクマを遠くから見てもあまり速いようには見えない。でも、実際は時速約四十kmと一般道を走る車と変わらない速さで走る。

 実際のクマよりもずっと大きなシロクマ型妖精ならもっと速度が出ているはずだ。


「いや、無理でしょ……!」


 他のものには目もくれず緑川さんへと突進していくシロクマ型妖精と、盾一枚で待ち構える緑川さんを見て、俺は悲鳴交じりの声をあげていた。

 このままのいきおいで二階建て一軒家ほどの大きさと重さのあるシロクマ型妖精が突進したら緑川さんが吹き飛ばされてしまう。死んでしまう。


 青ざめていると、


「大丈夫、紫村さんもいっしょだから」


 俺の背中を黄倉くんが叩いた。


「……」


 歩道橋の上に立つ紫村さんは何かつぶやいて左手薬指に口付けると、


「……」


 シロクマ型妖精を指さして、また何かつぶやいた。

 直後――。


「……え?」


 シロクマ型妖精の動きがあからさまに遅くなった。


「グ……ォアァァァアアアッッッ!!!」


 足が思う通りに動かない苛立ちにシロクマ型妖精が咆哮する。ピリピリと空気を震わす声に耳をふさぎながら俺は黄倉くんに目配せした。


「紫村さんの魔法だよ。RPGの状態異常みたいなもんかな」


「でも、あれ……」


 シロクマ型妖精の足に絡みついているのは何百、何千の白い触手……ではなく、細く血の気のない人の腕。女性のもののように見える腕だ。


「RPGの死霊使いみたいなもんかな」


「……死霊使い」


 黄倉くんが乾いた声で笑うのを聞いて、俺は改めてシロクマ型妖精の足元でうごめく何本もの細い腕を見た。薬指でキラキラと光るのはきっと指輪だ。紫村さんとお揃いの結婚指輪。

 だとすれば、あの死霊は――。


「……紫村さん、愛が重い」


 遠くの空を見て乾いた笑い声をあげていた俺は、


「グォアァァァアアアッ!!!」


 シロクマ型妖精の咆哮に視線を戻した。


 緑川さんが突き立てた盾にシロクマ型妖精が頭から突っ込んでいた。

 紫村さんの魔法でいきおいは落ちたけど、それでもかなりの衝撃のはずだ。


「……っ!」


 突き立てた盾ごと押され、踏ん張って、押し戻し、一進一退を繰り返している。


 緑川さんの体がほとんど隠れてしまうほど大きな盾だけど、二階建て一軒家サイズのシロクマ型妖精と比べたら玄関ドアサイズだ。そんな小さな盾で防げるのかと思っていたけど、そこは魔法で出現させた盾だ。

 白く美しい盾を中心に透明な壁のようなものが展開されているらしい。シロクマ型妖精が前に進もうとするたび、プラスチック板を押したときみたいに光が反射する。


 一進一退の防戦の中、


「行け! 赤間ぁぁぁ!!」


 緑川さんが絶叫した。

 直後――。


「う……っしゃあああぁぁぁあ!!!」


 赤間さんが歩道橋の手すりを蹴って飛んだ。高く、高く。シロクマ型妖精目がけて。


「赤間さんって学生時代、バスケと陸上やってるやつなら知らない人はいないってくらいのエース選手だったんだよ」


 赤間さんに最初に会ったとき、運動部の部長かエースっぽいと思った。どうやらエースが正解だったらしい。

 ただ――。


「この切羽詰まった状況で何の話!?」


 とは思うけど。

 でも、黄倉くんはシロクマ型妖精と赤間さんを真剣な表情で見つめたまま。


「一六七cmの小さめな体と瞬発力を活かした動き。RPGで言うなら赤間さんは間違いなくスピード型」


 さらに話を続ける。


「逆に紅野さんは一九〇cm超えの大きな体と筋肉を活かしたパワー型」


 話を続けながら、黄倉くんは唇を噛んだ。


「赤間さんが憧れてた紅野さんと赤間さんとじゃタイプが違う。……違いすぎるんだ」


 シロクマ型妖精の頭上高くへと飛び上がった赤間さんの体が重力に従って落下を始めた。ジャンプのいきおいをつけるために振り上げたんだと思っていた赤間さんの腕の周囲に光の粒が現れて、集まって――。


「あれって……!」


 二十年前の会見映像で紅野 龍二が振るっていた大剣が姿を現した。

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