report5. パーティの始まりは酒場から
結論から言うと、五人の飲み会は混沌も最たるものであった。
まず、
『
ジークは「せっかくここまで来たんだし」と説得を試みるも、聞く耳を持たず。東の国から輸入された酒の一升瓶だけ注文すると、軽々と屋根の上に飛び上がって一人酒を始めてしまった。
次に
バンデルン・ウイスキーをマスターにねだるも、飲んだらことごとく潰れるかゲロを巻き散らかすことになる酒である、マスターは馴染みの客にしか出せないと言って口論になる。
そこからどうしてそうなったか、チェスで勝負するという話になり、マスターはウイスキーを、パウルは女神の横顔が彫られた銀のメダル――神官の身分を証明する大切な神具である――を賭けて、ジークたちはそっちのけでチェスに興じている。
そして意外だったのは
彼は何もかもを珍しがった。こういった雑多な大衆酒場も、安っぽい酒のラインナップも、こうして同世代と共に酒を飲むことすらも。
その異常なくらいの世間知らずな面に、もっと早く違和感を抱くべきだったかもしれない。
「うは〜。頭のなかで、お星様がふわふわしてるぅ。あ、そうだ、〈酔い覚ましの魔法〉を……あれぇ、何ページだったっけぇ? あ、これパウルの教典だぁ。どうりで、あははははは」
と、貴公子然とした顔を溶かしてすっかりへべれけである。
「まだ一杯しか飲んでないのに……」
それも飲みきったわけではなく、ひとくち口をつけた程度だ。ジークはマシューの飲み残しのグラスを水の入ったグラスにそっと入れ替える。
「おそらく、安酒の悪酔いだな」
唯一、最初から淡々と酒――ではなく、アルコールの入っていない炭酸水を飲んでいるアッシュが呟いた。
「彼、グッドフィールドの姓を名乗っていただろう? グッドフィールドは南部の鉱山経営を取り仕切る富豪の家だ。慣れていないんだよ、こういう手っ取り早く酔えることに特化した酒には」
「なるほど、どうりで……」
富豪の息子、か。そう言われてみると、彼のどこか余裕ある所作や洗練された身なりに合点が行く。
マシューが吐き気を催したか、ふらふらとした足取りで席を立つ。無事に便所にたどり着けるか見届けた後、ジークはふと気になっていたことを尋ねた。
「アッシュってさ」
「なんだ」
「ひょっとして、牛肉苦手だったりする?」
ジークはアッシュの手前にの取り皿に盛られた手付かずのローストビーフを指差した。ジーク手製の料理で、仲間内ではもっとも人気のあるメニューだ。今までこれを出して余らせたためしがない。味には自信があるのだが。
ちなみに他の料理は食べた形跡がある。口元を覆っているスカーフの下がどうなっているのか気になって盗み見ていたのだが、目を離したほんのわずかな隙に食べているらしく、結局食べる瞬間を見ることはできなかった。城でのことといい、さすが
「牛肉は嫌いじゃない……が、食べ慣れないな」
アッシュなりに悪いと思ったのか、しゅんと声のトーンを落とす。
「マシューとは逆なんだ。俺は路地裏で育ったから、まともな肉を食べられるようになったのは最近のことでな。昔はよくネズミを捕まえて焼いて食べていた」
「ネ、ネズミを……?」
「ああ。美味くはなくても腹の足しにはなる。母親はロクに育児をしないクズだったが、唯一肉の焼き方だけはちゃんと教えてくれた。色が変わるまでしっかり火を通してから食べろ、って。まあ、今思えば、生で食べて病気にでもなったら薬代がかかるからだったんだろうな」
そう言ってアッシュはローストビーフに視線を向ける。
「ジーク。悪いがこれは生焼けみたいだ。まだ肉の中心が赤い」
「いや、ローストビーフはそういうものだよ」
「えっ」
鳩が豆鉄砲を食ったようにぱちくりと瞬きをするアッシュ。どうやらふざけているわけではなく、本当に知らなかったようだ。
「牛の肉は他と違って肉の表面だけ菌がつくから、外側をしっかり焼いていれば中は多少赤くても平気なんだ」
「そ、そうなのか?」
ここまでずっと冷静な振る舞いを見せていた青年が、初めてうろたえた姿を見せる。まだ半信半疑なのか、いろんな角度から肉を睨もうとするアッシュに、ジークは思わずぷっと笑ってしまった。
「……な、なにが
「いや、アッシュにも意外な一面があるんだなーと思って」
「悪かったな」
スカーフに隠されていてもむすっとしているのが見て取れた。そして誤魔化すように一気に炭酸水をあおる。案外顔に出るタイプのようだ。
「グダグダになっちゃったけどさ、こうやってみんなと飲みに来れて良かったよ。同じ釜の飯を食った仲って言うだろ? これから命を預ける仲間になるんだ、まずはお互いのことを知らないと」
ジークがそう言うと、アッシュはぴくりと動きを止めてグラスをそっとテーブルの上に戻した。
「お互いのことを知る、か」
急に思い詰めたようにまつ毛を伏せるアッシュ。
なぜだか、その憂いを帯びた表情に一瞬どきりとした。これ以上この話は続けない方がいいかもしれない、とジークは話題を変える。
「そ、そうそう、さっきの話に戻るけど、良かったらローストビーフ食べてみてよ。絶対美味いからさ」
アッシュがうんと頷き、「せっかくだしな」と手を伸ばしたその時、
「ん? 肉余ってんじゃねーか。いらねぇならいただくぞ」
パウルがぺろりと。
アッシュの皿に乗っていたローストビーフをかっさらっていってしまった。
「貴様の頭の辞書には『戒律』という単語がないのか!?」
「ああ!? 食べたかったんならさっさと食えや! ちまちまと女々しい食い方しやがって!」
「なんだと!?」
尻尾を踏まれた猫のごとくシャーッと噛み付くアッシュに、赤ら顔で椅子に片足乗せながら中指を立てて挑発するパウル。間に挟まれたジークはどうどうと二人を抑えながら溜息を吐く。
(この人たちと打ち解けるのは、時間がかかりそうだなぁ……)
ただ、諦める気はない。
酒と飯、この二つがあれば仲良くなれない人はいない。それがこのジーク青年の信じるところであった。
実際のところ、たまたまこれまで周りがそういう人間の集まりだった――いわゆるパリピ属性のコミュニティに所属していただけということに彼はまだ気づいていない。
(そうだ、こういう時はカードゲームだよな。同期のあいつらと仲良くなったのも、訓練学校の合宿の夜にカードで遊んだのがきっかけで……)
と、その時に遊んだカードをバッグから出そうとして、気づく。
いつもの飲み仲間たちが酒場にいないことに。
時刻は夜七時。
彼らなら早々に訓練を切り上げてここに入り浸り、良い感じに出来上がっている頃の時間である。女とデートとかで一人二人抜けることはあるが、誰もいないというのは珍しい。
なんとなく胸騒ぎがした。
ジークはカウンターでチェス盤を睨みながら次の手を考えるマスターに声をかける。
「マスター。あいつら、今日はまだ来てない?」
「ああ? そういえばお前は今日城に行ってたから知らないんだよな」
マスターは悩んだ挙句、ポーンを一つ前に進める。そこはパウルの駒が狙っている場所だったが、他に手がなかったようだ。
「西の農村に野盗が出たってんで、あいつらが派遣されることになったんだよ」
「訓練生が?」
「ああ。騎士団本隊は魔王軍の対応でいよいよ人手不足らしくてな。まぁ近場の野盗くらいなら落ちこぼれの訓練生でもなんとかなるだろうって判断だったらしい」
「でも西の農村って……歩いても半日あれば着く場所だろ」
順調に任務が終わればもう帰ってきているはずの時間だ。マスターも時計を仰ぎ見て、「確かに」と怪訝そうに顎に手をやる。
「まあ、あいつらのことだ、任務で疲れて宿舎で寝ているとか」
マスターが言い終わらないうちに、ドン! と強い音がして何かが勢いよく店の中に飛びこんできた。
店の扉である。
「お、おま、何を……!?」
あんぐりと口を開いて愕然とするマスター。
扉を吹き飛ばしたのはフェンロンであった。
ただ、彼の表情は至極真面目な様子で。いや、真面目というよりどこか張り詰めたような表情で。
息を荒げながら、言った。
「西の……! 西の方角から、火の手が上がっているぞ……!」
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