第2話 運命の班決め

 それから時が進み。

 今日の授業も残すところ1つとなった、午後の教室。


「さあ。今日最後の授業ですよ~。もうちょっとなので頑張って下さいね?」


 教卓の後ろでにこにこと微笑む眼鏡美人は、うちのクラス担任:後白河とりこ先生だ。


 彼女の最大の特徴は、その気になれば声優デビューだって出来たであろうと思わせる美声である。


 聞き惚れるあまり、肝心な内容が頭に入ってこないことがあるのが難点だが。午後は彼女の声に、心を癒やしてもらうことにしよう。


「毎週のこの時間は、総合学習です。なので、担任の私が担当することになります」


 科目はおなじみ、〈総合〉の時間だった。


 総合学習とは何なのか。やってても、よく解らないという者も多いと思われる。実際、俺もよく解らん。

 だだ、なんでも各教科の「総合」を図るというのが目的らしく、学校によってかなり違ったことをしているようだ。


 で、うちの場合は――。


「今年はまず、男女混合で4人か5人の班を作ってもらいます」


 いきなりの班決め指令。これだけなら、まだ問題はなかった。だが。


「今年の総合学習は、その班を中心に、他の教科と連携れんけいして行います。

 各教科の調べ学習はもちろん、遠足や修学旅行、スピーチ発表なんかも、同じ班で行います。

 要するにこれから勉強していくうえで、とても大切なグループになりますね」


 後白河先生は両手を重ねにっこり笑ったが、にわかに教室がざわつく。

 そこまで拘束力の強いグループを作ることになるなんて、聞いていない。


「その総合の班は、途中で変わったりはしないんですか?」


 生徒の1人が、当然な疑問を口にした。


「基本、変わりません」


 所々から「ええー」と、ブーイングにも似た溜め息が漏れる。


 その反応も頷ける。もし性格の合わない相手と同じ班になったり、仲が良くても途中で喧嘩になったりしたら、その後にまで影響を及ぼすことになるからだ。


 修学旅行などの校外学習まで一緒となると、学園生活の楽しい部分を左右すると言ってもいい。

 それをクラス替えして一週間足らずの、この時期に決めろと言うのだ。


 混乱を静めるべく、後白河先生は、青い眼鏡の横で人差し指をくるくる回した。


「いいですか。皆さんも学校を卒業すると、いきなり知らない人と一緒に協力しないといけないことがあるんですよ~? それまでに、どんな人とうまく関わる方法を、勉強しておかないといけません。

 これは先生の持論ですが、人間関係に、本物も偽物もありません。なぜなら、いまここにある全てが本物だから。

 全てが本物でしかない世界。その中でどうやって生きていくかを考えるのが、大事なんです」


 なるほどな……マアとりこちゃんの言うことも、一理ある。

 このあたりはいかにも教師の理想論、って感じだけどさ。


    ・

    ・

    ・


 後白河先生が、自由にグループを作るように号令をかけてから5分後。


 すでに何グループかは出来上がり、そうでない者も幾人かで集まっている状態となった。


 俺のところには卯砂斗がやってきて、とりあえず2人組。他に中途半端な組み方をしているペアと組めば、グループは完成となる。


「遠足とかもこの班で行くんだよね? どの子といたら楽しそうかなぁ。始業式の日に観察したところでは、ボクのオススメはね…」


 俺にしか見せない顔で可愛らしく舌なめずりする卯砂斗。その姿はウサギのよう、と見せかけて、オコジョみたいな肉食獣を思わせる。


 なんというか、男である俺から見ても可愛らしく、どことなくエロティックな表情で……って、友人相手に何を感じてんだ俺。


 齢16かそこらで道を踏み外してしまう前に、視線を逸らした。


「こんなの誰と一緒だって変わんないって。テキトウに、余ってるやつに入ってもらえば………あれ?」


 目を転じた先の、教室の中央。そこには意外な光景が広がっていた。


 クラスで1番人気の日枝辰美が、まだ班が決まらず、教室の真ん中で孤立していたのだ。


 いや。よく見たら意外とは言えないかもしれない。


 日枝辰美をメンバーに加えたい班が複数あるため、彼女を遠巻きに囲んで勧誘してるのだった。


「辰美ちゃん、こっち来てー」

「俺たちと同じ班になったら、荷物持つよ!」

「さっき一緒になってくれるって言ったじゃ~ん」


「えっと……」


『人気者は大変だなあ』


 日枝辰美はいったい、誰と同じ班になるのか。全員の注目が、彼女に吸い寄せられている。

 例外なく、彼女は全クラスメイトの関心の的――。


 と、思いきや。


「…………」


 この騒ぎに加わらず、関心なさそうにそっぽを向いている女子が1人だけ。俺の前にいた。


『こいつは、たしか――』


 一休寅江いっきゅうとらえ


 先週学年が上がって、同じクラスになった1人だ。


 女子としては、かなりの長身。ウェーブのかかったツインテールは暗い金色だが、前髪のところだけ薄桃色という独特な色あいをしている。


 あえて分類するとすれば、現代ギャルってことになるのだろうか。


 ちょっとばかし、迫力のある。


「…………」


 彼女はこのクラスでは、誰とも話をせず、似たような生徒とつるんだりすることもなく、少し浮いていた。


 つっても、最近の学校はギャル率があまり高くないので、そもそも組むような相手がいないのかもしれない。きっと外に、コンビニ前とかでたむろしてるコワそーな友達がいるんだろう、と想像してしまっているのは俺だけではないと思う。


 この時も、一休寅江は、班決めの活動になっても1人で動かずにいた。


 最後までこの調子でいたら、教師の陰で『誰か○○さんを入れてあげて下さーい』と頼まれるのを聞くという、肩身の狭い思いを味あわされることになる。そういうの平気なのだろうか? ちなみに俺はあんまり平気じゃない。


 折しも、前で作業をしていた後白河先生が、様子を見に立ち上がろうとしていた。


 この段階で1人じゃ、うちに入れても3人で中途半端になるだろう。それに、なんていうか眼光鋭くてちょっと怖いし……。

『何もしないくせに気にだけするのは、何かするよりも始末が悪い』と決め、俺は何も見なかったことにして目を逸らそうとした。


 ――と。

 意外なことが起こったのは、その時だ。


 教室をさまよっていた日枝辰美のまなざしが、一休寅江の上で止まった。


 カラフルな色の前髪を賞翫しているわけではなさそうだが……、なんて冗談に浸ってる余裕もなく、こっちへずんずん歩み寄ってきた時には驚いた。


 俺の目の前、一休寅江のところで立ち止まって、


「寅江ちゃん…だよね? もう誰かと組んでる?」


「まだだけど」


 短く答えた。班決め自体に興味のないような、素っ気ない言い方。


 らしいと言えば、らしかった。お互い言葉を交わしたのは、これが初めてだったのだろう。


 だが辰美はそれを聞き、みんなの方へ振り返りながら、


「わたし、寅江ちゃんと組むね」


 皆が息を呑んだ。誰もが意外の念に打たれたからだ。だが、


「えっ? ……あー、そっか」

「そっかとか言わない」


 この状況を解釈し、ひそひそ話を始めるクラスメイトたち。


 要するに――『博愛主義の辰美が、不良っぽくて協調性のない余り者と組んであげた』。そんなふうに見えたのだろう。


「日枝辰美やさしー」どこかから、そんな声も聞こえてくる。


 一方、請われた一休寅江の方は気にする様子もなく、相変わらずつまらなそうな仏頂面を保っている。


 俺としては、クラスの人気者やぼっちプレイヤーが、誰と組んだってどうでも良かった。はずなんだけど。


「ね。ここって、まだ2人だよね? 入れてもらってもいいかな?」


「え? 俺?」


 急に話しかけられて、そうも言えなくなってしまう。


 虚を突かれ、俺が答えられずにいると、すかさず卯砂斗が飛び出した。


「喜んで! ね、申彦もいいよね?」


 考えるいとまもなかったが、冷静になってみたら、その必要もなかった。

 

「ああ、これで4人になるのか。べつにいいけど」


 断る理由は皆無だ。前にも言ったように、俺は女子なんて誰が入っても同じだろうと思っていたから。


 それがたとえ、あの日枝辰美であっても。 


 こうして俺たちは、クラスで1番人気の娘と同じ班になった。


     * * *

 

 放課後になり、俺と卯砂斗は連れ立って男子トイレへ。


「いやぁ、さすが日枝辰美だねぇ! さっきのには恐れ入ったよ。

 可愛いのはもちろん、あそこまで賢いとは、本当にすさまじい」


 何やら含みのある言い方をする卯砂斗。

  

「何が?」


「おやおや、気づかなかったのかい? ってまぁ申彦のことだから、そうだよね」


 彼は、意外なことを口にした。


「クラスの誰もが同じ班になりたかった日枝辰美と、ひとりで孤立していた一休寅江。

 あれは、どちらにとっても得をする、Win‐Winの関係だったんだ」

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