第8話 日・庭 貿易交渉

 日本 首相官邸


 日本が異世界転移したことが判明した次の日、政府は不眠不休が如く働きようで対応に当たっていた。


「これより異常天体及び大規模通信障害災害、第2回対策本部会議を始める」


「総理、本災害は日本列島別地転移災害とでも称すべきでしょう。テレビもネットもすでに日本異世界転移と称して騒いでいます」


 嶋森はコホンと咳払いした。


「まあ、そちらの方が呼びやすいか。正式な政府での呼び方は後々考えるとしよう。本災害より数日、ここまでの現状報告を各省庁に願う」


 既に、影山外交官や護衛艦せとぎりを通しての大まかな情報が政府に伝えられており、各省庁から事情に応じて大臣、副大臣、事務次官等が分厚い資料を基に順番に報告を始める。



「ではまず、外務省より。本日よりニワント王国にいます影山外交官が現地外交官と国交開設、貿易協定締結を目指して本格的な交渉に入るとのことです。また早急に、ニワント王国以外の外国ともコンタクトを図りたいと考えております」


「ニワント王国の文明レベルは中世後期相当と聞いているが?」


「はい、通信技術など一部は中世の域を明らかに逸脱している分野もありますが概ね中世と見て間違いはありません。それから現在、在留外国人や在日米軍については各国大使館との交渉を進めています」


「防衛省より。海自のせとぎりですが一時、ニワント王国の港に停泊し、外交上の通信環境の提供等の外交官をサポートする任務に当たります。

 また依然、陸海空ともに最大級の警戒に当たっております。この世界では魔法や魔獣と呼ばれる物が存在し、それらが軍事利用されていることが分かりました。先日、撮影された飛竜も魔獣の一種です。これらについての脅威査定を近日中に行い必要があれば装備、部隊運用、防衛予算の見直しを求めます」


「国交省より。段階的に漁協や航空会社への自粛要請を解除していく方針です。海上保安庁も海自、警察と連携を取り海の安全に努めています。

 それと、驚きなのですが……」


「なんだね」


「気象庁によりますと、現在までの日本の各地の気温や湿度、気圧、自転周期や重力、磁場などあらゆる面で全くと言っていい程地球と差が無いとのことです」


「そんな偶然があるのか?」


「分かりません……。本当に偶然かもしれませんが、もしかしたら人為的な可能性も……」


「例の……? 魔法か?」


「いえ、分かりかねます……。しかし外交官からも相手が日本語を喋っているようにしか聞こえず、見たこと無い文字も理解でき、意思疎通に問題無しと報告を受けています。これらは関連しているかも……」


「ふむ、その辺りも調査が必要か」


「経産省より。海外との経済活動が完全に断たれたことでこのままでは日本経済は壊滅しかねません。また、日本では多くの物を輸入に頼っております。特に、化石燃料問題は深刻ですが資源エネルギー庁では既に日本の少ない油田、ガス田をフル稼働させる方向に舵を切り、国民にも節電、節油を呼び掛けております。ただ恐らくこれらもすぐに枯渇します」


「農水省より。さきほどの経産省の話と似たようなことですが、輸入に頼っています食料品が入って来ませんので国民の食事事情に深刻な影響が出るかと」


「厚労省より。やはり海外主体で取引していた企業からの失業者が急増しています。それから、ニワント王国関係者と接触した海保職員はホテル等での隔離生活を行って貰っています。これは未知の細菌・ウイルス等による感染症を懸念してですが現在の所、体調不良者はいないということです」


「文科省より。防衛省の話にもありました通り、この世界にある未知の技術についての研究を進めたい構えです。それと日本の技術についてですがこの世界での取り扱いについての議論が必要と考えます」


「環境省より。この世界の生物が日本の生態系を脅かすのを危惧しています。既に海保の海洋調査では従来の分類学では分類不能な新種が次々と発見されているとあります」


「法務省より。日本が法治国家である以上、政府が動くにも国内法を整備しなければなりません。これは急務です。また、この世界における国際法・国際条約の把握も急がなければなりません」


「警視庁、及び公安より。依然、国会前でのデモが行われておりますが現在のところ、逮捕者も怪我人もいません。国内では食料品・日用品の窃盗被害が増えていますが特別の対処が必要なものではありません」



「総理、省庁からの主な報告は以上となります」


 田元官房長官が言うと嶋森は腕時計をチラと見た。

 報告を聞くだけでも20分は経過していた。


「問題が本当に山積みだな……」


 嶋森は頭を抱えた。


「総理、続いてお招きしている有識者の方を紹介します。左から順に専門は中世ヨーロッパ文化研究、ヨーロッパ政治史研究、国際政治史、人類学、言語学、航空力学、生物学、理論物理――」


 嶋森はさらに頭を抱えた。


 **************************

 ニワント王国 アチット外交部執務所


「影山殿、昨日の観光はどうでしたか?」


「驚きました、我々がヨーロッパと呼んでいた地域の中世によく似ていますが、それでもかなり進んでいる。何よりも魔法技術が……」


影山はアチットの街並みを思い出す。アチットはニワント王国の東部最大都市であることもあって各都市を繋ぐ駅馬車、衛生的な水道などがあり地球の中世と比較して発展具合が頭1つ抜けているような印象を受けた。

さらには駅馬車は土魔法による高速化、水道は炎魔法で煮沸消毒をすることでさらに高い文明レベルを保っていることに驚きが隠せなかった。


「いやぁ、私たちも日本には驚かされてばかりですよ。本当に信じがたいことばかりで……」


「それではアニンさん。いえ、アニン外交官」


 影山は剛毛な髪を整え、改めてアニンに向き直る。


「日本国とニワント王国の初めての貿易協議を始めましょう」


 日本とニワント王国、日庭の貿易協定成立への話し合いが始まった。

 政府より臨時に全権大使相当の権限を与えられた影山は既に国交樹立の手続きを大筋で終わらせ、残るは貿易協定の交渉に入っていた。


「既にお話しました通り、日本は多くの物を輸入に頼っていました。日本には一刻も早く、貿易相手となる国が必要なのです」


「そうでしたね……。あの船で食べたカレーという料理、大変美味でしたがあれに使われている食材も輸入で?」


「はい、米や野菜は国産もありますが香辛料や肉は外国産でした」


 アニンは内心ではそれだけの物を輸入してこれる日本の海運技術、それを貯蔵しておける保存技術の高さに驚いた。


「それに、皆さんが銀竜と称した我が国の戦闘機ですが、あれも……」


 ニワントの兵が目撃したF-35戦闘機は米国製である。影山は日本は戦闘機も外国から買っているのだと言いかけたがこの事実は日本には兵器を作る能力が無いことを伝え、余計な外交上の不利を招く可能性を考え思いとどまった。


「何でしょうか? 影山殿」


「いえ、戦闘機も船も自動車であっても我が国の物は石油と呼ばれる黒い油が無ければ動きません。これも輸入をお願いしたい」


「黒い油ですか……。すいません、ニワントでそういった物が出るとは聞いたことないですね。ですが食料品については多くありませんが輸出出来るかと思います」


「本当ですか、ありがとうございます!」


「ただ……。我が国には貴国のような黒い油で動く巨船も馬車もありません。ですので……」


「その点についてはご安心ください。日本政府はODA政府開発援助を通して、まずは貿易・外交に必要なインフラを確保していけるはずです」


「ほっ、本当ですか!? それは心強い!」


 アニンはニワントにも日本のような巨大な摩天楼が建ち、巨船が行き交う港が出来た景色を想像した。


「では、次にニワント側から日本に求める輸入品ですが……。魔石の輸入を求めたいと思います」


「まっ、魔石?」


 影山は聞いたことの無い言葉に驚く。


「はい、魔石です。僅かでもよろしいのです」


「待ってください、日本ではそういった物は取れません」


「えー……、少しもですか?」


「はい、少しも」


 ***************************


「あなた方が魔法が使えないとは聞いていましたが、それどころか体に魔素すら無いのですね……!」


 アニンは影山達が魔法を使えないどころか魔道具すら使えないことにまさかと思った。

 影山は大きな旧式の電話のような機械をいじらされていた。

 この機械は機械の中にある魔石が人体内で生成される魔素と何らかの反応を起こして遠くの人間との交信を図るらしい。

 だがその人体内で魔素が生成されるという大前提に影山は当たらなかった。

 後に、地球出身者全員が魔素を持たないことが判明する。

 魔素が無ければどれだけ純度が高く、大きな魔石でも意味を持たない。


「では、日本の持つ武器や兵器を何でも良いので輸入していただきたい」


 アニンの代案に影山の表情が曇った。

 日本の武器輸出は非常に厳しい規制がある。

 2014年に武器輸出3原則が防衛装備移転3原則に変わり、年々規制緩和されているとはいえ、それらを合わせても武器の輸出と呼べる例はアメリカとの共同研究を除けば4例しか無い。

 最悪、交渉が滞る可能性もあり得ると感じた影山は話を深掘りし、実情を探ろうとする。


「もしや、先ほどの魔石も軍事転用が目的でしょうか? 貴国では軍拡を行っているのですか?」


「はい、大変申し上げにくいのですが、西に国境を接するカミン王国との緊張が高まっております。カミンはニワントの西端にある土地の領有権を主張して圧力をかけており、急ぎニワントでは防衛力の強化を図っております。実のところ、日本との軍事同盟も結びたいと思っていますが……」


 再度、影山の表情が曇った。

 言うまでもなく、軍事同盟を結べば自衛隊にも参戦することが求められる。後方支援だけでなく、実際の戦闘も求められるかもしれない。だが、果たしてそれを今の憲法や法制度で出来るのか。

 しかもまだ異世界の軍隊はじめ、あらゆることの全容が分からない中で易々と軍事同盟を結ぶことは危険過ぎた。


「貿易については武器は難しいかもしれませんがその元となる原材料であれば多少は行けるかと思います。その方向で政府内で話し合いを進めていきます」


「ありがとうございます! それだけでも有り難い」


「軍事同盟についてはお互いの軍隊を良く知るところから始めませんか?」


 いずれにせよニワントを始め、この世界の軍隊を知ることが必要だと感じた影山は自衛隊とニワント国軍の親善訓練を提案した。

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