第7話、転生者殺人事件。(その5)

 知らぬこととはいえ、神様そのものの力を有する相手に、ケンカを売ってしまった男は、当然のごとく絶望の淵に突き落とされ、すでに戦意を喪失してしまったかと言うと──




「……ひひ……ふひひひひ……ふひ……ふひ……ふひゃははははははははは!」




 不意に、あたかも狂ってしまったかのような歪んだ笑声が、燃えさかるギルドハウスのリビングに響き渡る。


 もはや現状のすべてに、あきらめきってしまったのか? それとも──


「いいね、いいね、そうこなくっちゃ! 国家認定召喚術士なんていう触れ込みだったくせに、大したモンスターも召喚できじゃないかと思っていたら、こんな隠し球を温存していたのかよ? キヒヒヒヒ、これでこっちも、本気でやれるってもんだ!」


 むしろ生き生きとした輝くような笑顔で言ってのける、根っからのバトルジャンキー。

 ……そうだ、ハンスって、こういうやつだったっけ。

 しかも『御同様』だったのは、たった今判明したところだしね。

「……あなた、『神様』相手に、本当に勝つつもりなの?」

「別に勝てなくても、構わないさ。どうせ一度は、死んだ身だからな。要は、これからのバトルで、楽しめばいいんだよ♡ それにいくらその身に神様そのものを降ろしていようと、おまえ自身がそれを完全に使いこなせるとは限らないからな」

「ふん、意外と冷静じゃん」

 こちらも余裕の表情で受け答えを続けるものの、その間にも頭の中では、いろいろな思いが渦巻いていた。

 ……口ではどうでもいいようなことを言っているけど、『あいつ』の狙いはあくまでも、私たちギルメンの皆殺しのはず。

 なのにあの言い草は、腑に落ちないわね。


「おいおい、闘いの最中に、何をぼけっと考え事なんかしているんだよ?」


 ──ッ⁉

 まさしく鬼神のごとき早さで、気がつけば目の前に迫っていた、男のにやけ顔。

「……これって、何のつもりなの?」

 反撃どころか迎撃する間もなく、ゴツゴツした太い腕で、力強く抱きすくめられる。

「前からおまえのことが、好きだったんだよお──俺の全力で、燃やし尽くしたいくらいになあ♡」

「……ああ、そういうこと。いくら炎の神として、炎術に対する耐性が強かろうが、零距離で全力で打ち込めば、ただじゃ済まないってわけね?」

「──ご名答ッ!」

 その瞬間、私の視界のすべてが、灼熱の劫火に包み込まれた。

 ──しかしそれはけして、男の術によるものだけではなかった。

 そう、当然ながら、私も同時に、最大出力の炎術を、お見舞いしてやったのだ。

「──ぐおっ! な、何だ? 火に対する耐性の強い炎術士であるはずの、俺の身体が、燃えているだと?」

「ふん、神の劫火を、甘く見た報いね。──さあ、消し炭になりなさい!」


「──ぐわああああああああああああああああああっ⁉」


 目の前の、すでにウエルダン気味に焼き上がった、『獲物』の絶叫を聞きながら、私がとどめを刺そうとした、

 ──まさに、その瞬間。


「──馬鹿め、この時を、待っていたぜ!」


 火だるまになりながらも、自ら腕をほどき、大きく後ろに飛び退く男。

 ──だが、しかし、

「ひひっ、ひひひひひっ、どうやらこの身体は、もう手遅れのようだなあ……」

 彼自身の言うように、すでに全身の表皮が焼けただれ、眼球も溶けかけ始めていた。

 

 それなのに、いまだ辛うじてしゃべり続けられているのは、彼が一度死を経験した、『亡霊』のような存在だからか?


 それとも──




「……さあて、もしここで、俺の『精神的転生体』としての力によって、おまえの身体を乗っ取ったら、どうだろうねえ?」




 今にも命の灯火が、消えようとしているのに、むしろすべては計画通りとでも言いたげに、余裕の笑みを浮かべる、自称『精神だけの存在』。


 ……ああ、やはり、それを狙っていたわけね。

 ふう、予想通りと言うか、何と言うか、芸が無いわね。

 ──でも、お生憎様、こちらには『先客』が、おられますので。


「……はあ? な、何でだ、何でだよ? 何でいつもみたいに、俺の魂がおまえの身体の中に入っていけないんだよお⁉」


 たとえ火に対する耐性の高い炎術士であっても、そろそろヤバくなってきたというのに、得意の『ギルメン間憑依替え』ができなくて、焦りまくりだす火だるま男。


「…………はああ、あなたちゃんと、私の話を聞いていたの? 今の私には『神様』が降りてきているんだから、あなたが入り込む隙があるわけないじゃないの?」

「はあっ⁉ 神降ろしって、普通の霊魂を憑依させるのと、同じことだったのかよ⁉」

「え、何で違うって、思ったわけ? 神様だって結局のところ、『霊魂』や『精神体』のようなモノじゃない?」

「神様が、精神体って…………うぐっ⁉ も、もはや、ぐだぐだ言っている余裕はねえ! もう誰でもいいから、他のやつに再憑依を………………ッ、な、何で『俺』は、この身体から、出ることができなくなっているんだ⁉」

 何と今や、私の身体に乗り移るどころか、今までは自由にできていた、『幽体離脱』みたいなことすらもできなくなって、燃えさかるテオの身体の中に閉じ込められたまま、床に転がり回って、文字通り『七転八倒』し始める『亡霊ハンス』。


「──ぎゃああああああああっ⁉ 熱い熱い熱い熱い! くそう、再転生しろ再転生しろ再転生しろ再転生しろ再転生しろ再転生しろ、再転生、しろおおお────!!!」


「無駄よ、あなたとは、さっき私が切断してしまったから…………って、もう聞こえないか」


 床の上にはもはや、人の形もほとんど留めていない、大きな黒々とした消し炭が残っているだけであった。

「……に、あんな本性が隠されていなかったら、アクセス回路を遮断するだけで済ませてやったんだけど、まあ、全部燃やしたほうが、後腐れ無くていいか♡」

 精神的にも肉体的にも、間違いなく自分のかつての仲間のなれの果てを見ながら、のんきそう言って、片手間に『炎の女神様』の力によって、室内の炎を消し回っていた、

 まさに、その刹那であった。


「──いやあ、お見事でした、さすがは『炎の女神の巫女姫』様」


 突然鳴り響いた男性の声とともに姿を現す、漆黒の聖衣をまとった一人の人物。

 わずかにウエーブのかかった短髪に縁取られた、彫りの深く整った顔の縁なし眼鏡の中で、いかにも穏やかな笑みをたたえてる、エメラルドのごとき緑色の瞳。


「……バイハン司祭、いつの間に」


 そうそれは、かつて今回の事件に関して相談を持ちかけたことのある、ニーベルング帝国の帝都ワーグナーに所在する、聖レーン転生教団帝都教会の首席司祭である、ヘルベルト=バイハン氏であったのだ。

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